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筋肉は裏切らない

 朝。


「ロウト、外」


 洞窟の奥から、サルサの声がした。


 ――この一言が、最近だんだん「おはよう」と同義になってきたのがつらい。


「はいはい……今日は何です? ドラゴン? 森ダッシュ? 心えぐりテスト?」


「全部ハズレ」


「珍しい!!」


 外に出ると、広場にはサルサとガルドとリヴィが揃っていた。

 そして、ガルドの足元には、なんか嫌な予感しかしない“道具の山”。


 斧、ツルハシ、ロープ、バケツ、よくわからない鉄の塊、巨大な樽、他。


(うわぁ……)


 俺が現実から目をそらしかけたところで、サルサが淡々と言った。


「結論から先に言う」


「はい」


「体が追いついてなんぼ」


「おっしゃる通りなんだけど、嫌な予感しかしない!」


 サルサは指を一本立てる。


「ここまで、特性の扱い方とか、敵味方の線引きとか、ドラゴンからの逃げ方とか、いろいろやってきた」


「やりましたね……心も肺も何回か壊れかけました……」


「でも」


 サルサが片眉をぴくっと上げる。


「それ全部、“身体がちゃんと動くこと”が前提」


「正論パンチきた」


「範囲弱体化がどれだけ優秀でも、お前本人の足が遅かったら、範囲の真ん中に敵を置けない。

 スタミナがなければ、デバフが効き始める前にお前が倒れる」


「グウの音も出ない……!」


「だから今日は――」


 サルサが、横のガルドを親指で指した。


「ガルドの雑用を全部やりなさい」


「ブラック企業の指示だこれ!!」


 リヴィが手を叩いて笑う。


「出た、“体が追いついてなんぼ”理論〜。

 要するに“ガルドの仕事を押し付けられるだけ”とも言う〜」


「そういう言い方はやめろ」


 ガルドがちょっとだけ目を伏せた。


「俺もだいぶ溜まってたからな。

 本気で助かる」


「嬉しそうに言わないで!? 地獄が喜んでる声に聞こえる!!」


◆ ◆ ◆


「メニュー発表」


 サルサが、道具の山の横に立つ。


「今日一日でやることは、ざっくり三つ」


 指が三本立つ。


「一つ。薪割り&洞窟前の薪置き場の拡張。

 二つ。洞窟裏の崖沿いに“新しい足場”を作る。

 三つ。川から水を汲んで、貯水樽を全部満タンにする」


「何その“山の生活フルコース+オプション地獄”」


 ガルドが補足する。


「どれも俺一人でもやろうと思えばできる。

 だが、お前の筋肉のために、あえて一日で詰め込んでやる」


「一人でやっててもいいんですよ!? 遠慮しないで!!」


「遠慮しない結果がこれだ」


「クソぅ……!」


 サルサが、さらっと爆弾を追加投下してきた。


「ちなみに」


「はい?」


「サボったら、明日からのメニューが“心と身体の両方いじめ”になる」


「やっぱりブラック企業じゃん!?!?」


 リヴィが横から小声で囁いた。


「弟子くん、“今日死ぬか明日死ぬか選べ”って言われてるよ」


「二択が地獄 vs 地獄なんですけど!!」


◆ ◆ ◆


1.薪割り&薪置き場拡張


 まずは森の少し奥、倒木エリアへ。


 昨日までの修行で見覚えのある場所だが、今日は若干、見る目が違う。


(ああ……今日は“敵”じゃなくて“燃料”なんだな……)


「ロウト」


 ガルドが、ざっくりと指示を出してくる。


「あの太さの幹を何本か。

 焚き火にちょうどいい太さで、乾きやすい木を選べ」


「“自分を焼くための燃料”ってことですね」


「そうだ」


 リヴィがひそひそ囁く。


「つまり、“今日自分を温めてくれる炎の材料を、自分で集めてる”ってことね」


「急にロマンチック風に言ってますけど、実際はただの重労働ですよね!?」


 とにかく、目ぼしい木を選び、斧で切り出していく。


 斧を振るたびに、肩と背中にドーンと衝撃が返ってくる。


(……あれ)


