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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第八節:腐臭の都

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第3話 取ってこい

 呼ばれ重ねられる度、絡みつく甘さが増す声なぞ、泉は知らない。

 ――知らなかった、今までは。

「泉……ようやく、追いついた」

 心なし弾み、安堵を含む、囁くような低音。

 幽鬼の出現する”道”を通り、白かったはずの衣を斑に染めた姿は、彼の辿って来た経緯を報せる。

「……シウォンさん」

 知らず、視界が歪む。

 猫が目的であろうとも、そうまでして泉を追いかける彼に、ある種の罪悪感が生まれつつあった。

 泉からシウォンへ、為せるコトは何ひとつないから。

 猫に頼むと口走ったけれど、そんなつもりは最初からなかった。

 猫は自由を好むという。それなのに、泉の頼みを聞いてくれ、不自由を強いられても嫌わないでいてくれる。

 コンナ、私ヲ…………

 だからこれ以上、猫に対して望んではいけない。

 特に、自分の心と反する願いは、決して。

 泉への好意を反故するような真似だけは。

「…………そいつか」

 考えに沈む最中、緑の眼が剣呑に輝いた。

 数瞬、不穏な気配を察せなかった合間で、白い衣が地を蹴る。

「竹平さん!」

「どわっ!?」

 気づいた時には遅く、青黒い手に首根っこを引っ掴まれた竹平は、流れる動作で開けられた扉から外へ。

 思い切り良く、夜空にぶん投げられた。


ぎゃあああああああああああーーーー…………

「「「「「いたわっ!」」」」」


 貧相な叫びが夜の奇人街に放物線を描けば、徘徊していた気味の悪い道化たちが、フリスビーを追いかける犬の如く、彼へと群がっていく。

「うっ……」

 猛スピードで地を駆ける姿、壁を這いずる姿を目の当たりにして、泉はちょっぴり引いた。なまじ姿が幽鬼に似ているため、幽鬼がやらない行動を滑らかにされるのは、ニオイも相まってすこぶる気持ちが悪い。

 そんな泉の心情を如実に表すていで、勢い良く扉が閉められた。

 ニオイが軽減したのも束の間。

「泉……」

 名を呼ばれ、腕を優しく引かれては、抱き締められる。

 臭気を遠ざける馨しい香り、温かな腕、安心したような吐息。

 ほだされ緩みかけた思考だが、血と花のニオイ、肩を刺した感触、竹平の姿が次々過れば、泉の顔が見る見るうちに青ざめた。

「し、シウォンさん、放して! 竹平さん、助けないと! どうして投げたんですか!? し、死んでしまったら」

 言って、我に返る泉。

 そうだ。

 奇人街の住人や身近な人間の異常な丈夫さで忘れていたが、払っただけで右腕を裂かれた泉同様、竹平も普通の人間なのだ。

 いつかのシイのように宙へ投げられて、無事でいられるはずがない。

「はーなーしーてー!!」

 焦る気持ちからジタバタもがく。

 焦ったところで、投げられた時間を考えれば手遅れ……。

 理解しても、なるべく現実から目を逸らして力一杯胸板を押す。

 すると、なおも拘束を続ける人狼から、宥める言葉が掛けられた。

「落ち着け、泉。とりあえず、あの餓鬼は無事だ」

 一応、もがくのは止め、涙を溜めた疑いの眼差しを向ける。

「ほ、本当に? だって、あんな投げ方……頭でも打ったりしたら」

「本当だ。人魚(メイリゥニ)共が追っていっただろう? 奴らの繋がりは強い。必ず受け止める。だから泣くな」

「うひゃっ」

 目元がぺろり、舐められた。

 混乱しつつ覆い被され仰け反る、不自然な格好を解消するため身じろげば、気づいたシウォンが「すまん」と言って姿勢を戻す。

 ただし、泉は腕に閉じ込めたまま。

 ますます困惑し、鮮やかな緑を見ては、疑問が一つ、口をつく。

「…………メイリゥニ?」

 それは確か、凪海で見た美しくも妖しい生き物の名であったはず。竹平を追いかけていった姿とは似ても似つかない。

 聞き間違いかと思い尋ねたなら、柔らかな眼差しが肩を竦めた。

「んん? ワーズは説明していないのか? 陸では人魚の姿が変わると」

「……そういえば、さっき、マズイ、幽鬼に似てるって……つまり、あの姿が?……あれ? それじゃあ、あのメイリゥニたちって、竹平さんに、恋?」

 導かれた結論に、泉の眉根が思いっきり寄った。

 目覚めてからの災難続き、自分の比ではない。

 絶句する泉をどう思ったのか、あやすように乱れた髪を撫でてシウォンが言う。

「ああ。だから無事なのさ。尤も、女が全て揃えば終わりだがな」

「女?」

「お前……狙われていることを知らないのか?」

「…………はい?」

 寝耳に水、晴天の霹靂。

 点になる目と交わし、シウォンの眉が上がった。

「ワーズが言っていただろう? あの餓鬼、お前を”ママ”と言って気に掛けたと。……好いた男がその時点で気に入っている女を全て男共々海へ連れ帰り、記憶を漁っては共に死ぬ。それが人魚の恋愛成就、つまり」

「私が狙われる理由――って、ちょっと待ってください! メイリゥニが好きになるなら、竹平さん、目覚める前のはずですよね? その後凪海には行っていないし。大体、竹平さんが私と面識持ったの、昨日ですよ? それなのに」

「人魚がどうやって記憶を漁るか、分かるか?」

 落ち着かせるようにシウォンの手が頬へ添えられ、その中で泉は小さく首を振る。

「目だ。意識のある目から侵入する。……お前にも覚えがあるはずだ、泉」

 そう言って、泉の背を肘で留め、空いた両手でもって褐色の髪を弄るシウォン。

 ス……と冷ややかな硬質を感じた泉は、三度目になるその正体を察して震えた。せめてもの抵抗にと、陰で彼を遠ざけようとしていた手の平の力も弱まる。

 これを受け、クツクツ笑う声に合わせて拘束が強まっても、泉は為すがまま。

「そう、このかんざし……お前のためにあつらえた。まさか刺されるとは思っていなかったが、あの人魚、イイ判断していやがる。お陰で俺は……」

「っぁ」

 更に締め付けられ、喉奥から苦痛が漏れた。

 すぐに弱まるが、力の抜けた身体は完全にシウォンへ委ねる格好となる。

 感じる、微かな震えと、結い上げた髪をなぞる指遣い。

「花芯は紅珠玉の中でも特級品。滅多に御目に掛かれねぇ代物だが」

「べに……しゅぎょく?」

「ああ。業火を孕んだ珠玉だ。人魚除けとも言われているが……やはりコイツはお前によく似合う。……刺した後悔なら捨てろ、泉」

 びくっと慄く身体。

 緊張が戻される前に、シウォンが額へ頬ずる。

「あれこそが人魚の能力。あの時傍にいた女は人魚だ。人間や下っ端共の鼻は誤魔化せても、俺の鼻は誤魔化せない」

 その鼻を鳴らし、

「大方、気を失った餓鬼の近くにいたんだろう、まだ人間だったあの女が。恋人か何かと察知され、人魚と同化し能力を得た。本当はそこで、餓鬼が目覚めりゃ終わるはずだってぇのに、どういう経緯かは知らんが、目覚めた餓鬼はお前を気に掛けてしまい――その後で女の中の人魚がコレを知り、狙われる羽目になった、と」

 ため息が泉の前髪を揺らす。

 おもむろに取られる左手。

 向かう先を察するも抗いは許されず、指が乾いた傷跡に辿り着く。

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