神透明
天高い天井には、神話を象ったステンドグラスが一点張り。日は高く、ガラスに反射し床に美麗に写りだす。
赤青黄、三原色が交じる。
重なり重なり、白へ。
白は淡く広がり、弧を描く。
白から、紫緑橙と変わる。
光のアートは永遠に見られる、そう思えるほどに綺麗だった。
でも協会という場所には、崇める神の像もなく教台がなく多くのイスがあるだけ。白で統一されたこの空間の異色は、壁面に掘られた竜と人間の彫刻だった。
「こんにちは、シスター」
周囲を見渡している間にルピナスはこの空間唯一の人と挨拶を交わしていた。
「こちらはミカド=ユウ、昨夜連絡した異世界からの召喚者です」
目線がミカドに移り、軽く会釈する。
「お初にお目にかかります。この協会の修道女、フリー=ジア=マザーズ=ロウと申します」
第一印象、純潔。
灰の大きな瞳、整った顔立ち。
銀髪の長髪に少し着崩した修道服。
華奢な体つき、肩、胸元、素足がちらりと除くだいぶ攻めた修道服………と言えるのかわからぬ可愛らしいものだ。おそらくは人間。ミカド二人分の高身長を持ち合わせ、見上げなければならない。
差し出された右手に素直に応える。
「……………?」
手を離そうとする直前、灰の瞳に惹き込まれる。静かに微笑するロウに首を傾げる。
「ーーーー苦悩しておられるようですね。修道女として一つ助言を。世迷い言と思われても構いませんが耳の片隅にはおいておいてください。己の正義に忠義である事は大事です。己を維持に、他人を比較することのできる有能な武器となります。ですが、一度迷い見失ってしまえば諸刃の刃となります。故に己の正義を再構築する必要があると思います」
図星を疲れたせいか、反射的に手を叩いてしまう。口を開けば八つ当たり。
「それならっ……………………」
その先の言葉は喉に引っかかって言えなかった。
息詰まる、そうしているとふと気づく。
初対面の相手に不躾に手を払い除けてしまったのだ。震えた声で俯いた顔を勢いよく上げた。ミカドにロウは慈悲の笑みを向けるだけだった。
「あ……手…ごめんなさい」
「謝る必要はありませんよ」
そうして対面は終了し、背中を向けた。頭を包む黒のベールが天井に備えられた窓からの風に靡き、ふわりくるりと揺れた。顔だけ振りむかせ、ロウは口を動かす。
「ここからは懲罰部隊【アマルティア】とその関係者にしか立ち入りは許可しておりませんのでご了承を」
ーーーーーー
其の詩は永久を詠う。
其の声は魂を震わせる。
其の音は空氣を流動する。
其れ等の響は天をも震わす超力となる。
戦禍へのファンファーレ、【喜劇開幕】だ。
スピーカー越しより一層、間近に体感する大迫力の演奏に心を躍らせる。全身を震わせる、興奮と高揚が制御できない。嘆息をこぼし、胸を躍らせながらこの耳に焼き付ける。
多種多様な種族が、自分にあった体格や吹き方をし、息ぴったりに奏でられる。みんな子供だが、総勢楽器知識は現実世界と同じであったことに安心しつつ、満悦感に浸った。
演奏後は静寂に包まれ、狐の少女の指揮棒が降ろされると同時に静寂は談笑へと移り変わる。ロウが指揮者の少女と会話を交わしていたかと思えば、ミカドの方へと近づいてきた。
「始末部隊【六道輪廻】隊長ヲォッカ。ロウと同格の地位にいる、超偉いんだぜ。よろしくな、ユウ!」
「よ、よろしくおねがいします……?」
ふわふわの白狐の耳と尻尾、
麻呂眉に紫水と翡翠のオッドアイをもつ。
ロウの半分ほど、ミカドと同等の背丈という愛らしい容姿に反し、正確特徴は間逆なようだった。そのギャップに驚きを隠せず、首を傾げてしまう。
