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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第五節:鬼と彷徨う長い夜

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第14話 暗転

「ずぅおうりゃああああああああ――っ!!」

 投げやりに近い雄叫びと共に、やり過ごしたはずの幽鬼が倒れ込んでくる。

 裂かれた腹から甘ったるい血の臭いが立ち込めた。

 咄嗟にワーズへしがみ付いた泉は、現われた影を認めるなり呆然と声を上げる。

「し、史歩さん……!? どうしたんですか、その格好……?」

「ああっ!?……なんだ、店主、と綾音か? どうもこうも……食材の分際で、連携して襲ってきやがったから叩き伏せただけだ。くそっ、腹減った!」

 全身幽鬼の血まみれ、袴は袖と裾がズタボロの史歩。

 刀を通路に突き刺して荒い息をつく。

「本当に危なかったのか……」

 ワーズが驚きに呟いた。

 その背中越しに史歩の後方を覗けば、広い路に幽鬼の屍が累々と続いている。

(こ、これ全部、史歩さん一人で?)

 腕が立つのは知っているつもりだったが、自分と同じ年頃と思わしき娘の、常識破りの強さに青ざめる。

 史歩が居た場所ではこれが普通だったりするのだろうか。

 それならこの有様も納得……して良いものか。

 内心で苦悩を抱えたなら、史歩が吐き捨てるように言った。

「そういうお前らはなんだよ。探すよう仕向けて、逢い引きか? けっ!」

「探して……? って、逢い引き!? 古っ、じゃなくて、違――っ!」

 言いかけ、ワーズのコートをまだ握り締めていたのを思い出して、慌てて離す。

 改め。

「違います! っ、そうだ! 史歩さん、猫を見かけませんでしたか?」

 このまま史歩に頼むことも出来たが、荒い息をつく血塗れの姿には切り出せなかった。息も絶え絶えながら「猫」の一言で、史歩の眼が鮮やかな光を放つ。

「猫ならもうすぐこっちに来るぞ。幽鬼を一掻きでぶっ潰しながら、その都度喰ってんだ。余裕過ぎるよな!」

「へ、へえ……」

 この史歩を上回る余裕とは。

 猫のことを強いとは思っていたが、ここまで来ると、関わり方を改めなくてはならない気がしてきた。好かれているのを良いことに好き勝手振る舞っていたら、いつかとんでもない代償を支払う羽目になるのではないか。

 想像だけで背筋が凍りつく。

 だが、悠長に青ざめている時間はなかった。


 ――――――――――――――――――――っ!


 咆吼にも似た、幼い悲鳴が放たれる。

「この声、シイちゃん!?」

 声を追った泉の目が広い路に面した家の間で止まった。柵で遮られた向こう側には地面らしきものはなく、認めると同時に走り出した泉は、柵から身を乗り出して下を覗く。

 見えたのは、丁度泉の真下。袋小路となったそこでうずくまる、シイの姿。

 身体には真新しい無数の傷がついており、中でも泉と別れる前につけられていた足の傷は、肉と骨が剥き出しになった状態で地面に血だまりを作っていた。

 紛れもない重傷の度合いに、泉は呼びかけようとして息を呑んだ。

 シイに掛かる複数の影。

 硬く目を瞑ったシイとは対照的に、泉に気づいた黄色い一つ目が、にぃと笑う。

 だが、大好物の人間を前にして視線を外した幽鬼は、動かない子どもへ歩を進めた。まるで、これから行う”遊び”を見せつける合図だったかのように。

「!」

「泉嬢っ!」

 色を失くして叫びかけた泉は唐突に横へ引っ張られ、壁にしては柔らかな質感に右腕を強く打ち付けた。

 痛みに視界が霞む中、足元の振動が伝わると同時に破壊音が続く。

 何事かとそれまで自分が立っていた場所を見やれば、そこにも笑う幽鬼。

 先ほどまで身を乗り出していた手すりは、無残にも触手に切り裂かれていた。

 悲鳴を忘れ、仕留め損ねた腕を、再度振りかぶろうとする幽鬼を凝視する。

 眼前、間に影が落ちた。


 おおぉぉうぅぅぅ……


 一拍遅れで上がる、低い呻き。

 それが血を吹き上げ倒れる幽鬼のものと理解するより早く、泉は猛獣の形を捉えた。

「猫っ!」

 呼べば振り返り、現われる金の双眸。

 この状況下でも何も変わらない、静かな光。

 交わされた瞬間、凍りついた背筋も、改めなければならない関係も何も浮かばず、泉は向こうへ遠ざかろうとする尻尾を左手で思い切り掴んだ。

「綾音っ!?」

 非難する史歩の声が遠くに聞こえた。

 構うものか。

「猫! シイちゃんを助けて!」

 壁にしては柔らかな質感――ワーズの胸倉を突き飛ばすように右腕を伸ばす。

 激しい痛みすら無視して、猫サイズの時と変わらぬ重さの巨体を、まさにシイへ襲いかかろうとする下の化け物どもに投げた。

 頼むどころか、どこまでも強要だけを行動で示す泉に対し、投げられながらも視線を交わした猫は、金色の目を細める。

「ナーウー……ナ」

 ――任せて。

 そんな風に聞こえた鳴き声と、投げられた反動など物ともせず、真っ直ぐ幽鬼へ向かって牙を剥く姿。

 見届けた泉は、痛みの限界まで堪えていた意識を、ぷつり、途絶えさせた。

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