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第三章 炎髪の少女(①少女と王子)

   第三章 炎髪の少女


 太陽が高くのぼり、日の光が木々や草花に燦々と降り注いだ。そのエネルギーは、やがて木々に実りをもたらし、動物たちの糧となる。山の生き物たちにとって、太陽の光はまさに、活力の源と言ってよいものだった。

 ……まぁ、多少の例外はあるが。

 生い茂る緑の葉と力強い茶色い木々の中で、一際異彩を放つ炎のような赤い髪の少女が、力なくうつむき、座り込んでいた。

「ロキを偵察に行かせた。ついでに、食糧も集めてくると思う。」

 同じように自然の中で異質な輝きを放つ金色の髪を持った少年、マティアスは少女の隣に腰掛けた。

 昨夜、二人を掴んでカタリナ村を飛び去ったロキは、追撃を警戒してたびたび方角を変えながら、最終的にはこの山の中腹に逃げ込んだ。影の帝国の支配下にある王国では、どこに敵が潜んでいるかわからない。したがって、闇雲に安全そうな場所を探し回るわけにもいかず、緊急の避難場所として、偵察で訪れたばかりのこの山を選んだということだろう。それは同時に、敵の中枢部である王都に近づいたということでもあるが、少なくとも、現在までのところ影の軍勢の姿は見当たらなかった。

 マティアスはレイラの様子を伺ったが、両腕に顔をうずめた彼女の表情は見えなかった。

「でもまぁ、魔神(ジン)だからな。何かとんでもない食べ物を持ってくるかも、なんて——。」

 マティアスはあえて明るい声で喋り始めたが、一瞬顔を上げたレイラの眼がマティアスを睨みつけ、マティアスの声は尻すぼみになる。レイラの眼は、その美しい炎髪と見まごうほど、赤く充血していた。

「——大丈夫かい、レイラ。」マティアスは、可能な限り優しい声を出してみた。

 しかしこれは、良くなかったようだ。

「大丈夫か、ですって?」レイラは今度こそ顔を上げると、炎のような髪を振り乱して叫んだ。「大丈夫なわけない!アタシも!村も!おじいさまだって……。」喉がつかえたかのように、その先が言葉にならない。

 マティアスはレイラの肩に腕を回そうとしたが、彼女はそれを強引に振り払った。荒い呼吸を落ち着かせると、レイラはポツリと絞り出すように言った。

「おじいさまが、死んだの……。」その言葉に、マティアスが目を見開いた。「アイツらが、アタシたちの家に来て、おじいさまが逃げろって。それでアタシは逃げて。必死に逃げて。おじいさまのことはわからなくて。でも、あの化け物がアタシを、おじいさまと一緒に天に送ってやるって。それって……。」レイラは再び腕の中に顔をうずめた。

 ケイレブが死んだ。

 その事実は、マティアスの胸に突き刺さった。

 五年前、命からがら王都から逃げてきたマティアスを、何も言わずに家に迎え入れてくれたケイレブ。国を守れなかった王族の一員であるマティアスを、影の帝国に突き出すでもなく、また王子として丁重に扱うでもなく、一人の家族として接してくれたケイレブ。彼は、五年前に家族を失ったマティアスにとって、かけがえのない養父、いや養祖父だった。

 そのケイレブが、死んだ。

 とても一度には受け止めきれない衝撃に、マティアスはしばし黙り込んだ。

 再び、二人の間には沈黙が流れ、木々の葉が擦れる音があたりを満たす。遠くから、動物たちの鳴き声も聞こえてきた。

「じいさんは……。」やがて、マティアスは口を開いた。なんとかレイラを力づけようと、言葉を選ぶ。「きっと、幸せだったさ。レイラ。」

 しかし、これも間違いだったようだ。

 キッと顔を上げたレイラは、恐ろしい形相でマティアスを睨みつけた。胸に溜まっていた思いが、堰を切ったように溢れ出る。

「幸せだった?なんでそんなことが言えるのよ!あんなヤツらが来て!殺されて!しかもたった一人で!」レイラの叫びは、木々のせせらぎでかき消せないほど大きかった。「怖かった、本当に怖かった。きっとおじいさまだってそうよ。アンタたちが助けてくれた時、アタシは心の底から救われたと思った。アンタのこと、危険を顧みずにアタシを助けに来てくれた英雄(ヒーロー)に見えたわ。でも……。」レイラは、マティアスの青い眼をまっすぐ見据えて離さない。「でも、冷静に考えてみれば、そもそもあんなヤツらが村に来たのって、アンタたちのせいなんでしょう?あの化け物、魔術師(メイジ)とかいうのを探してるって言ってた。あのロキとかいうやつが来た時、探しものがようやく見つかったような感じだったわ。アイツら、アンタたちを探していたんでしょう?アンタたちさえいなければ、おじいさまも、村の人たちも、誰も死ななくて済んだんでしょう?……なんとか言いなさいよ!」

