第6話:総員傾注
第6話:総員傾注
時は少し遡る。
工業都市・監視塔
「……遅いぞ、アル。遅刻だ」
ウルフギャングはため息をつき、遠見の水晶で街道沿いを映し出す。
転移前から、攻略を競い合ってきた悪友。
この世界でも、唯一「リアルなシムシティ」に興味を示し、
遊びに来てくれる物好きは彼くらいなのだ。
水晶に映っていたのは、最強のチートを誇るアルベルトが、
一人の少年に追い詰められている。
ウルフギャングは、手元の古びた書物を静かにめくった。
「最も大きな危険は、勝利の瞬間にある。昔の人もいいことを言う。
……貸し一つだ、逃げる手伝いくらいはしてあげよう」
「干渉を開始。僕を訪ねてくる物好きは君くらいだからね」
街道沿いの森
「ここで仕留める。劉斗、あわせて」
魔女が『愚者の黄金・狙撃』を放った。黄金の光が、アルベルトへ向かう
――はずだった。
「空中で、光が停止している?」
魔女は目を見開いた。空中に固定された黄金の弾丸。
それは掘削現場の一時停止した鉄骨と同じ。
「一時停止」ウルフギャングのチートだ。
「……遅いぞ、ウルフ」
アルベルトがぎこちなく笑った。ウルフの干渉によって、魔女の狙撃は止まった。
「あれ、俺……不死身になった?」
アルベルトが、血塗れの顔で笑みを浮かべる。
だが、その動きはあまりにも不自然だった。
劉斗の文字化けした燐光に触れるたび、ウルフの干渉さえも文字化けを起こし、
アルベルトの動きはコマ落ちしたようにカクつき始める。
「……干渉者はもうキャパ越え!」
監視塔
「違う、放っておいて逃げろ!アル、長くはもたない。
救援だって間に合わなくなる!」
ウルフギャングは、水晶に向かって叫んだ。
だが「見る」こと「止める」ことしかできない。
その言葉が親友に届く術はない。水晶の中、
アルベルトを死から遠ざけるための「一時停止」。
「処理が追いつかない……。アル、残念ながら、これでゲームオーバーだ」
親友を救おうとした管理者は、力なく机に突っ伏した。
一時停止ボタンをもう一度押したように、全てが動き出した。
「な……ウルフ!?待て」
止まっていた全ての攻撃――魔女の散弾、狙撃、劉斗の斬撃。
それらは「一時停止」が解除されると、一瞬でアルベルトを飲み込んだ。
「最強」を自負した男はチリとなった。
「あなたの復讐は成就した。おめでとう、はおかしいわね。日常に戻りなさい」
魔女は静かにそう言った。
「……戻る村はないんだ」
劉斗は視線を落とし、静かに返した。
「アルベルトの死は「C9の不始末」として処理する。
あなたは工廠や農業会社に行けばいい。C9支配下なら飢えはしない。
心までは保証しないけど」
彼女は、まるで事務手続きのように言う。
「私は知り合い(ゲンゾウ)を頼る。さよなら」
去りゆく魔女の背中を、劉斗はただ黙って見送るだけだった。
閑話C9の計算外な日常2
「……そういえば、アルベルト様の到着の報告がありませんわね。
……予定より、ずいぶん遅いですわ」
――遅い。
その言葉が響いた瞬間、レギーナの手がピクリと跳ね、力が抜け、
銀のスプーンが床に落ちた。
――カン。
高い音が響き渡り、ティールームの空気が一瞬で凍りついた。
レギーナは落ちたスプーンを見つめたまま、動けない。
「まずい」
ナノハが低くつぶやいた。
「あー、エスプレッソメーカーは試作品だから」
フリーダが取り繕うように言うが、ナノハは立ち上がり、冷徹な元帥になった。
「違う、二重にまずい。……アルベルトのシンボルが工業都市付近でロスト」
「……ロスト、ですって?」
静まり返る室内。
「……セレス。非常招集を。私は訓示を行うわ」
ナノハは廊下で控えていたメイドのセレスから、元帥杖と、制帽を受け取った。
一刻も早く駆けつけたいという焦燥感はある。ナノハはあえて、背筋を伸ばし、一歩一歩を踏み締めた。
「指揮官たるもの、どんな緊急事態でも走ってはいけない。優雅に、かつ迅速に。
精神的支柱なのだから」
とセレスに指揮官の心得を説く。
一歩下がっていたセレスの目にはこう見えていた。
(あの閣下の足取り……。歩幅の小ささを補うために、一生懸命に回転数を上げた超高速の早足。
一生懸命にトコトコと走る小動物のようです……愛らしい)
練兵場の演台。ナノハがそこに立つと、騎士たちの視線とほぼ同じ高さになる。
彼女は少し背伸びをした。
「総員傾注!!工業都市付近に強力な魔物の可能性あり。
方針は継続的な監視。決して無理攻めして全滅などするな」
見ていた騎士団長は呟いた。
「閣下の武者震い。闘志は旺盛だ」
セレスの目にはこう見えている。(閣下、全力の背伸び!騎士たちと目線を合わせるために、
プルプルと震えるその努力……!)
「今回は志願制とするが、諸君の献身に期待する。以上だ」
演台を降りると、ナノハはセレスに不安そうに一瞬だけ視線を合わせた。
セレスの目にはこう見えている。(今の目配せ、『私、すごかったでしょう?』
と言いたげな自信と、不安げな子犬のような視線……!100点です!)




