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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第三節:お散歩日和と目覚めの君

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第18話 記憶の行方

 今の彼を表す言葉があるなら、手負いの小動物が妥当であろうか。

 セーラー服姿よりマシとはいえ、ワーズより背丈も肩幅も足りない身体では、黒い服は生地が余るばかり。

 顔が良く、肌もきめ細かい上のそんな格好は、妙な色気を見る者に感じさせる。

 黙っていたなら、女の泉でも別の意味でときめきそうな姿だが、哀しいかな、服が変わっていたことに気づいた第一声は「なんじゃこりゃあ!?」であった。

 ワーズが着替えさせたと知っては、怒鳴って喚く。それが終われば、今度は袖や裾を引っ張って、「くそっ!」と悪態をつきうなだれていた。

 どうやら丈が足りないことを気にしているらしい。

 それでも泉より背は高いため、食卓を挟んだ向かいに座られると威圧感があった。

「……なんだよ」

 ついでに、無言で差し出された空のカレー皿は五杯目で、泉は困惑も露わにこれを受け取る。

「いえ……。あれだけ不審がっていたのに、よく食べられるなと思って」

「いいだろ、別に。腹が減ったまんまじゃ動けねぇし。どんなに華やいで見えようが、体力勝負の仕事してんだ。喰える時に喰えるもんがあるなら、喰っとくのが常識だろう?」

「そんなもんですか」

「おう、そんなもんだ。あと、妙な幻想抱くんじゃねぇぞ? 世の中でどんなに騒がれようが、所詮俺らも人間だからな。営業と素の使い分けがあって当然」

「つまり、こっちが素、ですか?」

「…………遠慮ないな、お前」

 新たに迎えた六杯目のカレーを早速口に含んではそんなことを言う。

 食事を作っていようが、それはもぎ取った家事であって、位置的には彼と大差ない泉。思う資格はないけれど。

(……遠慮、する気がないのか、この人)

 ちらっとこの文句を言うに値する隣を見れば、溶岩のようなカレールーが白い筒状の登頂から垂れている飯を、嬉しそうに頬張っている。

 ただでさえ食べづらそうな形状はワーズ自身の盛り付けであり、さすがは製作者とでも言うべきか、大皿の縁までみっちり白飯を敷きつめていても零すことがない。

 難点を上げるなら、スプーンを持つ左手が握り拳で、まだ指の力が弱い幼子を髣髴とさせるところであろうか。口の周りが汚れない分、道具の使い方はどうあれ、食べ方は幼子より器用だが。

 現在、食卓を囲っているのは、ワーズと猫と竹平、泉の四人だけ。

 ワーズ以上に意地汚く食べ散らかすスエは、再び自室兼研究室に籠もったようで、元々食事に参加できないシイとするつもりのないキフは、カレーが出来上がったとほぼ同時に、芥屋を出ていった。

