闇に蠢く者たち
夜の街がざわめいていた。
地の底を這うような重低音。遠くで爆発音が鳴り、建物の灯がひとつ、消えた。
抗争が始まった。
どこかの派閥が隣の区域に踏み込んだのだろう。
この街で珍しいことではない。だが、今夜は規模が大きい。建物が吹き飛ぶような音だった。
俺は廃倉庫の屋上にいた。
風は冷たく、煙草の火も揺れている。
傍らには短銃と鉈のような刃。誰が来ても応じられるよう、手の届く位置に置いていた。
下の階で何かが砕ける音。続いて、複数の足音と叫び声。
ドアが揺れ、影が三つ、倉庫の中に転がり込んできた。
「……ここ、まだ使えそうだな」
「足音が近い。静かにしろ」
血と埃にまみれた三人。
ひとりは長身で、背に長い刀を背負い、腰には短銃。
ひとりは頑丈な防具をまとい、重そうな長銃を構えている。
もうひとりは軽装で、片手に小ぶりの銃を握りしめていた。
俺に気づいたのは、刀の男だった。
「……どこの所属だ」
返事はしない。煙草を捨て、短銃に指をかける。
短い沈黙。
俺は銃を下ろし、代わりに刃をわずかに見せた。
「……そういうことか」
男は一歩引き、視線を外す。敵ではないと判断したようだ。
そのとき、扉の外で破裂音。
弾が鉄板に弾かれ、火花が飛び散る。
「見つかったな」
軽装の男が吐き捨てる。即座に銃を構え、身を低くした。
重装の男は黙ったまま、扉の陰に陣取る。
「二人いる。片方は屋根上、もう片方は背後から回ってる」
「囲まれてるな」
俺は立ち上がった。
倉庫の壁に沿って非常梯子がある。そこから屋上に出られる。
俺は手を上げて、それを指差した。出ろ、と。
「……誰なんだ、お前」
軽装の男が言ったが、無視して先に動いた。
⸻
夜の路地。
向かいの屋上に気配。銃口がこちらを向いた瞬間、俺は地に伏せ、引き金を絞る。
一発。
男は反応する暇もなく沈んだ。
「すげぇな……あんた」
軽装の男が言った。驚きより、感心の色が濃い。
刀の男が、静かにこちらを見ていた。警戒ではなく、観察の目だ。
「名は?」
俺は少しだけ間を置いて、答える。
「……ヴァレオン」
「俺はレインズ。重いのがドレク。そっちはティクだ」
三人の名が並んだが、俺はただ一つだけ頷いた。
⸻
抗争は続いている。
この街のどこかで、誰かが血を流し、火を撒いている。
だがこの夜、廃倉庫の屋上に集まった四人は、偶然にも同じ方向へ逃げ、
偶然にも、背中を預ける瞬間を過ごした。
信頼はまだない。
だが――利用できる。それだけで、今は十分だ。