第8話:アンチチート
第8話:アンチチート
帰りの馬車の中。
「セレス。私の実績と立場なら、
制服を特注することくらい許されるのではないかしら?」
対面に座るセレスは、慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべた。
「ナノハ様、人が装備に合わせるのが軍です。指揮官自らが規則を破れば、
末端の兵たちは規律を軽視する。閣下は、常に兵の模範であらねばなりません」
「私が我慢すれば、兵士たちの規律が保たれる、か。
身長が伸びることを期待することにするわ」
ナノハは諦めたようだ。
「左様でございます。心より、期待しております(どうかそのままで)」
セレスは恭しく深く頭を下げ、心の中で固く祈る。
ナノハの持つ「徹底した合理性」という名の呪縛が、
いつまでもこの愛らしいサイズに留めてくれることを。
窓の外の景色を眺めながら、ナノハは自問自答する。
「都市部にアンノウンが侵入した場合、ディープブルーがバグるなら識別できる。
なら素早く発見する。巡回の密度を上げる?どうやって?」
ナノハの思考が日本での風景を思い出す。
「徒歩より早く、馬より手軽な乗り物。
あと都市内に一定間隔で兵士が常駐する小さな拠点」
これが後に、彼女がこの世界に持ち込み、インフラを根本から塗り替えることになる
『バランスバイク』と『交番(KOBAN)システム』。
「アンノウン」というバグを検知し、即座に現場へ急行する。
ナノハの敗北は、奇しくもこの世界の近代化を加速させる「種」となる。
場所:隠れ里
廃坑で助けてくれた老人、ゲンゾウの案内で里についた。
パチパチと弾けるたき火の音だけが響く。
「……私は亜智。『C9』と同じ転移者よ」
亜智がポツリと言う。
「ーーC9記念館のベストテン(仮)の名簿は、本物だったんだな。
案内係は贋作って言ってたけど」
劉斗が思い出しながら答える。
「贋作師の名前が載った名簿が贋作とは気が利いてる。
レギーナが『転移者は9人』と同調圧力を高めた、
だから私はこの世界から忘れられた」
亜智がため息をつく。
「私はアルベルトの、元仲間。これでもあんたはまだ私の隣に立つ?」
劉斗は断言した。
「村を焼いたのはアルベルト、あなたは俺の復讐を手伝った。
それで十分だ。ところで贋作師ってどういう意味なんだ?」
「私のチートは魔法やチートの劣化コピーを作る能力。
アルベルトの『神のサイコロ』の贋作は『確率操作』になる。
100%じゃなくて、劣化するの」
亜智が自嘲的に笑う、劉斗が初めて見せた表情だった。
「……劉斗。C9について、どう思っとる?」
ゲンゾウの問いに、劉斗は炎を見つめながら語り始めた。
「……最初は、本気で英雄だと思ってたんだ。俺たちから見れば、
あいつらは文字通り雲の上の住人だった」
劉斗が思い出すように語る。
「伊織の朝稽古を遠くから見たことがある。美しさすら感じる強さに憧れた」
彼は一度言葉を切り、夜空を見上げた。
「スカイラウンジの支配人をしてたフリーダ、街や世界が動き豊かになる。
希望に見えた」
「オラクルと少しだけ話した時は、違和感しかなかった。
言葉が届かない感じが怖かった」
劉斗の拳に力がはいる。
「それが、アルベルトのせいで全部ぶち壊れた。あいつにとって、
俺たちの人生や故郷はーー」
劉斗は、右手のひらを見つめた。
「あいつらは神でも英雄でもない。ただの、理不尽だ」
亜智はただ静かに焚き火を見ていた。
「……劉斗。わしが見たあいつらは、神でも英雄でもなかった」
ゲンゾウが語る記憶。
「召喚された直後のあいつらはな、ただの震えているだけの子供。
関係ない人間をこっちの戦いに巻き込もうとしたんじゃ」
ゲンゾウの言葉を受け、亜智が静かに語る。
「劉斗、誤解しないで。……クラウドナインの全員が人殺しの集団じゃない。
最初の会議で決めた方針は『現地人の虐殺禁止』」
彼女はたき火に薪をくべ、火の粉が舞うのを見つめている。
「露見を恐れて、証人の劉斗と私を消そうとした。だから、ルールは変わってない」
亜智の視線は、劉斗を見つめる。
「一つ勘違いしてるわね。チートは私たち転移者だけの専売特許じゃない。
現地人の中にもチート持ちは存在しているの」
劉斗が目を見開く。
「劉斗、あなたがそう。他人のチートの精度を低下させる。名付けて『アンチチート』?」
ゲンゾウが軽く肘で劉斗をつつく。
「……ゲンゾウさん、あなたもよ?」
亜智の不意打ちの指摘に、ゲンゾウは目を丸くした。
「ゲンゾウさん、暗い坑道の中でも北がわかるでしょう?それもチートよ」
「……ははっ!参ったな。わしゃあ、
道に迷ったことがないのが自慢じゃったんだが」
重い空気を振り払うように、亜智がわざとらしく大きなため息をつき、劉斗の顔をのぞき込んだ。
「それにね、C9の中身はただの人よ。特にあのオラクルなんて、ひどいものよ?」
「……ひどい?」
劉斗は身構えた。
「ええ。あの子、完全な恋愛脳なんだから。言葉が届かないのは、
勝手に全部ロマンチックな方向に解釈しちゃうせいよ。
……信じられる?今の私たちが『恋仲』だって、本気で思い込んでるくらいなんだから」
「ぶっ……!げほっ、げほっ!」
劉斗は飲みかけていた水を盛大に吹き出した。
隣で、ゲンゾウが膝を叩いて豪快に笑い声を上げる。
「そりゃあ前途多難だ!」
「……冗談だろ?俺とアンタが、恋仲?」
「あら、私が相手じゃご不満?」
亜智はたき火の明かりに照らされながら、少し首を傾けて悪戯っぽく微笑んだ。
あまりにも人間らしく、茶目っ気のある少女の姿だった。




