休み!? オフ!? 祝日!?
朝。
「ロウト、外」
洞窟の入口から、サルサの声がした。
嫌な予感しかしない。
「……もしかして今日もドラゴンでジョギングですか」
「違う。今日は中断」
「中断!!?」
思わず飛び起きた。
筋肉痛が悲鳴を上げるより早く、口が喜びの声を出す。
「休み!? オフ!? 祝日!? 師匠の誕生日!? なんでもいいけど休み!!?」
「半分当たりで半分ハズレ」
サルサはいつも通り、感情ゼロみたいな顔で立っていた。
青い長髪、魔法使いローブ、眠そうな目。
いつも通りの「ブラック企業上司」スタイルだが、今日はなんか小さい鞄を提げている。
「遠くの友人に呼ばれた。ちょっと行ってくる」
「“ちょっと”って距離じゃない顔してますけど」
「“ちょっと”って言っとけば、大体のことは丸く収まる」
「丸めるな現実!」
リヴィが後ろからひょこっと顔を出した。
「サルサ、おでかけ? 何したの、また誰かの研究室爆破した?」
「今回はまだ爆破してない」
「“まだ”の時点で前科持ちですよね」
ガルドが腕を組んだまま、静かに言う。
「例の魔力の歪みか」
「そう。放っとくと世界がちょっと面倒」
「“ちょっと”の単位がこの人だけ別の惑星なのよね」
なんか世界規模の話してるけど、その横で俺の脳内はひとつの単語でいっぱいになっていた。
――修行中断。
「つまり今日、俺は……」
「ニート?」
「言い方が辛辣!!」
「弟子ニート」
「肩書き増やさないで!」
サルサが、こちらにくるりと向き直る。
「ロウト。今日は修行、中断。私は不在」
「やったぁぁぁぁ……」
「けど、お前の鍛錬は止まらない」
「だよねぇぇぇぇ!!!!」
期待を返してほしい。
「今日は“自習”」
「自習って一番嫌なワードきた」
「課題は一つ」
サルサが指を一本立てる。
「『師匠がいない一日を、どう使うか自分で決めろ』」
「……」
「寝てもいい。遊んでもいい。鍛えてもいい。
ただし、“自分で選んだ”って胸を張れることだけ」
「師匠、その条件つけるのズルくないですか」
「ズルいけど?」
「自覚あるならやめて!?」
サルサは小さく肩をすくめると、ふと思い出したようにローブの内側をごそごそした。
「そうだ、最後にひとつだけ」
「はい?」
「この棚にある――」
洞窟の中の、小さな木棚を指す。
「“上から二段目の右から三番目の箱”」
「やけに具体的ですね」
「絶対に開けるな」
「フラグ立ったあああああ!!」
この世界の物語文化を知っててもなお、堂々とフラグを建てていくスタイル。
「約束守れる?」
サルサがジッと見てくる。
淡い緑の瞳に射抜かれ、咄嗟に背筋が伸びた。
「……開けません」
「よろしい」
サルサは満足そうに頷くと、小さな魔法陣を足元に展開した。
「じゃ、行ってくる。死ぬなよ」
「最後だけは優しいんだよなぁ」
光が弾けて、サルサの姿が消える。
残されたのは、俺と、ガルドと、リヴィと――端っこであくびしてるドラゴン(クロ)。
静寂。
「……」
「……」
リヴィが、ぽつりと言った。
「ねぇ弟子くん」
「はい」
「今の気持ち、ひと言で言うと?」
「とりあえず二度寝したい」
「人間らしい答えきた」
◆ ◆ ◆
「で、本気で寝るの?」
広場に腰をおろし、ストレッチしながらリヴィが聞いてくる。
「いやぁ……寝たいは寝たいんですけどね……」
さっきのサルサの「自分で選べ」が、頭から離れない。
「“自分で選びました。寝ました”って報告、できます?」
「うわぁ……」
脳内に、サルサの冷たい視線が再生される。
『そう。じゃあその分、今後の負荷上げるね』
絶対こう言う。言うだけじゃなく、本当に上げてくる。
この魔法使い、そういうところだけ信頼できる。
「……やめときます」
「だよねぇ」
リヴィが満足そうに笑う。
ガルドが、木に寄りかかったまま口を開いた。
「選べるというのは充実しているということだ」