「首なんか傾げやがって、なんか文句でもあんのかよ?」
なかなか相槌が打てず目を泳がせるミカドをフォローしたのはルピナスだった。
「ミカド君はヲォッカ様の偉大なる容姿に感服し、言葉が出ないだけです」
「はっ、そりゃあ納得のこったぁ。仕方ねぇな!」
もふもふとした大きな尻尾を揺らすヲォッカは照れ隠しなのか背を向ける。独り言で、そうあ……やっぱかぁと嬉しさが隠しきれていなかった。
「可愛い御方ですよね?」
「そうですね」
そんなやり取りをルピナスと、自然と頬が綻んだ。
「ヲォッカ様、場所を変えましょう」
「そうだな!ここは賑やかだからな、待合室に行くか」
ルピナスだけでなく、ロウまでもが様付けとは。よほど高い地位にいるのかと何となく考えた。ミカドも場に合わせ、ヲォッカ様と呼ぶべきだろう。
待合室までの建物の構造は大幅把握した。
協会のメインホールを抜ければ、草原に出た。と入っても長方形の壁を覆われた形で、だ。中央には噴水があり、ベンチもあり、ここで子どもたちは遊んでいるようだった。そして一番奥の部屋が待合室だ。左右の通路沿いにある部屋が共同部屋のよう。
「ヲォッカ様は我が国の建国協力者であり、世界最強の夫婦、ブナエ夫妻の弟子なんです」
「世界最強…夫婦?」
「先程メインホールの壁面があったでしょう?ご覧になりましたか?」
あの、壁面の彫刻のことを言っているのだろうか。
竜と人間が描かれた。
「正面に竜、反対に鬼。人間に憎悪の象徴として崇拝された夫婦は神様からの使命により、命を代償にを建国したのです」
「憎悪の象徴……?それじゃあ、崇拝でなくて」
「崇拝だったぜ、あれは」
わざわざ足を止めてまで、神妙な顔つきでヲォッカは口を挟んだ。先程まで揺れていた九の尻尾はピタリと止まり、思いだすように吐いた。
「醜悪劣悪最悪な馬鹿し合い騙し合い、一つの火種に油を注ぐばかりの戦争。誰がいつどうやって死ぬなんて納得する、命の消耗戦だった大抗争。死に方なんて自殺しかない弱っちいやつは隠れてりゃあいいものを自殺志願に敵前に合わられるぐらいだった。死んで魂を早いこと来世に送り、平和な世界に“うまれなおし”する、そういう糞みたいな思想が崇拝に繋がってた」
破滅願望、消滅願望というやつか。
死んで転生できる保証なんてないのに、縋っていた。死こそが救済と言わんばかりに、野糞のように人が死んでいく世界。
ミカドが想像もできぬ大戦争だったのだと今更ながら思った。
「全く気持ちわりぃよな」
その言葉と表情は連動し、歪んでいた。
無邪気な笑顔とは裏腹の悲壮に肩を震わせてしまう。
「特になにがってよ。信仰者にとって救世主であろう師匠達を急に態度を一変させて殺しやがった。集団で騙して、一方的な暴力、殺戮を………クソ見てぇ、マジに気持ちわりぃ」
目の前の待合室の扉のドアノブに手をかけるヲォッカ。その小さな手に力む。
強く、
強く、強く。
強く強く強強く強く。
強く強く強く強く強く強く強く強く強く。
「………っ!」
あれ、気持ち悪い。
胸底からこみ上げてくる、嫌なモノを吐出しそうになる。喉をつまらせ、膝付いて、吐瀉衝動を必死に抑えようとする。
「ヲォッカ様、おやめください………っ!」
横目に見やると異常な汗を掻くロウがヲォッカを諌めんとしていた。が、耳を貸す様子も無い。
ああ、やばい。
耐えきれず胃液を、
過呼吸に、
苦しく辛い。
痛い、痛い痛い。
胃の中のものをすべて吐き出したような気がする。
次吐き出すものは……なんだろ、う。
「ヲォッカ様、おやめください!」
赤、だ。
瞳孔が開いて、
視界がくらむ。
意識が。