 ふと気づく。


(前より、斧が振りやすい)


 最初にここで作業したときは、一発振るたびに腕が千切れるかと思った。

 今もキツいことはキツいけど、「一発ごとに人生を振り返るほど」ではない。


「ちょっと慣れてきてる……?」


 自分で言って、ちょっと驚いた。


 ガルドがこちらをちらりと見る。


「ドラゴンサーキットの成果だ」


「ドラゴンでサーキットって言い方やめてください? 意味わかんなくなるから」


「意味わかるだろ。“ドラゴンがいるサーキット”だ」


「シンプルだけど嫌なワード!!」


 それでも、体はちゃんと反応している。


 範囲弱体化も、敵がいない今は使えない。

 純粋に、自分の筋肉だけでやる仕事だ。


 汗が額を流れる。

 斧を振り下ろすたび、木の香りが鼻を掠める。


 リヴィが、木の上に座ってぽんぽんと足を揺らす。


「ねぇロウト。なんで鍛えたいの?」


「急に人生相談みたいな質問ですね!?」


「いや、単純に興味。

 だってさ、サルサから見れば“このままでも特性だけで十分チート”なわけじゃん」


「……」


 斧を止める。


「なのに、“自分の身体の方もついていきたい”って思ってるのは、ロウトのほうでしょ?」


 そう言われると――うん。


 そうかもしれない。


「……ギルドにいた頃、」


 自分でも意外なくらい、口が素直に動いた。


「足引っ張ってる感、あったんですよね。

 範囲弱体化、無自覚で使ってたとしても、

 “俺本人”は、いつもだいたい平均以下で」


「うん」


「だから、“俺じゃなくてもよくね?”って顔、ちょくちょくされてたし」


 特定の誰かを思い出さないように、わざと視線を木に固定する。


「せめて、自分の身体くらいは“俺のもので強い”って言えるようにしときたい、というか……」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。


