道化と異邦人
我らこそが聖なる尊き存在。
敬愛なる神により創造されし人類であり、この世に生きるものの最上の価値を与えらし従順なる下僕。
この肉体と魂、そして居場所を与えられた。
その上大きな壁を隔て、我らに危害を加える異物から我らを守護している。
異物。我らの成ぞこないというべきだ。
神の創造物の失敗作、もしくは欠陥品。
醜く忌むべきソレは恐ろしい姿をしているという。
刃物も通さぬ鋼の鱗、
棘のように鋭い毛皮、
恐怖の象徴と言わんばかりの獰猛な牙、
爛れ腐蝕した体、
桁違いの体躯を持つ様々な異型。
中には人の原型を保ちながらも異物の特徴的部位のみを残す半端なものもいると。
なんと悍しき、醜き化け物。
品位の欠片も無い、凶暴な野生。
壁越しとはいえそのような存在を神は許しはせぬだろう。故な我らは力在りし武人とともに異物の排除を遂行する。あくまでも異物の浄化である。
正しき我らの力を記さんことを。
ーーーーー
天空へつながるトンネル上の雲。
その深淵はじっと見つめているだけで吸い込まれそうになるほどの深き蒼。
それを背に舞うのは天使と悪魔。
黒と白の美しき翼をはためかせ、どちらが早く飛行できるか競争しているようだ。その地上ではゴブリンやドワーフが楽しげに会話を弾ませ、ベンチに眠るドラゴンは小瓶に住まう水魔に顔に落書きされている。その人脇の噴水からはドラゴン達が水浴びをしている。獣人は取っ組み合いをし、騒がしい。
この時代、本来なら仲違いするはずが多種多様な種族がが幸せそうに笑いあっている。
それがこの国の日常だ。
派遣先で入手した聖書の内容が嘘のように思える光景だ。これは本来の古くから伝わる聖書を写した簡易な聖典らしく、入国時に無料配布されたものだ。神なんて信仰していないのだから、こんなものは不要だだというのに。
「ふふーんふんっ♪」
パチン、と空いた片手で指を鳴らすと着火する暇なく、寿命が尽きたように聖書は灰と化す。そして、ふわりと吹いた風に蝶のように控えめに舞い消えていった。それを見届け、再び微笑ましい光景に頬を緩ませる。
久しぶりの故郷を堪能するべく歩みをすすめる。風が頬を優しくなで、過ぎ去る。不意に上へと視線を移した。西から爛々と我らを灯す太陽は心地が良いが少々、眩しすぎる気がした。右手で太陽を隠し、瞳を凝らす。
ーーーーーキラリ。
太陽にかぶさり小さな影が視界に写った。急遽出現した影に目を凝らすと、それが小柄な少年だと認識できた。
しかもそれが急落下していることにも気づいた。
抵抗もなく叫びもなく、意識を失っている。
「ちょいとそこのドラゴン君♪」
退屈そうに壁に腰掛けていた赤髪のドラゴニュートの肩を叩き落ちてくる少年を指差した。はじめこそ怪訝そうにしていたドラゴニュートは途端に焦り羽を広げ飛んでいった。まだ子供だとはいえ、立派なその龍の羽に感心する。
急降下する少年を重力に押されつつもどうにか持ち上げ、腰に携えた。みかげによらず、やはりドラゴンというものは力持ちらしい。少年に怪我がないようにゆっくりと着地する。
「さんくす、さんくす♪後はおまかせ!」
赤髪のドラゴニュートから少年を受け取り、公園のベンチへと寝かせた。ずいと顔を近づけ、まじまじと見つめた。綺麗な顔立ちをした美青年だ。嘆息を零しす。
先程の出来事には数人ほどしか気づいていない。それでも騒ぎが起きないのは、その少年を助け預けられたこの私だから安心しているのだ。眠る少年を眺めながら、気長に時を待つことにした。
「……………強欲ちゃんの報告は後でいっか!とりま、綿飴でも買ってくるよん。ついでに飲み物も♪」
ーーーーー
重い瞼をゆっくりと開ける。暗闇に慣れた視界に光は眩しく、認識するのに時間がかかった。しかも妙な騒がしさに不信感も抱いた。
「おっ、目覚めた!」「だいじょぶかなぁ?」「すげー間抜けな顔ww」「空から降ってきたんだって!」「へんなのー!」
思わず少年はその光景に驚愕し、手を大げさに動かし目の前まで迫るエルフ、ゴブリン、ドラゴンニュート、ドラゴン、人間の5人組を手で払いのける。その勢いのせいか、寝ていたベンチに頭をぶつけた上に落っこちてしまう。
「つぅっ………!!」
頭を抑え座り込む少年を興味深そうに首を傾げたり笑ったり近寄ろうとする。まだ意識が曖昧な少年は頭を片手で押さえたまま、状況を把握すべく周囲を見回した。その表情は戸惑いや懸念、恐怖に染まっていく。
と、そこに対象的に愉快に登場したのは不思議な格好をした人物、だった。
体をラインを隠すようなブカブカのコートはカラフルなパッチワークがポップである。頭上に大きな帽子をかぶり、その顔のハートのタトゥーが特徴的な少年と少女のどちらの性質を持ち合わせた人物だった。何よりも顔の半分だけ不思議な道下のような仮面がその人物の不思議で奇妙な存在感の象徴であるように思えた。
「あれまー目覚めた?ならこれでもお飲み!優しいカルミアちゃん奢りだから金を請求しやしないからさ、遠慮なく飲んでね♪」
胸の前に突きつけられたのはオレンジの缶ジュース。特に警戒することなく、勢いよく飲み込んだ。いい飲みっぷりと感心しつつ、少年が落ち着くのを待つ。ニコニコと見守っていると、少年から話しかけてきた。
「………カルミアっていうのはおまえの名前か?」
「そうだよん。カルミア=ティンカーことカルミアちゃんだよ♪少年の名前は?」
「…………ミカドユウ」
陽気にピースまで作ったカルミアに対し浮かない顔で申したのはミカド。
周囲を気にして以下にも落ち着かない様子はカルミアの知るとある人物にそっくりに写った。強欲の名を持つ少女は確か、こうゆうときの対処法を教えてくれたはず。カルミアはその職ながら案内をすることが多いのだ。
とりあえず、カルミアは未だに目を合わせようとしないミカドの手をひき、人通りが少ない国の最北部の一軒家へと連れて行くことにした。
ここは異邦人から見たら、異様で奇怪で理解し難い国なのだから。気持ちの整理をつける為にも落ち着ける場所が一番だと強欲の少女の事付であったから。




