剣と声
夜明けの光が灰を照らしていた。
奈落の戦いから数日、血の匂いはようやく薄れ、風が通い始めていた。
医者の手がヴァレオンの傷を縫った。
鋭く裂かれた肉は、繊細に繋がれていく。
針が皮を渡るたび、痛みが心を叩いた。
その痛みの向こうに、ヴァレオンは世界を見ていた。
奈落の王は死んだ。だが、闇は消えていない。
残党が各地に散り、己の旗を掲げ、血と略奪で領地を奪い合っている。
かつて一つの敵であったものが、いまは無数に増えていた。
それは、斬ることでは終わらぬ闇だった。
ヴァレオンは立ち上がり、戦場跡を歩く。
折れた槍、砕けた剣、焼けた旗。
そして、その間に生き延びた者たち――
戦えぬ民、傷ついた者、飢えた者、恐れに震える者。
彼らもまた、この地に残された“力”だった。
武器は持たぬが、手には道具があった。
鍛冶の手は鉄を形づくり、農夫の手は土を開き、
医者の手は肉を繋ぎ、学者の手は言葉を紡ぐ。
戦士が死に、彼らが残った。
その事実が、答えのように胸を打った。
強さとは、斬る力ではない。
結ぶ力だ。
壊す者の数よりも、繋ぐ者の数が多ければ、国は沈まない。
ヴァレオンは灰の地を見渡した。
まだ敵は多い。
奈落の王の残滓、黒市の影、腐敗した旧貴族、
そして、新たに生まれつつある数多の旗。
それらをすべて滅ぼすこともできる。
だが、それはまた別の闇を生む。
ならば、滅ぼすだけではなく、迎え入れよう。
語り合える者は仲間に。
手を差し伸べぬ者は、剣で沈める。
そして――剣と声、その両方でこの地を治める。
風が吹き抜けた。
灰の中に、まだ旗の欠片があった。
かつて泥に沈んだその布が、今は陽に透けて揺れている。
それは誓いのように見えた。
ヴァレオンは剣を鞘に戻し、声を失ったまま、その光を見つめていた。