「……あー、なんか真面目なこと言いましたね俺」


「いいじゃん」


 リヴィが、にこっと笑った。


「じゃあがんばれ。

 “自分の身体くらいは強くしておきたいロウトくん”のために、薪山は今日も育っていくよ」


「言い方ァ!」


◆ ◆ ◆


 切り出した丸太を引きずり、広場まで運ぶ。


 ただ持つだけじゃなく、サルサの指示で「頭上で担いで歩け」とか「ランジしながら進め」とか意味不明なオプションが付く。


「なんで普通に運ばせてくれないんです!?」


「せっかく重いもの持ってるのに、筋トレに転用しないのはもったいない」


「節約の方向性がおかしい!!」


 それでも、ガルドが横で同じペースで歩いてくれているのが救いだ。


 俺がプルプルしてる横で、涼しい顔してるのは見なかったことにする。


 広場前の薪置き場は、途中から「ただの棚」じゃなく、「ちょっとした壁」みたいになってきた。


「これ、なんかもう、軽い要塞ですよね?」


「冬になったらありがたいぞ」


「その頃には俺、別の意味で燃え尽きてません?」


◆ ◆ ◆


2.崖沿いに足場を作る


 次は、洞窟の裏手。


 そこには、崖に沿って細い道が続いている。

 少し前、ドラゴンサーキットで一部走らされた“ちょっと危ないルート”だ。


「ここ、落ちたら?」


「軽症〜中等症」


「中等症は嫌だな!?」


「だから足場を作る」


 サルサが、崖の角度を見上げながら言う。


「ガルドがずっと前から“そのうちやる”って言ってやらなかったやつ」


「すまん」


「いいえ、今日やるから問題ない」


「問題は全部俺に降ってきてるんですけど!」


 ガルドが、丸太と板を指さす。


「こいつらを使って、“崖沿いの簡易歩道”を作る。

 柱を打ち込んで、板を渡して、縄で固定する」


「大工仕事までセットですか……」


「もちろん。

 “死なないための足場”は、自分でも作れたほうがいい」


 サルサの言葉は理屈としては正しい。

 だが、体力ゲージはさっきの薪でだいぶ削られている。


「……師匠」


「なに」


「筋肉痛で明日動けなくなっても、怒らないでくださいね」


「怒らない」


「ほんとですか?」


「“動けないのに逃げられないメニュー”にするだけ」


「そっちのほうが怖かった!!」


◆ ◆ ◆


 崖沿いに杭を打つ。


 ハンマーを振り上げ、重い一撃を何度も打ち込む。


 ずしん、ずしんと腕に、肩に、背中に響く。


 途中で何度も手が滑りそうになるたび、ガルドが後ろから一言。


「腕だけで打つな。

 腰を落とせ。重心から落とせ。

“体重を使って殴る”のは、ハンマーも剣も同じだ」


「こう、ですか……?」


「そう。それで、“今の感覚を剣にも応用する”」


「地味に大事なこと言ってるのに、状況のせいで説教にしか聞こえない……!」


 板を渡し、ロープで固定する。


 ロープを引き、結び、締め上げる動作も、腕と背中に負荷がかかる。


 足場が一本、二本と増えていくたびに、崖沿いの道がほんの少し安全になっていく。


(これ……)


 ふと、頭の中にギルドの地図が浮かんだ。


 黒哭の大森林――“捨てられた森”。

 あの森のどこかで、今、ギルドの連中が「バグってる森の噂」をしているかもしれない。


 そこへ向かう道は、決して綺麗に舗装された石畳じゃない。

 こうやって、自分たちで足場を作りながら進むような、ガタガタした道だ。


(そう考えると……悪くないのかもな)


