S級ギルド、クビになりました
俺は今、ギルド本部の裏口で、ぼうっと空を見上げている。
頭の中には、ついさっき言い渡された言葉が、まだぐるぐる回っていた。
『――ロウト。お前を、うちのギルドから外す』
S級冒険者ギルド《烈風の翼》。
王都に三つしかないS級ギルドのひとつで、国でも指折りの戦力を誇る精鋭集団。
そんな看板ギルドから、俺は、正式にクビになった。
「……はぁ」
ため息をひとつついて、壁に頭をコツンと押し付ける。
わかっていた。
ずっと前から、こうなる予感はしてた。
俺――ロウト・アーディン、二十五歳。
肩書きは一応「剣士」……なんだけど、
「戦闘貢献度、ほぼゼロだからなぁ……」
自分で言って凹むタイプの真実ってあるよね。
別に剣が振れないわけじゃない。訓練はしてきたし、そこらのC級くらいなら普通に勝てる。
でも、俺が所属してたのはS級ギルドだ。
周りは全員、ドラゴンだの上位悪魔だのを単騎でぶっ飛ばすような化け物揃い。
その中で俺だけが、何というか……「普通」だった。
あまりにも普通すぎて、戦闘に出ても「いなくても変わらなくね?」って言われるくらいには、存在感が薄かった。
――じゃあ、なんでそんなところに居られたのか?
「……幼馴染補正、ってやつだよなぁ」
ギルドマスター、ミリア・レインハート。
金髪碧眼、炎属性の大魔導士、若くしてS級ギルドを率いる天才女傑。
そして俺の、幼馴染。
ミリアは、周りに何を言われようが、ずっと俺をギルドに置いてくれていた。
『ロウトは必要な人材よ。火力だけが戦力じゃないの』
『あんたがいると、みんなの動きが安定するのよ。だから、胸張ってなさい』
……と、本人はずっと言ってくれてたけど、俺からしたら、どう考えても情けでしかない。
だって、俺の戦績はボロボロだ。
前線に出ても、とどめを刺すのはいつも他のメンバー。
俺の斬撃で敵が倒れる前に、横から飛んできた火球で蒸発していく。
討伐記録の「とどめ担当」の欄に、俺の名前が載ったことは数えるほどしかない。
それでも、ミリアがマスターでいる限り、俺の居場所は守られてきた。
――今日までは。
◆ ◆ ◆
『今回のドラゴン戦、詳しくログを確認させてもらった』
ギルドの作戦室。
大きな円卓を挟んで、ミリアと幹部連中が、俺を見ていた。
壁には、魔道具で記録した戦闘映像が映し出されている。
赤いブレスを吐く真紅のドラゴン、空を埋め尽くす魔法陣、飛び交う仲間たちの影。
その中に、確かに俺もいた。
剣を構え、突っ込んで、かわされて、距離を取って、また突っ込んで――
冷静に見返すと、邪魔とは言わないまでも「いなくても別に……」感がすごい。
『今回の依頼主から、正式なクレームが来た』
ミリアの隣に座る、副ギルドマスターのガロスが、重い声で言った。
大男で、斧を振り回すバーサーカー。見た目は怖いが根は良い人だ……と思ってた。
『“あの剣士を外してくれれば、次からも《烈風の翼》に依頼を出したい”――そう言ってきている』
「……」
『正直、これまでだって、お前の評価は芳しくなかった。
討伐数、貢献度、仲間からの報告……どれを見ても、S級ギルドの一員としては足りていない』
ガロスは淡々とした口調で告げる。
『ミリアが庇ってきたから、ここまで保留されてきたが……今回は依頼主が直々だ。
ギルドの看板と経営を考えれば、受け入れざるを得ない』
「……そう、だよな」
わかってた。
俺だって、戦闘ログくらい見れる。数字で見れば一目瞭然だ。
みんなの与ダメージが青と赤のバーでグイグイ伸びてるなか、俺の欄だけ謎の低空飛行。
率直に言って、見ていてつらいグラフをしている。
『――ロウト』
ようやく、ミリアが口を開いた。