「名言っぽく言ってますけど、要は『自分で地獄の種類を選べ』ってことですよね」
「そうだ」
「一ミリも否定しない!!」
◆ ◆ ◆
「じゃ、とりあえず案出そっか」
リヴィが手をぱちんと叩く。
「師匠不在デーの過ごし方案〜。
一、真面目に自主トレ
二、森の散歩と情報収集
三、ドラゴンで遊ぶ
四、サボる」
「三番のワードだけ情報量おかしくないですかね」
クロが、遠くで「グルル」と唸った。
こっちを見る目が、“こっち巻き込むなよ”と言っている。
「ちなみに」
リヴィが人差し指を立てる。
「“五、サルサの言った箱を開ける”は、選択肢の外だからね?」
「聞きたくなかった単語をさらっと出してくるなぁ!」
箱――。
棚――。
上から二段目――右から三番目――。
頭の中で、その位置だけスポットライトが当たり始めている。
やめろ俺の脳内カメラ、そっちを撮るな。
「……あの箱って、なんなんです?」
「さぁ?」
リヴィがあっさり返す。
「私も知らない。ガルドは?」
「昔、ちらっと見たことはある」
「見てるんですか!?」
「中身は見てない」
「見てないんかい!」
「サルサが“絶対開けるな”と言ったからな。
好奇心より命が惜しい」
「説得力が重い!!」
ガルドですら触れない箱って何。
世界の崩壊ボタンとか入ってるの?
それともサルサの黒歴史ノート?
――黒歴史ノートはちょっと見たい。
(ダメダメダメ)
頭をぶんぶん振る。
「……よし、わかりました」
覚悟を決めて口を開いた。
「真面目に自主トレします」
「おっ」
リヴィが笑う。
「じゃあ“どの方向の”自主トレにする?」
「どの方向?」
「サルサだと、ざっくり三種類でしょ」
リヴィは指を折りながら言った。
「①身体いじめ系(ドラゴン、ランニング、木人)
②心えぐり系(敵と味方の線引きテスト)
③脳ミソ焼き切り系(座学&魔力理論)」
「三番は無理です」
即答した。
「一回聞きましたけど、“そこに至るまでの定理”だけで一日終わって、何ひとつ覚えてないです」
「自覚が早いのはいいことだわ」
「二番もなぁ……サルサいないのに心の傷だけ増やしたくないし……」
「じゃあ、身体系?」
「なんですけど」
ちらっとクロを見る。
ドラゴンと目が合った。
黄金の瞳が、「来るな」って言ってる。
「今日はドラゴン休みでよくないですか?」
「クロもそう言ってる」
「翻訳早いな!?」
◆ ◆ ◆
「じゃあさ」
リヴィがニヤッと笑った。
「“生活筋トレ”にしよ?」
「生活筋トレ?」
「サルサいない日の定番。
掃除・洗濯・薪割り・洞窟補修――全部筋トレに変換するやつ」
「ブラック企業の体力づくりみたいなこと言い出した!?」
ガルドが頷いた。
「いい案だ。
この洞窟も、そろそろ天井の補強が必要だった」
「一気に嫌な予感してきた」
「安心しろ。
天井落ちても、クロが受け止める」
「クロは嫌そうな顔してますけど!!」
クロが「グルルル」と低く唸った。
“名前出すな”と言っている。
◆ ◆ ◆
結局、午前中は「生活筋トレ」に決まった。
内容:
•洞窟の掃除(落石どけ&床均し)
•天井の補強(巨大な木の梁を運ぶ)
•倒木片付け&薪割り(全身)
……普通にキツい。
「じゃあロウト、この岩をあっちまで運べ」
「え、これ?」
指さされた岩は、俺の腰くらいまでの高さがあった。
「これ、“岩”というより“家具”じゃないですか」
「その家具を運ぶんだ」
「引っ越し業者でももうちょっと優しく言いますよ!?」
とはいえ、やらない選択肢はない。
範囲弱体化、敵いないから使えないしなぁ……。
「ふんぬぅぅぅ……!!」
腰を落として、全身で持ち上げる。
バランスが悪くて、ちょっとでも傾くとそのまま巻き込まれそうだ。
「こ、これ……何キロ……」
「知らない」
「サラッと答えるなぁ!」
横でリヴィが、足をぷらぷらさせながら座っている。