 再び、二人の間に沈黙が流れた。

 マティアスは、言葉を選ぶのをやめた。レイラからの言葉は、彼女の心の底から出た想いだ。これに応える言葉として、作り物の言葉を紡ぐことが、どうしてできる?

 マティアスは、静かに話し始めた。

「……レイラの言う通りだ。あの騎士と魔神(ジン)、彼らが来たのは、僕たちの、いや僕のせいだ。じいさんや、村の人たちが死んだのも。」罪悪感が、マティアス自身の胸に深く突き刺さる。「ただ、信じて欲しい。知らなかったんだ。魔神(ジン)と契約したら、帝国に気づかれるなんて。魔神(ジン)との契約は、僕のたった一つの願いのために、必要なものだったんだ……。」その言葉は、マティアス自身の耳にも言い訳がましく聞こえた。

「なんなのよ……。魔術師(メイジ)って、魔神(ジン)ってなんなの。アンタはなんなのよ。アンタは昔からそう。どんどん勝手に変わっていって、アタシたちから離れて。力が欲しいの?それともお金?アンタはいったい、なんなのよ……。」レイラの声は、どんどん力を失っていった。

「僕は……。」

 マティアスは、少し躊躇った。マティアスは、自分の出自をレイラには伝えていなかった。王族として、影の帝国からいつ追手がかかってもおかしくないこの身に、レイラを巻き込むことになるかもしれないからだ。だが、レイラの顔を見ると、嘘でごまかすことはできなかった。

「彼らの言う、魔術師(メイジ)だ。だがその前に、五年前に滅んだ王族の生き残りでもある。」

 レイラの眼に、混乱の色が浮かんだ。

「王族?でもアンタは、マティアス・ブラウンで……。」

「いや、ブラウンは母さんの旧姓だ。本当の姓はブライトスケール。マティアス・フォン・ブライトスケールだ。」

「ブライトスケール……。」それは王国の民なら知らぬ者のない、王族の姓だった。

「五年前、王都は影の軍勢の攻撃を受けて陥落した。その時僕は、誰よりも強い師と——。」マティアスは一瞬言葉を切り、また紡いだ。「——勇敢な親友のおかげで、王都から逃げ出し、この山でじいさんとレイラに拾われた。」マティアスは手を広げて山の木々を指し示した。

 その時のことは、レイラもよく覚えている。傷を負った兵士と、美しい服を身に纏った少年。マティアスが王都から逃げてきたのは聞いていたが、まさか王子だったとは。だが、それなら兵士に守られていたことも頷ける。

「じゃあアンタは……滅びた王族のために、影の帝国に復讐がしたいの?」

「いや違う。僕はもともと半端者だ。王族に対して、何の義理もない。それに……。」ケイレブの姿が、はっきりと脳裏に浮かぶ。「昨日、じいさんにも言われたんだ。復讐なんて、何の意味もないって。」

「それなら、アンタの目的は何なのよ。」

 マティアスは居住まいを正し、レイラの眼をまっすぐ見た。

「あの日、誓ったんだ。たった一人の妹、勇敢な親友が命を賭けて守ろうとしてくれた妹のリリーを、必ず助け出すって。」

 そのためなら、みんなのおかげで拾ったこの命、燃やし尽くしてもなんら悔いはない。

 レイラは、マティアスの視線を受け止めると……しかしすぐに眼を逸らした。

 レイラの心の中で膨れ上がっていた大きなモヤモヤが、突然パチンと音を立てて破裂したような気がする。だが、破裂の衝撃はレイラの心を揺らし、落ち着かせるのに時間が必要だった。