潤んだ青い瞳が、まっすぐ俺を見ている。
『ごめん。これ以上は、あたし一人じゃ守りきれない』
そのとき、ようやく実感が降りてきた。
ああ、本当に、俺はクビになるんだな――と。
「……謝るなよ、ミリア」
俺は、精一杯、明るく笑ってみせる。
「今までありがとな。S級ギルドで冒険できただけで、充分すぎるくらいだ。
俺みたいなの、本来なら門前払いだろ?」
『そんなこと――』
「あるって。俺が一番わかってる」
言葉を遮って、俺は椅子から立ち上がった。
「だから、最後くらい、かっこつけさせろよ。
“今までよく頑張った、後は任せろミリア”って、そんな感じでさ」
――実際は、その「よく頑張った」がろくに出来てないんだけど。
それでも、幼馴染の前で情けなく泣きつくのは嫌だった。
男の見栄、ってやつだ。
『……ロウト』
ミリアは何かを言いかけて、結局、唇を噛んだまま俯いた。
代わりに、ガロスがひとつ頷く。
『……本日付で、ロウト・アーディンを《烈風の翼》より外す。
支給済みの装備はそのまま持って行け。退職金も規定通り支払う』
「了解。お世話になりました」
形式的なやり取りを終え、俺は頭を下げて、作戦室をあとにした。
扉を閉める直前、背中越しにミリアの声が聞こえた気がした。
『――絶対、死なないでよ』
けれど俺は、その言葉に返事をしなかった。
◆ ◆ ◆
「……で、今に至るっと」
ギルド本部の裏口。
荷物をまとめた袋をひとつ肩に担ぎ、俺は木箱に腰を下ろす。
剣一本、簡素な鎧、ちょっとした回復薬、路銀。
冒険者としての最低限だけを抱えて、俺は“元”S級ギルドマンになった。
「……ここから、どうすっかなぁ」
パッと思いつく進路は三つ。
一つ、別のギルドに移籍して、下級冒険者からやり直す。
二つ、冒険者をやめて、どこかの店で雇ってもらう。
三つ――全部投げ出してどこかで野垂れ死ぬ。
「三番目が一番しっくりくるってあたり、人生詰んでるよなぁ、俺」
苦笑しながら、空を仰ぐ。
剣の腕に自信があるわけでもない。
特別な魔法が使えるわけでもない。
頭脳派でも、策略家でも、大工や鍛冶の技術があるわけでもない。
ただの「ちょっと訓練した剣士」が、二十五歳から一人で生き直すには、あまりにも遅すぎる。
「……まぁ、でも」
胸の奥に、どす黒いものがもやもやと溜まっているのを感じる。
悔しくないわけがなかった。
依頼主に「役立たず」と言われ、幹部に「貢献度が低い」と数値で突きつけられ。
幼馴染に庇われ続けて、それでも最後には切り捨てられた。
ミリアを恨んでるわけじゃない。
けど――ギルドを、世界を、運命を、何もかもぶん殴りたい気分だった。
「……よし、決めた」
立ち上がり、荷物を背負い直す。
「どうせ死ぬなら、捨てられた森にしよう」
王都から半日ほど歩いた場所にある、黒々とした森。
正式名称は「黒哭の大森林」だが、人々はそこをこう呼んでいた。
――【捨てられた森】。
国にとって不都合な連中、死刑囚、ギルドの厄介者……そういう「処分に困る人間」を、こっそり放り込む場所。
一度足を踏み入れたら、まず生きて帰れないと言われる、化け物と魔物の巣窟。
平たく言えば、「死に場所」として有名な場所だ。
ギルドでも何度か名前を聞いたし、依頼で近くまで行ったことはある。
中に入ったことはないが、噂話だけでも十分おどろおどろしい。
「どうせ死ぬなら、派手なところで。
S級ギルドを追放された男の最後の仕事ってことで、そこらの魔物の胃袋くらい役に立ってやるよ」
自虐とも自己満足ともつかないことを呟きながら、俺は王都を出た。
◆ ◆ ◆
――そして、数時間後。
「……あの、想像してたより、だいぶヤバくない?」
俺は今、全力で逃げていた。
ガサガサガサァァッッ!