「はい実況入りまーす。
“自分で地獄を選んだ結果、引っ越し業者になる弟子くん”」
「実況やめて!? 精神に来るから!!」
◆ ◆ ◆
掃除と補強を終えたころには、すでに汗だくになっていた。
息が上がり、腕はプルプル震えている。
「……ガルドさん」
「なんだ」
「これ、普通にドラゴンサーキットと同レベルでしんどいです」
「ドラゴンがいないだけマシだ」
「マシなんですかね!? 昨日のドラゴン、途中で転んでたし、今日の岩は転ばないですけど!」
「岩は攻撃してこない」
「攻撃しないくせにメンタル削ってきますけどね!」
リヴィが、くすくす笑いながら水を渡してくれる。
◆ ◆ ◆
昼飯を食べたあと、問題の「午後」をどうするか、再び相談タイムになった。
「午前:生活筋トレ。
午後:何する?」
リヴィが顎に指を当てる。
「さすがにもう一回引っ越し業者は嫌ですね……」
「じゃあ、心の方のゆるいやつやる?」
「師匠の“心の訓練”がゆるくないせいで警戒心しかないんですけど」
「大丈夫大丈夫、私バージョンはカフェイン抜きよ」
「意味が分かるような分からないような」
リヴィは、コロンと小さな石を放り投げてきた。
さっきと違って、綺麗な丸い石だ。
「それ、何です?」
「“やることルーレット”」
「嫌な予感しかしない!」
「この石をね、棚の前で投げるの」
棚。
――棚。
さっきサルサが「上から二段目の右から三番目は開けるな」と言った、あの棚。
嫌な既視感が背筋を走る。
「で、石が当たった段の箱を一個選んで、開ける」
「待って、それ師匠の箱直撃コースありますよね!!?」
「大丈夫。そこだけ当たり判定消しとくから」
「当たり判定って言った!? ゲーム感覚で世界の爆弾避けるのやめて!?」
リヴィが指を鳴らす。
「はい、“サルサのヤバ箱ゾーン”だけ魔法で弾くモードにした〜」
「ほんとに?」
「ほんとにほんと。ほらガルド、投げてみてよ」
ガルドが無言で石を投げる。
石は、例の危険ゾーンに向かって綺麗な弧を描き――
――ボヨンッ!
不自然な跳ね方をして、上の段の箱に当たった。
「……」
「ほらね?」
「物理法則が泣いてる」
◆ ◆ ◆
結局、午後は「棚ガチャ」で決まったお題をこなすことにした。
「じゃ、弟子くん一投目どーぞ」
「はぁ……こういうノリ嫌いじゃない自分が悔しい」
石を構えて、棚の前に立つ。
上から二段目右から三番目を、怖いもの見たさでチラッと見てしまった。
小さめの黒い箱。
唯一、鍵がかかっている。
やっぱあれ絶対ロクなもんじゃない。
「えいっ」
適当に投げる。
石は、奇跡的に一番上の段の、左端の箱に当たった。
「お、そこか〜。じゃあそれオープン」
「罠じゃないでしょうね」
「開けてから考えよ?」
「それ一番怖いやつ!!」
恐る恐る箱を開ける。
中には――
「……紙?」
たくさんの紙切れが入っていた。
よく見ると、全部同じ形の札だ。
「なになに……
“筋肉痛が治る代わりに一時的に腹筋が割れる薬”?」
「何入れてんだサルサ……」
「“飲むと一時間だけ声がイケボになるキャンディ”」
「それはちょっと欲しい」
「“飲むと自分の本音が口から全部漏れる茶”」
「それは絶対飲みたくない!!」
札には、それぞれ小ネタみたいな魔法薬の説明が書かれていた。
「ここ、“試作品札”コーナーなのよ」
リヴィが説明する。
「作るかどうか迷ってるネタが、メモだけ突っ込んであるの」
「師匠、仕事机じゃなくてこんなところにブレスト置いてるの?」
「発想の墓場」
「言い方が怖い!」
リヴィは、ニヤッと笑って俺を見る。
「じゃ、弟子くん。ここから一枚引いて、今日一個だけ“実験”してみよ?」
「実験!?」
「大丈夫、命は取らない系だから」
命は取らない。
信用していいのか、それ。
「腹筋割れるやつくらいがライトでいいんですけど」
「そういうのに限って引けないのがガチャの宿命なのよねぇ〜」
