表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第六節:夢と現実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/116

第5話 おすそわけ

 信じられないほどの柔らかさが喉を通っても、衝撃の涙で味は全く分からない。

 ケホケホ咽たなら、視界の端でワーズがまた、匙を用いて赤い食品を掬う動きをする。

「くっ……わ、ワーズさん!?」

 一応、左手で口を覆いつつ、非難の声をあげる泉。

 咳き込む度響く傷など構っていられない。

 何せ奴は今、銃を持っておらず、両手が使える状態。

 対するこちらは、右腕左足共に少しでも動けば激痛が走るため、ほとんど身動きが取れない。無事な右足を掻いても後ろにしか進めず、利き手でもない左腕一本でどうしろと?

 猫を求めたあの夜、中年を沈めた感覚を思い起こそうとして左手を握っても、状況を打開できる力強さは感じられなかった。

 と、急に目の前の男が肩を落としてため息をついた。

 寂しげな微笑まで浮かんでおり、泉は一瞬左手を離しかける。

 だが、はっと我に返っては口元をしっかり覆い直した。

「あのねぇ、泉嬢?」

 言いくるめる口調を察し、騙されるものかと目を険しくさせる。

 断固拒否。そんな強い意志を泉が見せたなら、ワーズは一瞬きょとんとして後、へらり、いつものように赤く笑う。

「こんなボクでもさ、心配はするんだよ。今日はさ、熱もだいぶ下がってたから、本当はすぐにでも声を掛けて、早く泉嬢の無事を確かめたかったけど……泉嬢言ってたよね、眠いって」

「え、言って――」

 反論しかけた声が止まった。

 高熱に潤んだ暗闇が途切れる直前、そんなことを言った気がする。

「うるさい黙れって言うからね、泉嬢が寝込んでいる間、住人相手にもまともな商売をしてたんだよ? 人間以外大っ嫌いな、このワーズ・メイク・ワーズが。猫がいるから休業も出来ないし……」

 どんより曇った気配がワーズから漂う。しかしその顔は笑ったまま。

 そこで泉は気づく。

 変わらないワーズの様子と思っていたが、目元が、混沌の色が、闇に紛れて見えない。途端に、ゾクリと這う悪寒に従い、無事な足と腕を用いて億劫な身体を後ろへ下げる。

 ほどなく背を打つ窓下の壁。

「え……と、その、ワーズさん? あの時は熱に浮かされて、口走っただけで!?」

 宥める愛想笑いは功を奏し、闇の合間から微笑む混沌が現れた。

 ほっと胸を撫で下ろす――隙が狙われた。

「むっ!?」

 レンゲから口の中いっぱいに広がる粥の味。

 うまみを多分に含んだ米の甘みと滑らかな舌触り、歯に当たれば肉と分かるのに、解ける柔らかさは粥を邪魔するどころか、上質な肉の味わいをもたらしてくる。

「美味しいでしょ?」

 にっこり笑う顔が至近にあって、泉は頷きかけ――ぶんぶん首を振った。

 美味しいが、吐き出したい。

 吐き出したいが一度口に入れた物は、例え崖から突き落とされても出してはいけないと、 幼い頃より教わり叩き込まれた身。

 ごっくんと飲み干せば涙がじんわり滲んできた。

「い、いきなり何するんですかワーズさん、酷いで、す……?」

 もう一度左手で口を覆いかけた泉だが、白い面の横に頭から伝う乾いた錆色を見たなら、それへ手を伸ばす。

 触れれば慄くようにビクンッと一回跳ねる、ひんやりした肌。

 混沌の瞳は見開かれて「泉嬢?」と呼ぶ声が戸惑いを含む。

 だが、泉は構うことなく惚けた顔で、労わる手つきで錆色をなぞった。

「ワーズさん……頭に怪我でも?」

 まだ乾ききっていないどろりとした感触を受け、ワーズの頬に手を這わせる。

「……泉嬢」

 窘めるような声音を聞いても泉の気は晴れず。

「はい、あーん」

 へらっと笑う言葉につられ、つい、口を開けてしまった。

「んぐ」

 今度はしっかり咀嚼し、味わう。

 瞬間的に沸騰する怒りから口を開けば、また粥を入れられた。

 美味しい欲求と嫌悪する理性の板ばさみで混乱すれば、その合間を縫って運ばれる粥。わんこそばの要領で泉の口へせっせと粥を投入するワーズは、左手が止めるよう黒い袖を押さえても動じない。

「やっぱり目玉入りの薬膳茶は効果あるねぇ。起きてすぐ、こんなに食べられるんだから」

「!」

 最後の一掬いを口に流し込んでから、意識がない内に呑まされた薬膳茶の中身を知る。

 薄っすら浮かんだ涙。

 文句は言いたいが、まずは口の中のモノを処理しなくては。

 美味しくて辛い、複雑怪奇な食事に集中しつつも、所業を忘れまいとワーズを睨みつけていたなら、血色の口がぱっくり開いた。

「っ!!?」

 止める間などなく、そこへ迎えられるレンゲ。味わうようにもごもご動く頬に、先ほどまでソレで強制的に食事をさせられていた泉は、真っ赤になってしまう。

 ごくり、音を立てて呑み込み、

「ワ」

「うわ、泉嬢、口の周りが真っ赤っか」

「げ」

 指摘され、抗議よりも羞恥を優先して左腕で拭おうとする。

 しかし一瞬、ほんの一瞬だけ、服で拭った血は綺麗に落ちるかしら、と躊躇ったなら。


 ぐっと下げられる腕。

 何度も頭を小突く、シルクハットのツバ。

 ひんやりした感触は柔らかく優しく――丹念に。


 泉の腕を離したワーズは、ぺろり、自分の口周りを舐め取った。

 次いでタオルを取り出しては、泉の顎を上向かせ、口元を綺麗に拭いていく。

「ダメだよ、泉嬢。言ったでしょう? ソレ、すんごく美味しいって。服なんかで拭っちゃもったいないもったいない」

 茫然とする少女へ笑いかけては、指の腹でべたつきの有無を探る。

 くすぐる往復にも何の反応も示さない泉へ「綺麗になったよ」とへらり。

 土鍋を持って「片付けてくるね」と呑気に言う。

 扉を開け、廊下へ出る直前。

 気づいたように立ち止まった黒一色は、告げる。

「そだ、泉嬢。お裾分け、ご馳走様」

 他意はない。

 純粋に、粥の美味さからそう言っただけ。

 しかし泉はその後しばらく、ワーズを見る度に痛む腕も忘れて暴れ、落ち着いたなら自ら進んで食事を摂るようになった。


 その都度赤くなる彼女の頬は不可解で、ワーズはへらり笑いながら、困惑する。

これにて「幽鬼の章」は終了でございます。いかがだったでしょうか。

最後の最後でなんてことしてくれたんだというところだとは思いますが。

少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


奇人街狂想曲は章仕立てで区切りながら進んでいきます為、次からは「人魚の章」を開始します。

更新まで多少日を置く予定ですが、再開した折にでも、またお付き合いいただければありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