 妹を助けたい。

 あぁそう。それは、アタシの知っているマティアスだわ。

 マティアスは、端から見れば、行動原理がわかりにくい少年だ。持ち前の陽気な性格は、言動の軽さを生み、彼が本当は何を考えているのかわからない、という声は、カタリナ村でもよく聞こえてきた。実際、レイラでさえ、マティアスの本音がよくわからない時がある。

 しかし、長年一緒に暮らしたレイラには、一つわかっていることがあった。マティアスは、自分を大切に思ってくれる人たちを、同じようにとても大切に思っているのだ。それは何より、養父であるケイレブであり、あるいはドロシーばあさんのような、いつもマティアスに良くしてくれる人たちでもある。そんなマティアスの願いが、大切な家族、妹を助けることだというのは、とても腑に落ちる話ではあった。

 レイラが黙っていると、マティアスが続けた。

「たとえ僕一人でも、いつかやるつもりだった。まずは家を出て、じいさんやレイラに頼らず一人で生きる術を身につけながら、剣の鍛錬を極める。そして時が来たら、仲間を集めるために旅に出る。きっといろんなところに、王都から逃げてきた人たちが隠れているはずだし、王国を取り戻したいと思って準備している人たちもいるだろう。彼らと合流して、いつか王都に攻め込み、リリーを助け出す。そのつもりだった。」そう。たとえ何年かかろうとも。「でも先月、そんな僕の腕に、この魔術師(メイジ)の刻印が現れたんだ。」マティアスはそう言うと袖をまくり、血のように赤い魔法陣を見せた。「これは、王国に古くから伝わる力だ。魔神(ジン)と契約して、その強大な力を使うことができる。これがあれば、何年も準備する必要はない。リリーを何年も待たせる必要もない。誰にも迷惑をかけず、いますぐ僕だけで、リリーを助けに行ける。だから僕は、一昨日あのロキを召喚して、リリーを救う契約を結んだ。」

 マティアスは、興奮して饒舌になり始めていた。いつの間にか立ち上がり、身振りを交えて熱弁している。しかし——。

「——ふざけんじゃないわよ!」恐ろしい剣幕でレイラも立ち上がり、マティアスの弁を遮った。「誰にも迷惑をかけず?おじいさまも、村の人も、大勢死んだのよ?それでよく、そんなことが言えたわね!」

「い、いや。それは本当に、知らなかっ……。」しかし、最後まで言えぬままに、再びレイラが叫んだ。

「アンタのやりたいことはわかったわよ。別に反対もしないわ。家族を助けたいって言うんだもの、立派な願いじゃない。でも、アンタはいつも、やり方がおかしいって言ってんのよ!」レイラはいまにも殴りかかりそうな勢いだった。「一人でフラフラする準備のために家を出た?そんなの、いくらでも家でできるじゃない!アンタがいつ帰ってくるか、いつも待っていたアタシの気持ちは?誰かと話すたび、最近のアンタがどんな様子か聞いて回っていたおじいさまの気持ちは?全部ないがしろじゃない!」

 レイラの剣幕に押され、マティアスは数歩後ずさった。

「アンタの妹を助けるにしたってそうよ!何が一人でもやるつもりだった、よ。おじいさまやアタシは、最初から置いていく前提じゃない!何の役にも立たないお荷物だとしか思ってないのがよくわかるわ!」

「それは違う!じいさんは歳だし、僕の願いのために、レイラを危険な眼に合わせるわけには……。」

「アンタはいつもそうやって!勝手に自分で結論を出して、勝手にそれを押し付けるの!周りの人たちがそれをどう思うかなんて、考えもしない!」

 レイラはそう言うと、再びしゃがみ込んで、顔を隠した。マティアスは何も言えず、ただその場に立ちすくんでいたが、

「……どっか行ってよ。」

 小さな、しかし強い声で言われ、炎髪の少女を置いてその場を立ち去ることしかできなかった。


「魔神と魔術師」をお読みいただいて、本当にありがとうございます!


もし、「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、【高評価】と【ブックマーク】を、ぜひよろしくお願いします。

(私のモチベーションがものすごく上がって、「よーし、がんばって続きを書くぞ!」という気持ちになれます…!)


貴重なお時間を割いて本作をお読みくださった皆様に、何か楽しいことが起こりますように。

どうぞ今後とも、よろしくお願いします。


☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆

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