「変なところで真理出してくるな!」
渋々、一枚引く。
ひらり。
「えーと……
“飲んだ人の『一番最近強く考えたこと』が、額に文字で浮かび上がる茶”」
「やめろおおおおおおお!!!!」
全力で札を戻そうとしたら、リヴィに止められた。
「はいストップ。一回読んだ時点で確定〜」
「そんなソシャゲのガチャみたいな仕様やめろ!!」
「安心して、私も一緒に飲むから」
「嫌な安心のさせ方きた!!」
◆ ◆ ◆
結果。
「……」
湯飲みを前に、俺とリヴィは正座していた。
「本当にやるんですかこれ」
「ここまで来てやらなかったら、それはそれで一生気になるでしょ?」
「それはそうなんですけど」
「それに、ほら」
リヴィがケラケラ笑う。
「もしロウトの額に“ミリア”って浮かんだら、めちゃくちゃ面白くない?」
「絶対飲まない」
「今“ミリア”考えたよね?」
「ぐぬぬぬ……!」
逃げ場がない。
ガルドが、少し離れたところから見ている。
「俺はやめておく」
「ガルドさんは飲まないんです?」
「俺は普段から本音しか言ってないからな」
「かっこよくまとめましたけど、単に嫌なだけでは?」
「そうだ」
「否定はしないんだ!」
◆ ◆ ◆
覚悟を決めて、一口。
味は……普通のお茶だ。
ハーブっぽい香りがほんのりする。
「どう?」
「普通に美味しいです」
「じゃ、私も」
リヴィも一口飲む。
二人で顔を見合わせる。
「……何も起きませんね?」
「そうね?」
数秒。
「……あれ?」
「ん?」
リヴィが、じーっと俺の額を見つめている。
「ロウト、額」
「え、何か浮いてます?」
「文字、出てる」
「ぎゃあああああああ!!!」
慌てて水面に自分の顔を映してみる。
額のあたりに、薄く光る文字。
“サボりたい”
「めっちゃしょうもない!!」
「いやでも、逆に安心したわ」
リヴィがお腹抱えて笑っている。
「もっとこう、“ミリア”、“ギルド”、“世界ぶっ壊す”とか出てくるかと思ったのに」
「俺の本能、基本サボりたいだけなんですね……」
ちょっとショックだ。
「ちなみにリヴィさんは?」
「私?」
リヴィが、今度は自分の額を水面に映す。
そこには――
“弟子おもしろい”
「お前絶対楽しんでる側だろ!!」
「うん、めちゃくちゃ楽しい」
「清々しい!!」
ガルドが遠くからぼそっと言った。
「ちょうどいい結果だな」
「ちょうどいいって何!」
「お前の“サボりたい”と、リヴィの“弟子おもしろい”が釣り合ってる」
「どんな釣り合いですかそれ!」
◆ ◆ ◆
結局そのあとしばらく、額にしばしば「今考えたこと」がうっすら浮かび続けるという、地味に精神攻撃みたいな時間が続いた。
“足だるい”
“パン食べたい”
“サルサ帰ってこないでほしい(でも帰ってきてほしい)”
最後のやつは、慌てて帽子をかぶって隠した。
リヴィに見られたら、一生イジられる自信がある。
◆ ◆ ◆
日が暮れるころ。
サルサはまだ戻ってこない。
洞窟の前で、俺は毛皮にくるまりながら空を見上げた。
「……」
今日一日を思い返す。
生活筋トレ。
棚ガチャ。
アホ茶実験。
修行っぽいのもあったけど、なんだかんだで、いつものサルサの地獄メニューよりは“人間らしい疲れ方”だった気がする。
(ちゃんと、“自分で選んだ”一日だった……のかな)
ちょっとだけ不安になりかけたところで、額がうっすら光った。
そっと水面に映してみる。
“明日も生きてたい”
「……」
少しだけ、笑ってしまった。
「そこだけは、師匠に胸張って言えるかもな」
サルサが戻ってきたらなんて言うだろう。
「三点」とか言われそうだ。
でも、「零点」ではないはずだ。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
師匠不在の一日は、こうしてギャグとちょっとの成長で、なんとか終わった。




