無言のボス
戦いの夜は、終わらない。
銃声が途切れることはなかった。
街の各地で建物が燃え、崩れ、何十という命が消えていく。
だがその渦中にいても、俺は静かだった。
音も光も、もはや日常の一部だ。
標的はひとつ。
この区域を支配していた古株――**“クラスト”**と呼ばれる男。
情報では、古い劇場の地下に潜んでいる。
傭兵上がりの冷酷な支配者。
今夜の抗争を引き起こした張本人でもある。
報復でも、正義でもない。
ただ、生き延びるために。
この街で上に立つには、誰かを引きずり降ろすしかない。
⸻
劇場はすでに焼けかけていた。
ステージの天井は落ち、座席は黒く焦げている。
照明のない地下へ、俺は足音を殺して降りていく。
奥で低い声がした。
クラストの側近たち。三人。銃を持っている気配。
俺は懐から小型の閃光弾を取り出し、壁に当てて転がす。
光と音。目くらまし。
次の瞬間には、俺の刃が喉を裂いていた。
一人、また一人。
最後の男が銃を乱射したが、それは空を切った。
残ったのは、クラストだけだった。
⸻
「……誰の差し金だ」
初めて、相手が口を開いた。
老人のような声。だが目は鋭い。
手には黒光りする長剣。銃ではなく、剣を選んだ男。
それだけで、わかる。
こいつは本物だ。
「おまえか……坊主」
クラストがわずかに笑った。
そして、構える。
俺もまた、無言で踏み込んだ。
剣と刃が打ち合う。
一撃が重い。速度もある。
だが、老いている。身体が追いつかない。
一合、二合、三合。
隙を見つけて、俺は短銃を抜いた。
一発。肩を貫通。
苦悶の顔を無視して、喉元に刃を突きつける。
「……やれ。そいつは、もう“時代遅れ”だ」
最後にそう言って、クラストは自ら剣を置いた。
俺は何も言わず、それを拾う。
黒い剣。
重く、静かに鈍く光るその刃は、誰にも属していない。
ただの道具ではない。象徴だ。
この街で生き残る強者が持つべき“意思”そのもの。
俺はその剣を腰に差した。
⸻
劇場を出ると、遠くで銃声が止んでいた。
街は、ようやく静けさを取り戻し始めていた。
レインズ、ドレク、ティク。
俺の姿を見て、それぞれが一言も発さずに立ち上がる。
ティクが言った。
「……クラストが消えた、って噂、すでに流れてる」
レインズが、静かに俺を見る。
そして一言、口にした。
「これからは――おまえが上に立つんだな」
俺は、応えない。
だが誰も否定しなかった。
⸻
廃ビルの屋上で、黒い剣を腰に、煙草を吸う。
この街はまだ灰色だ。
だが――
わずかに風が、変わり始めている。