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サルサ師匠の異能力講座

 次の日。


「起きられる?」


「起きられないです……」


 全身が軋む。

 筋肉痛とかいうレベルじゃない。

 身体中の筋を全部取り替えてほしい。


「うん、じゃあ起こす」


「いや今ので起きるってわかってるなら――うわあああああ!?」


 サルサの指先が軽く弾かれた瞬間、俺の体がビクンと跳ねた。


 全身にうっすら電流が走ったみたいな感覚。

 痛いというより、「無理矢理スイッチ入れられた」感じだ。


「強制起床魔法」


「そんなもん開発してどうするんですか……」


「便利」


 答えが簡潔すぎる。


◆ ◆ ◆


 部屋から出ると、洞窟の奥――というよりは上のほうから、いい匂いがしてきた。


「……あれ、ここって洞窟の中ですよね?」


「中だよ」


「なんでパンの焼ける匂いがするんですか」


「ガルドがハマってる」


「ガルドの趣味渋いな!?」


 案内されて上の階層(というより掘り抜き)に出ると、そこはもはや普通に「家」だった。


 岩肌むき出しの壁に、木材で組まれた梁や棚。

 天井には光を通す魔道具が設置されていて、外の光を反射しているらしく、やわらかい昼の明るさが部屋を満たしている。


 中央のテーブルでは、リヴィが足をぶらぶらさせながら椅子に座り、焼き立てっぽいパンをむしって食べていた。


「お、弟子くんおはよー」


「おはようございます……」


 テーブルの向こう側では、ガルドが無骨な手で器用にパンを切り分けている。

 その後ろには、石をくり抜いて作られた窯のようなもの。そこから、さっきの匂いがしていた。


「弟子、座れ」


「ガルドさん優しい……!」


「走れなくなっても困るからな。食え」


 無骨な物言いのわりに、出されたパンはちゃんと食べやすいサイズにちぎってあった。

 バターっぽい何かと、甘いジャムっぽい何かも添えられている。


 ひと口かじると、外はカリッと、中はふわふわだった。


「うまっ……」


「だろう?」


 ガルドが、わずかに得意げになったのを見逃さなかった。


「世界最強格がパンに喜んでる画ヅラ、じわじわくるんですけど」


「お前だって、強くなっても飯は食うだろう」


「たしかに」


 そうこうしていると、サルサも席に着いた。


 ローブの袖をまくり、マグに黒っぽい液体を注いでいる。

 よくわからない香りがする。コーヒーっぽいけど、たぶん別物だ。


「今日の予定」


 パンをもぐもぐしながら、サルサが言う。


「午前:講義。範囲弱体化の座学。

 午後:実地。森で再テスト。

 夜:生きてたら復習とストレッチ」


「“生きてたら”って一言の重さよ……」


「死んでたらそこで終了だから、気にしなくていい」


「こっち側の気持ちも気にしてほしい!!」


 リヴィがくすくす笑いながら、俺の前のマグに何か黄色い液体を注いだ。


「はい、弟子くんにはこっち。体力回復のポーション薄めたやつ。飲める?」


「薬っぽい味ですか?」


「めちゃくちゃ薬っぽいわよ?」


「ですよねぇ……」


 恐る恐るひと口飲むと、完全に薬だった。

 苦い。えぐい。喉にからみつく。


「うえぇ……」


「でも効くから我慢」


 すでにちょっと体が軽くなっている気がするから悔しい。


◆ ◆ ◆


 食後。


 下の階に戻り、俺はサルサと向かい合って座っていた。


 壁一面に、魔法式とか図形とか、よくわからない記号が描かれている。

 サルサはその前で、長い棒でカツンカツンと板を叩きながら話し始めた。


「はい、範囲弱体化講義、初級。

 ロウトの特性を、本人がちゃんと理解するための時間」


「よろしくお願いします、先生」


「師匠」


「はい師匠」


 訂正が早い。


「まず基本。お前の特性は“素で発動している”」


「素で……?」


