嵐の前の静けさ
夜明け前の空は、薄い灰色の膜を張ったように静まり返っていた。
遠くで小さく潮の音が聞こえる。冷たい風が頬を撫でるたび、胸の奥にある緊張が、少しずつ解けていく。
仲間たちはまだ眠っている。
火の残り香が漂う焚き火の横で、ヴァレオンは腰を下ろし、膝の上に愛用の刀を置いた。
その刃は数え切れぬ戦場を共にくぐり抜け、幾度も欠け、そして幾度も磨き直されてきた。
布を取り出し、静かに刃を拭う。
研ぎ澄まされた金属が、かすかに朝の光を返す。
「お前がいるから、俺は生き延びてこれた」
口には出さず、心の中でそう呟く。
戦場では己の腕よりも、この道具への信頼が命を守る。
背後から足音が近づいた。振り返ると、まだ眠たそうな目のレインズが立っている。
「また、それを磨いてるのか」
「戦う前は必ずやる。こいつは俺の半身だからな」
レインズは笑って、焚き火にくべる薪を置き、炎を蘇らせた。
その暖かさが二人の間に柔らかな沈黙を落とす。
ティクが毛布を羽織ったまま現れ、湯気の立つ木の杯を差し出してくる。
「温まるぞ」
受け取った温い香草茶の香りが、冷えた胸の奥に染み渡る。
この一瞬だけは、戦いも死も忘れられる。
仲間と火と、磨かれた刃の輝き。
それらがヴァレオンにとって、何よりも心地よい時間だった。
やがて、東の空が淡く金色を帯び始める。
嵐はもうすぐ訪れる――だが今はまだ、この静けさを味わう。