背後の茂みを突き破って飛び出してくる、緑色の巨大なトカゲ。
目だけで俺の上半身くらいある、化け物サイズのリザードだ。
「待て待て待て待て! 距離感ってものをだな!? 俺まだ死ぬって決め切れてないから!!」
森の中を駆け回りながら、ブンと剣を振る。
ガキィィィンッ!
刃は確かにリザードの硬そうな鱗を捉えた。
手応えもある。けど――
「硬っ!? いや普通にこれB級上位モンスターじゃない?」
まるで鉄板を叩いたみたいな反動が腕に来る。
S級ギルドの連中なら笑いながら遊んで倒すレベルだろうが、今の俺ひとりでは、普通に無理ゲーだ。
しかも、さっきから様子がおかしい。
「なんで、こける?」
リザードが、俺を追いかけようとして、足を滑らせた。
ドガァンッ!
そのまま横の木に頭から激突して、大量の葉っぱがバサバサと落ちてくる。
……さっきも、飛びかかってきたところを避けたら、自分で木にぶつかって勝手に気絶してた。
動きが鈍いとかじゃない。
純粋に「どんくさい」のだ。バランス感覚が壊滅している。
「いやいやいや、さすがに不自然すぎだろ」
毒霧を吐こうとして、自分の足元にぶちまけて悶絶するスライム。
俺に跳びかかろうとして、枝に引っかかって落ちてくるウルフ。
遠くから矢を撃ってきたゴブリンが、謎のタイミングで足を滑らせて自分の仲間に誤射する。
さっきから遭遇するモンスターたちが、ことごとくポンコツになっている。
「……運がいい、ってレベルじゃねぇぞコレ」
とはいえ。
運が良かろうが悪かろうが、怖いものは怖い。
「死にに来たくせに、いざとなると死にたくねぇって、我ながらチョロいな!?」
悲鳴混じりに叫びつつ、俺は森の奥へ奥へと走る。
普通、このパターンだと、森の外側でウロウロして引き返すのが人間だ。
だが、テンパっている人間は、だいたい逆方向に走る。
結果――
「……おい」
ふと気づくと、森の空気が変わっていた。
足元の草はいつの間にか消え、黒い土がむき出しになっている。
木々の幹はねじ曲がり、枝は槍のように尖って、空を覆い隠していた。
さっきまでの「魔物がいっぱい出ます」レベルの危険地帯とは、明らかに何かが違う。
「これ、多分だけど」
喉をゴクリと鳴らす。
「一番入っちゃいけないところだよな?」
そのとき――
ズズンッ。
大地が、震えた。
遅れて、重い足音が聞こえてくる。
ドシン、ドシン、と、一歩ごとに心臓を殴られるみたいな衝撃。
黒い木々の間から、影がぬうっと姿を現した。
山、かと思った。
違った。
それは――
「……ドラゴン、じゃねぇか」
全身を黒い鱗で覆われた、巨躯のドラゴン。
王都近郊で討伐した個体よりも、ふた回りは大きい。
黄金色の瞳が、爛々と輝き、俺を見下ろす。
ゴオォォォォォッ!