「魔力を消費して、意識してオンオフしてるスキルじゃない。

 息するのと同じ。お前がそこにいるだけで勝手に動いてる」


 サルサは、簡単な円を板に描いた。


「これがお前。ここから外側に、こんな感じで“影響域”が広がっている」


 円の周囲に、何重にも円が描き足される。


「中心に近いほど、弱体化の効果が強い。

 昨日ドラゴンの足元で見せたのが、ほぼ最大出力。

 逆に外側に行くほど効果は薄くなる」


「じゃあ、範囲の端っこのほうにいる敵は、ちょっと鈍くなるくらい?」


「そう。

 ただしここからが重要」


 サルサは、円の一部を指でトントン叩く。


「“誰に効くか”が、普通の範囲干渉系と違う」


「敵対勢力、限定……」


「そう。お前に敵意を持っているかどうか、あるいは世界が“今この瞬間、お前に対して危険かどうか”と判断した存在だけに効く」


「世界って便利機能ついてるんですね……」


「便利だけど、たまにバグる」


「バグるんだ!?」


「バグったときは、世界側の管理者とか神様とかがどうにかする。そこは考えなくていい」


 世界の裏方事情がサラッと出てきたぞ今。


「問題は、お前の“心”のほう」


 サルサは、今度は俺の胸元あたりを指差した。


「昨日の実験でもわかったように、お前が“敵”だと認識すればするほど、敵の弱体化は強くなる。

 逆に、“かわいそう”“悪い奴じゃないかも”と思うと、効果は弱くなる」


「……俺の優しさが邪魔してくるやつだこれ」


「優しさは否定しない。

 ただ、“敵に向ける情け”と“守る相手に向ける優しさ”は分けておきなさい」


「……」


 ぐさっと刺さる言葉だ。


「極端な話」


 サルサは、さらりと言う。


「お前が“世界中の人間が敵だ”って認識すると、お前の周囲半径数十メートルにいる全部の人間が弱体化する」


「待って、それ普通に終末兵器じゃないですか」


「そうだよ?」


「ですよねぇ!!!」


 なんでそんなにあっさり肯定するんだこの師匠。


「だからこそ、お前は“誰を敵として扱うか”を常に意識しなきゃいけない。

 ……ほっとくと、感情に任せて世界中を敵認定しかねないからね、お前みたいなのは」


「お前みたいなのってどういう分類ですか」


「自分の価値を低く見積もってるくせに、傷つきやすくて、根は優しいタイプ」


「なんか妙に具体的に刺さる分類やめろ」


 リヴィが横から顔を出してきた。


「わかる〜。そういう子が一回こじれると、“全部嫌い”“世界滅べ”モード入りやすいのよねぇ」


「やめろ、俺の黒歴史予告やめろ」


「でも大丈夫よ?」


 リヴィは、笑いながら俺の肩を叩いた。


「ここにはサルサもガルドもいるし、私もいるし。

 こじれたら、全力で殴って止めてあげるわ」


「物理的に止めに来るんだ……」


「当たり前でしょ?」


 当たり前みたいな顔で言うのやめてほしい。


◆ ◆ ◆


「次。味方について」


 サルサが、板に新しい円を描く。


「お前の特性は、基本的に“敵対勢力限定”だから、味方には直接の弱体化は入らない」


「よかった……味方巻き込まないんですね……」


「ただし」


「出た、“ただし”」


「味方が、お前を“敵”だと認識した場合」


「おわぁ」


 最悪のパターンが一瞬で想像できた。


「例えば、ギルドで一緒に戦っていた仲間のうち一人が、内心で“ロウトが邪魔だ”“足手まといだ”と強く思っていたとする」


「はい……」


「その瞬間、その仲間の動きは、お前のせいで微妙に鈍くなる」


「俺のせい!!?」


「お前の範囲内で、お前を“敵”と認識しているから。

 世界側も“その瞬間だけ、敵対関係にある”と判断する」


「最悪じゃん!! いや、最悪すぎない!?」


「だから、お前の評価は余計に悪くなる」


 サルサは、ごく自然な口調で続けた。


「“ロウトがいると戦いづらい”“なんか周りが調子狂う”“いると邪魔”