 直前に、白い紙片がキフからワーズへ渡されたのを見た泉は、自分の時を思い出して何とも言えない気持ちになったものである。

「……そういえば緋鳥さん、あの後どうだったのかしら?」

 最後の一口を終えて浮べたのは、へこたれることなく三人の男へ飛びかった中年を、並々ならぬ想いで追いかけていった少女の姿。

 これを聞きとがめたワーズが、スプーンをがしがし噛みながら首を傾げた。

「あの後って?」

「え……と、昨日、逃げていた時に会ったんです。ジャケット借りてしまって。でも勘違いで襲われたから投げつけてしまって」

「な、なんなんだ、その物騒な話は? 逃げるとか襲われるとか」

 カレーライス一筋と思っていた竹平の顔が皿から上がる。

 奇人街の説明はワーズから大雑把に受けていたが、にわかには信じられないのだろう。

 泉にはよく分かる。

 床に転がされたままのランの姿が、作り物にしては生々しい人狼のモノであるため、頭ごなしに否定できないのは、幸か不幸か。

 ただ、最初に芥屋から逃げてしまった泉は、店の説明を受けて顔色は悪くなろうとも留まる姿に感心し――同時にそんな過去の自分に少しばかり失望した。

「うん、まあ、奇人街だしねぇ。シン殿も充分気をつけてね。一人歩きなんかしちゃダメだよ?」

「いや待て、俺はこんなところに長居するつもりねぇよ。そうだ。ワーズ、だったか? お前、帰り道知っているなら教えろよ」

 言い方は命令に近いが、茶色の眼が懇願に近い揺れを示す。

 本当はすぐにでも帰りたいのだろう。

 竹平のそんな気持ちは、やはり泉にはよく分かった。

「あの、実はですね。帰るには一ヶ月以上必要で」

「はあ!? マジかよ!?」

 被せる悲鳴に寄る眉は、竹平に対してではなく、ワーズへ向けて。

 口にして、泉は妙なことに気づいた。

 正確な日数はすでに計れなくなって久しいが、少なく見積もってもワーズの言う一ヶ月はすでに経っているはず。

 しかし、泉にそう告げた赤い口は、変わらぬへらりとした笑みで、けろりと言う。

「心配しなくても、シン殿はもっと早く帰れるよ」

「へ?」

「本当か?」

「まあ、それには条件が必要だけど」

「な、なんだその条件ってのは?」

 身を乗り出す竹平。

 これを遮ったのは、ワーズの袖を青い顔で引く泉。

「ん? どったの泉――」

「待ってください。私は一ヶ月もかかるのに、どうして権田原さんは早く帰れるんですか?」

 竹平が「シンだ!」と訂正を叫ぶが構っていられない。

「それにもう、一ヶ月は経っていますよね? なのに私」

「泉嬢、ボク、言ったよね? たぶん、早くても、って。……君はさ、奇人街に来る直前の記憶、まだ戻ってないんでしょう?」

「……記憶が、必要?」

「……元居た場所を求めるのなら、ね。シン殿はどう?」

 本名を嫌うはずの竹平は、ワーズの問いに思わず「権田原だ!」と返して詰まる。

 動揺から袖を離した泉は、完食した皿を流し台へ置くことなく、ぼんやり二人のやり取りを見ていた。

 ――付き合っていた女に無理心中を謀られた。

 竹平が苦々しく独白し始めた、そんな声が遠い。

 マスコミ連中がうるさいから、少し距離を取るだけと説明したにも関わらず、恋人は睡眠薬を彼に飲ませ、車ごと海に突っ込んだそうだ。

 一通りの出来事を聞きワーズが告げたのは、その彼女も奇人街に辿り着いているはずで、彼女を捜さないと帰れない旨。

 マジかよ、とうなだれる頭を目の端に、泉は己の記憶を辿る。

 ここに来る前の記憶。

 それがあれば帰れる。

 彼らの会話から導き出された答えは、泉の胸に重いものを押しつけた。

 記憶がないのだ、泉には。

 どれだけ思い起こそうとしても、目覚める前の、眠る前の記憶がすっぽり抜けている。

 早くても――……

 あれは、一ヶ月もあれば思い出せるかもしれない、という意味だったのか。

 襲う落胆――に伴う安堵を感じて泉は戸惑う。

 仮であっても、居場所を見つけた。

 それでも、安逸にそこへ納まるのは良しとしないはず、だったのに。

 傷害や殺戮を当然とする街に対して、恐怖と嫌悪は今もって泉の中にある。

 と同時に、仕方ないという考えが根づいていることも泉は知っていた。

 これが順応……。

 今まで歩んできた自分の考えを覆す、塗り潰す、殺す、失くす――。

 ゾッとした。

 端から自分を否定される感覚。

 否定するのは誰でもない、自分自身。

 酷い不安に頭がくらくらし始める。

 と、その時。

 鮮明に聞こえた言葉がある。


「まあそんなわけだから、シン殿は泉嬢と一緒の部屋で良いよね?」


「……………………………………………………は?」

「俺は別に構わないが――」

「ヤです!!!」

 遅れた理解に、全力の拒否を宣言する。

 動揺にかこつけた話の展開で、不安が一気に消し飛んだ。

 今なら顔面で湯が沸かせそうだ。

 すっぱりきっぱり断れば、気まずそうな竹平が頬を掻きながら言う。

「うん、いや、まあ…………普通はそうだよな。なあ、ワー……ズ? アンタの部屋はどうなんだよ」

「うーん……死んじゃうよ?」

 苦笑混じりに言われれば、絶句しか返せない。

 そんな二人の様子をさほど気にかけず、泉の方を向いて首を傾げるワーズ。

「泉嬢、ダメかなぁ? ここはほら、同じ人間のよしみで、さ?」

「無理です!」

「…………なら、ワーズとアンタが一緒の部屋で、俺がワーズの部屋ってのは」

「なんでそうなるんですか!?」

 とんでもない提案へ、更に顔を赤くして怒鳴り散らせば、ワーズも困惑した。

「シン殿がそこまでして死にたいなんて、思いもしなかった」

「……アンタが危険なんじゃなくて、部屋が危険なのかよ」

 呆れ返った声に、そんな部屋の隣で過ごしてきた泉が青くなる。

 同時に、竹平がワーズとキフを同類と見なしていたことに気づいた。

 男色云々はさておいても人間ではないキフ。

 ゆえに、ワーズが知ればかなりショックを受けそうだ。

「それなら俺はここでいいや。ずっと寝かされていたっていうし。もうすぐソコ、閉めるんだろ? ……そこの狼男も目覚める気配ないし」

 ソファに座った竹平が顎で示したのは、店と居間を仕切るガラス戸と、うなだれたままのラン。狼男という表現に言われてみれば、と今更ながら思う泉の横で、笑うワーズが頷いた。

「シン殿がそれで良いなら。洗い物が終わったら布団持ってくるね」

 いつの間にか空にしていた自分の皿と共に、全員分の食器を回収していくワーズ。

 何にせよ、異性と同室になる可能性が排除されたことに、泉はホッとする。

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