咆哮一つで、耳がキンと痛くなる。
膝が笑う。正直、腰も抜けかけている。
「おいおいおいおい、待て待て待て。
“死に場所”だからって、さすがにチュートリアルボスがドラゴンはやりすぎだろ!」
さっきまでのトカゲが可愛く見えるレベルの絶望感だ。
それでも、ドラゴンは――どこか、奇妙だった。
鱗の一部が剥がれ、足元がふらついている。
爪を振り下ろそうとして、バランスを崩し、土を抉りながらよろめいた。
「……お前も、ポンコツなの?」
恐怖のあまり、口から出る言葉がひどい。
ドラゴンは、ぐらりと首を振って、俺を睨みつけた。
――そっか。
こいつら、全部、さっきから。
俺の周囲に入ると、急激に弱くなってる。
偶然とか運とかじゃない。
ここまで露骨だと、もう「そういう能力」だとしか思えない。
「……範囲内の敵、弱体化」
昔、酒場で聞いたことがある。
ごく稀に、攻撃力とか魔力とかじゃなく、「敵を弱体化させる体質」を持って生まれる奴がいるって。
近くにいるだけで、敵の筋力や魔力、感覚が鈍って、不利になる。
でも、それは派手なスキルとも違うから、測定器ではまず出てこない。
気づかれずに一生を終えることも多い――と。
「まさか、俺がそれってオチ?」
タイミング的に、そうとしか思えない。
S級ギルドでの戦闘。
あいつらが常識外れに強かったのは――純粋にあいつらが化け物だったせいだと思ってたけど。
敵がいつもどこか動きづらそうにしてたり、魔物同士が噛み合わなかったり。
あれも全部、もしかしたら――
「いや、今さら気づいても遅ぇんだよなぁ!!」
ドラゴンの爪が振り下ろされる。
ズガァァァァァンッ!
すんでのところで転がって避ける。
地面が抉れ、土と石が雨のように降り注ぐ。
――弱体化してるとはいえ、ドラゴンはドラゴン。
一撃でもまともにもらえば、俺なんてミンチだ。
「ふざっ、けんなよっ!」
叫びながら、俺はドラゴンの足元に斬り込んだ。
ギィンッ!
刃が鱗に弾かれる。だが、さっき王都近郊で戦った個体よりは、確かに柔らかい。
ほんの少しだけ、剣が食い込んだ感触があった。
「効いてる……! けど、足りねぇ!」
俺の筋力も技術も、敵の弱体化を活かすほど優れていない。
かろうじて「傷がつく」レベルだ。
ドラゴンの尻尾が唸りを上げる。
ドゴォォォォッ!
「ぐぉっ!?」
横薙ぎに吹っ飛ばされ、木に背中から叩きつけられた。
肺から空気が全部抜ける。視界がグラグラ揺れた。
動けない。
立てない。
剣を握る手も、痺れて感覚がない。
ドラゴンが、のっしのっしと近づいてくる。
弱体化してフラフラしながらも、その質量と殺意は、まったく衰えていなかった。
「……ここまで、か」
涙と汗と土でぐちゃぐちゃになりながら、俺は笑った。
「死に場所、探してここまで来て……。
いざ死ぬとなったら、必死で足掻いて……結局これかよ。
やっぱ、俺って――どうしようもなく、チョロいやつだな」
死にたくない。
でも、生きててもいいことがある気もしない。
中途半端で、情けなくて、優柔不断で。
それが、ロウト・アーディンという人間の、正体だ。
「ミリア、ごめん。
結局、何の役にも立てないまんまで――」
ドラゴンの口元に、赤黒い光が集まっている。
ブレスだ。炎か、闇か、どちらにしろ受け止めれば即死確定。
視界の端で、空が赤く染まった。
――ああ。
これが、俺の――
「――うるさい」
その瞬間。
耳をつんざくような、冷たい声が、森に響いた。
◆ ◆ ◆
世界が、止まった。
……ように、感じた。
実際には止まってない。風も吹いてるし、木々もざわざわ揺れている。
ただ、ドラゴンだけが――ピタリと固まっていた。
口にブレスを溜めたまま、目を見開いた姿勢で、完全に静止している。
「な……?」
状況が理解できない俺の前に、
――それは、ふわりと現れた。
闇と光が混じったみたいな、白とも黒ともつかない髪。
人間より少しだけ長い四肢。
深い森の奥でしか見られないような、淡い緑の瞳。
性別すら曖昧に感じる、中性的な顔立ち。
ただ、ひとつだけ確かなのは――
圧倒的に、人間じゃない。