 崖沿いの足場が増えるたびに、“この森を歩ける範囲”が少しだけ広がる。


 それは、この森での俺の世界も、少しずつ広がっているってことだ。


「おい」


 ガルドが呼んだ。


「今、何か考えごとして歩幅が変わった」


「え、そんなレベルでバレるんです?」


「バレる」


「こえぇよ世界最強格……!」


◆ ◆ ◆


3.川から水を汲む地獄


 最後のメニューは、川。


「貯水樽、全部?」


「全部」


 洞窟前に並んだ樽は、ざっと数えて十数個。


「これ全部、水で満タンにするまでが今日の仕事」


「ガルドさんそれ一日仕事じゃないですか」


「だから今日一日かける」


「ですよねぇ!!」


 川までの距離は、そこまで遠くない。


 だが、問題は“バケツがでかい”ことだ。


 手桶サイズじゃない。

 両手で抱えるやつだ。


「サルサ、これ絶対サイズ間違ってますよね?」


「大丈夫。

 “軽いバケツで何往復もする筋トレ”より、

 “重いバケツで少ない回数の筋トレ”のほうが効率がいい」


「効率の概念ここで使う!?」


 リヴィが、悪い笑顔で追い打ちをかける。


「ほらほら、“世界の難易度を下げる男”が、水くらいで音を上げないで?」


「誰がそんな二つ名つけたんですか!?」


◆ ◆ ◆


 川に到着し、バケツに水を汲む。


 水を満たした瞬間、腕と腰にずしっと重さが乗る。


「重っっ……!?」


「落とすなよ。やり直しだ」


「圧がすごい!!」


 一歩、一歩。


 水面を揺らさないように、慎重に、でも止まりすぎずに歩く。


 俺がへろへろ歩いている横で、ガルドは片手で樽を抱えて歩いていた。

 比較したら負けだと思う。


 途中で、サルサの声が飛ぶ。


「ロウト。今どこに力入ってる?」


「腕、と腰……!」


「腕に入りすぎ。

 “腕で持つ”んじゃなくて、“背中でぶら下げる”」


「背中で……?」


「肩甲骨寄せて。胸ちょっと張って。

 腕は“紐”。重さは背中で受ける」


 言われるまま姿勢を変えてみる。


 ……少しだけ、楽になった気がする。


「おお……?」


「筋トレの基本。

 “どこで受けるか”を選ぶ」


「剣振るときも同じってことです?」


「そう」


 サルサがコクリと頷く。


「お前は、今まで“全部腕で何とかしようとしてる”感じがあった。

 それだと、すぐ疲れる」


「うわ、図星……」


「背中と体幹で支えれば、腕は“コントロールするだけ”で済む。

 今日の水汲みは、その練習」


「水汲みがそんな高尚な意味を持つ日が来るとは……」


 リヴィが横から小声で入る。


「……まぁでも、将来何かあったときにさ」


「はい」


「“ロウトって、世界をバグらせた上に水運びもできるんだぜ”って言えるの、ちょっとカッコよくない?」


「急に方向性の迷子やめて!?」


◆ ◆ ◆


 何往復したか、数える余裕もなくなるころ。


 ようやく、最後の樽が満タンになった。


「……っはぁあああああああ……!!」


 その場にへたり込む。


 腕も足も背中も、もれなく悲鳴を上げている。


 汗で髪が額に張り付いて、息もあがりっぱなしだ。


「おつかれ」


 ガルドが、水を差し出した。


「今日はよく働いた」


「……ガルドさんの仕事、結構な割合で俺がやりましたよね」


「ああ」


「素直に認めた!」


「だが、それだけの仕事を“こなせた”のも事実だ」


 そう言われると――まあ、悪い気はしない。


 サルサが、少し離れたところから歩いてきた。


「三点」


「出た、サルサ採点」


「十点満点中、三点」


「昨日も三点って言ってませんでした?」


「そう。

 内容は違うけど、“今のお前が今日一日で出せる全力”って意味では同じくらい」


「うわ、それはそれで褒められてる気がする……!」


 サルサが、少しだけ口元を緩める。


「でも、“今日の三点”は、“昨日なら取れなかった三点”」


「……」


 ちょっとだけ、胸が熱くなる。


「何より」


 サルサの視線が、薪の山と、崖の足場と、満タンの樽を見渡した。


「ここにあるもの全部、“お前がここにいた証拠”」


「言い方がなんか遺書っぽい!」


「生きてるうちに増やしなさい」


「そうですね!? 死後に増えるほうが怖いですもんね!!」


 リヴィが、くすくす笑いながら近づいてきた。


「でもさ、今日はマジで“体が追いついてなんぼ”って感じだったわね」


「ですね……。

 特性でどうにかなる部分、ゼロでしたし」


「逆に言うと」


 リヴィがニコッと笑う。


「今後、今日のメニューこなした“この身体”に、

 “あの範囲弱体化”が乗るってことよ?」


 ――あ。


 そうか。


(俺、“弱体化した敵”に合わせて体も強くしてるんじゃなくて。

 “強くなった体”で、さらに敵を弱くするんだ)


 順番が逆だと思ってた。

 でも、本当は、どっちも同時進行なんだ。


 敵が弱くなれば、俺の仕事も増える。

 俺が強くなれば、その分だけ“世界の難易度”をもっと乱せる。


(……やっぱりバグってるな、これ)


 自分で思って、ちょっと笑ってしまった。


◆ ◆ ◆


 その夜。


 筋肉痛予備軍たちを抱えたまま、毛皮にくるまりながら天井を見上げる。


 腕をちょっと動かすだけで「いてててて」と声が出る。


(でもまぁ……)


 頭の中に、薪の壁と、崖沿いの足場と、並んだ樽が浮かぶ。


(ちゃんと“今日の結果”が目に見えるの、悪くないな)


 ギルドにいた頃は、数字の成果ばかり見ていた。

 討伐数、経験値、貢献度。


 ここでは、木や岩や水の形で、「今日やったこと」が残っている。


 それがそのまま、この森で生きるための装備になる。


「……明日、絶対筋肉痛だな」


 ぼそっと呟く。


 たぶんサルサは、筋肉痛でも容赦しない。

 そのうち「筋肉痛のままドラゴンサーキット」みたいな地獄もやらされるだろう。


 それでも――


「まぁ、いいか」


 “体が追いついてなんぼ”。


 あのちび魔法使いの言葉を思い出しながら、目を閉じた。


 筋肉は裏切らない、って誰か言ってた気がする。

 少なくとも、この森では――裏切ってる暇もなさそうだ。


 世界のバグを広げるためにも、まずは明日も動ける体で起きないと。


 そう思いながら、俺は筋肉痛の未来に震えつつ、眠りに落ちた。


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