それでも灯を
空き倉庫の壁に、血がにじむ手形がひとつ。
男は拳を握ったまま、黙って座っていた。
左肩には古い刺青――「陽の手」。
この街で最も“使い捨て”にされた人間たちが作った、無法の寄合い所だ。
「裏切ったのか? ロカ」
かすれた声が、闇に響いた。
問いかけたのは、サラ。
色落ちした赤いスカーフを頭に巻いた、若きスナイパー。
背負っていた銃を壁に立てかけると、ロカの隣に座った。
「違う。…違うんだ」
ロカは唇を噛んだ。
「ただ、俺は――子どもに銃を向けたくなかった」
サラは黙った。
焚き火の火花が、乾いた鉄骨に弾けた。
彼らは「色」を名乗る前の集団だった。
敵も味方も曖昧で、食うか食われるかの毎日。
それでも、誰かが笑えば、誰かが守ろうとしてしまう。
そういう奴らの集まりだった。
「なぁサラ、俺たちがやってることに、意味なんてあるのか?」
「ないよ」
即答だった。
「意味なんて、後から誰かが作る。私たちにあるのは、“やめたくない理由”だけ」
ロカは焚き火を見た。
くすぶる小さな炎。
それでも、誰かが灯せば――闇は一瞬、遠のく。
「…俺、まだやれるかな」
「ロカ、あんたの手、血が出てる。
でもその手でまた誰かを救えるなら、きっと意味は残るよ」
ロカは立ち上がった。
倉庫の外では、仲間たちが次の作戦会議を始めていた。
誰も正義の味方じゃない。
だが、それでも――
この小さな灯を、絶やさぬように。