その存在が、ドラゴンの頭の上に、いつの間にか座っていた。
足をぶらぶらさせながら、退屈そうにあくびをしている。
「さわがしい。寝てたのに」
人外は、ぽつりとそう言った。
そして、ゆっくりと俺に視線を落とす。
「……あー」
目が合った瞬間、背骨に氷柱を突き立てられたみたいな感覚が走る。
捕食者に見下ろされる、小動物ってこんな気分なんだろうなってレベルの、本能的な恐怖。
だが、その人外は、すぐに小さく笑った。
「なるほど。こんなところまで転がってくるなんて、よっぽど追い詰められてるわけだ」
「……は?」
「いい顔してる。死にたくないのに、死にに来た顔だ。
――気に入った」
人外は、ドラゴンの鼻先をコン、と軽く蹴った。
「寝てろ。邪魔」
ただ、それだけ。
それだけの動作で、ドラゴンの巨体が、ズズゥンッと沈んだ。
次の瞬間には、ドラゴンは完全に気を失っていた。
ブレスも霧散し、瞼がゆっくりと閉じられていく。
「……なに、今の」
さっきまで、あれだけ暴れていたドラゴンが、子犬みたいに静かになっている。
理解を超えすぎていて、俺の頭はフリーズしていた。
人外は、のんびりとドラゴンの頭から飛び降りると、ズカズカと俺の前まで歩いてくる。
そして、屈み込み、俺の顔を覗き込んだ。
「お前」
「な、な、なんですか」
「名前は」
「ロ、ロウト……ロウト・アーディンです」
「ふーん。ロウト」
人外は、俺の胸元あたりに手を伸ばす。
「……は?」
服をはだけられるのかと思ってビクッとしたが、そうじゃなかった。
胸の前、空中をまさぐるようにして、何かをつまみ上げる。
透明な空間に、淡い黒い煙みたいなものがふわふわ漂っていた。
「やっぱり。範囲弱体化持ちか。しかも、かなり素質がいい」
「は?」
「わかってなかったんだな、自分の特性」
「と、特性……?」
「ここの空気が薄く感じるだろ?」
人外は、指でつまんだ煙を、面白そうに弄びながら言った。
「お前の半径数メートル以内にいる“敵対存在”は、筋力、魔力、感覚、あらゆる数値が目減りする。
さっきから魔物がポンコツなのは、お前のせいだ」
「お、俺の、せい……?」
「お前が生まれつき持ってる、パッシブスキルみたいなものだ。
――ちゃんと鍛えれば、世界最悪の天敵になれる」
人外は、にやりと笑った。
「気に入った。弟子にしてやる」
「……は?」
「聞こえなかった? 弟子にしてやるって言った」
当然のような顔で、手を差し出してくる。
「今から、お前はこの森にいる“やばいやつ”の一人になるんだよ。
『捨てられた森』で鍛えられて、世界にとって本物の脅威になる」
俺は、その手を見つめた。
S級ギルドを追放され、死に場所を探して彷徨って、ドラゴンに殺されかけて。
その果てで差し出されたのは――
世界最強級っぽい人外からの、弟子入りのお誘い。
「……俺が、強くなったら」
「ん?」
「ギルドを、見返せますか」
自分でも、びっくりするくらい低い声が出た。
「俺を追い出して、足手まといだって笑った連中を。
俺を庇って、それでも最後には見限った幼馴染を。
“ロウトがいてよかった”って、心の底から後悔させるくらい――強くなれますか」
人外は、楽しそうに目を細めた。
「いいね、その顔」
手を伸ばしてくる。
その瞳には、純粋な好奇心と、期待と、ちょっとした悪意が混ざっていた。
「なれるさ。俺の弟子になれば」
「……」
俺は、一瞬だけ目を閉じた。
S級ギルドで過ごした日々。
ミリアの笑顔。
幹部たちの視線。
あの日の数字。
ドラゴンの咆哮。
死ぬのが怖いと思った自分。
全部、ひとまとめにして――
「……わかりました」
俺は、その手を掴んだ。
「弟子にしてください、師匠」
人外は、満足そうに笑った。
「うん。よろしい」
その瞬間、俺の視界は真っ黒になった。
そして、遠くで、誰かの声が聞こえた気がした。
『――絶対、死なないでよ』
それに、ようやく答えられた気がする。
(悪いな、ミリア。
死なないどころか、世界ぶっ壊すくらい強くなって帰るわ)
そう心の中で呟いたところで、俺の意識はまた、深い闇の中に沈んでいった。