 ……本気でそう思っているやつが一人でもいれば、そいつは勝手に弱くなる。

 そしてその原因は、誰にもわからない」


「うわぁぁぁぁぁ……」


 胃がキリキリし始めた。


 ギルド時代の戦闘を思い返す。

 もしかして俺、本当に――


「はい、そこで病みモード入らない」


 サルサがぴしゃりと言った。


「今は“そういう特性だ”と理解する時間。

 罪悪感に浸るのは後回し。というか浸る必要はない」


「でも俺のせいで――」


「違う」


 サルサの声が、一瞬だけ鋭くなった。


「それは、お前のせいじゃない。

 “お前を敵と認識したそいつ”と、“そういう仕様にした世界”のせい」


「……」


「お前はただ、そこにいた。

 自分の価値も、特性も、何も知らないまま。

 ――全部知った上で同じことしたなら、お前の責任も問えるけど」


 淡い緑の瞳が、まっすぐ俺を見つめてくる。


「知らなかった子どもを責めるのは、ただの大人の怠慢だ」


 胸の奥で、何かがふっと軽くなった気がした。


 ギルドでの失敗。

 ミリアの表情。

 幹部たちの視線。


 全部が一度に襲ってきて、押しつぶされそうになっていたのに――


「……師匠」


「何」


「ちょっと好きって思っちゃいました」


「やめて、そういうのいらない」


「容赦なく振り払われた!!」


 リヴィがクスクス笑い、ガルドは少しだけ口元を緩めた。


◆ ◆ ◆


「まとめ」


 サルサが棒で板をトン、と叩く。


「ロウトの特性“範囲弱体化”の現時点での理解。


 1:お前の周囲にいる“敵対勢力”限定で、筋力・魔力・感覚などを低下させる

 2:敵認定の強さは、お前の感情と世界の線引きの両方に左右される

 3:味方が“お前を敵だと思った”瞬間、その味方も弱体化する

 4:逆に、お前が“絶対に守りたい”と決めた存在の周りでは、敵のほうが勝手に弱くなる

 5:自分で“敵の線引き”をしないと、そのうち世界中全部にデバフを撒き散らす歩くバグになる


 ……以上」


「まとめ方の最後の一文が重すぎる!!」


「事実だから」


 ぐうの音も出ない。


「でも」


 サルサは、ふっと口元を緩めた。


「だからこそ、面白い」


「面白い……?」


「考えてみなさい」


 サルサは椅子の背にもたれかかり、ぐいっとマグを傾ける。


「お前が誰かを本気で“守る”と決めたとき。

 お前のそばにいる限り、その誰かを狙う敵は、必ず弱くなる」


「……あ」


「敵だけが、勝手に足を取られ、手元が狂い、隙を晒す。

 お前の守りたい相手は、そのたびに救われる」


 サルサの瞳が、少しだけ柔らかくなった。


「それは、“守るための特性”でもある」


「……」


 思わず、ミリアの顔が浮かんだ。


 いつも俺を庇ってくれた幼馴染。

 俺を必要だと言い続けてくれたマスター。


 もしあの頃の俺が、この特性を理解していて。

 味方をちゃんと“守る対象”だと意識していたなら――


『ロウトがいてくれてよかった』


 そんな言葉を、本当の意味で言わせられたのかもしれない。


 今さら考えても遅いけど。

 でも、これからなら――


「師匠」


「また?」


「今、俺が“守りたい”って思った相手って、誰だかわかります?」


「知らない」


「冷たっ」


「でも、その相手を守るために強くなりたいと思うなら――」


 サルサは立ち上がり、指を鳴らした。


「午後の地獄ラン、頑張りなさい」


「やっぱりそこに帰結するんですねこの師匠!!」


「当たり前。強くなりたいんでしょう?」


 ぐうの音も出ない、第二ラウンド。


◆ ◆ ◆


 その日の午後も、俺は森を走った。


 ドラゴンの寝床をかすめ、タヌキの毒弾を避け、スライムが自分の毒に溶けていくのを眺めながら。


 敵と味方。

 守りたいものと、斬り捨てるべきもの。


 まだうまく線引きはできない。

 でも、走り続ける中で、ほんの少しずつ――“敵”の輪郭が、自分の中で形になっていく気がした。


 そのすぐ傍で、“守りたいもの”の姿も。


 いつか、世界を敵に回すとしても。

 その前に、俺にはやることがある。


 まずは、自分で自分の足を止めないこと。

 逃げ続けるんじゃなくて、ちゃんと選ぶこと。


 そう決めた俺は、とにかくひたすら、走り続けるしかなかった。


(……見てろよ、《烈風の翼》)


 息を切らしながら、心の中でそっと呟く。


(いつか絶対、“ロウトがいてくれてよかった”って、土下座しながら言わせてやるからな)


 その日も、俺はなんとか生きて洞窟に帰り――

 サルサの「三点」の判定をもらったのだった。


 まだ十点満点まで、道のりは遠い。


 でも、ゼロから三までは来た。


 それが今は、やけに嬉しかった。

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