第二章 氷刃の騎士(①魔神の苦悩)
第二章 氷刃の騎士
「魔神ロキ。おまえが適切に任務を完遂したかどうかを正直に述べ、そして、正確かつ明瞭に、その内容を——。」
「昨日から言おうと思ってたんだけどよ。おまえのその喋り方、誰かあこがれの先輩のマネでもしてんのか?」
「——もし嘘偽りを用いた場合……なんだって?」俺が割って入ると、小僧の調子が崩れた。
再び褐色の肌に黒ずくめの少年に戻った俺は、うんざりして言った。
「その喋り方はどうにかなんねぇのかって言ってんだ。五百年前だってそんなヤツはいなかったぞ。おまえ、その顔で歴史オタクかなんかなのか?」人を批判するときは饒舌に。俺のモットーだ。
「魔術師は、こういう話し方をするものだろう?」
「三千年前はな。」
小僧は一瞬眼を見張ったが、大きくため息をついて天を仰いだ。
「なんだよ。普通に話していいのか?早く言ってくれればいいのに。」
「なんで誉れ高き魔神であるこのロキ様が、そんなことをいちいち言ってやらなきゃならねぇんだ。」まぁ、結局言ったのだが。
「刻印は、魔神の召喚と契約の方法は教えてくれるけど、それ以上は何も教えてくれない。だから、子どもの頃に王宮で読んだ魔術師の昔話を参考にやってみたんだ。」
誰だか知らんが、その話を書いたヤツは、どうせ本物の魔術師に会ったこともないんだろう。
「まぁ、おまえが普通に喋れるんならいい。これから十二年も、そのキモい話し方を聞き続けるのかと思ってゾッとしてたところだ。」もし話し方が伝染ったりしたら、最悪すぎる。
「十二年?」小僧がキョトンとした顔をする。
「あぁそうだ。あの王都に侵入するのは無理だ。妹は諦めろ。でも契約は結んじまったから、十二年間、契約の有効期限が来るのを待つしかねぇな。」俺はハッキリ言ってやった。こういうことは、直球で言うに限る。
しかし、妹は諦めろ、と言われた途端、小僧の眼が危険な光を帯びた。俺も長いこと人間どもと関係を持たされているが、こんな危険な光をはらんだ眼には、そうそう出会ったことがない。
「僕は何があっても、リリーを諦めることはない。」小僧は静かに言った。
こんなことだろうとは思っていた。つくづく、人間ってのは頭の悪い生き物だ。
「おまえの大事な妹とやらのために、おまえが死ぬのは勝手だ。だが、俺を巻き込むんじゃねぇ。」
「ダメだ。そんなに王都への侵入が難しいなら、おまえがいなきゃ、万に一つも成功の可能性がないじゃないか。おまえには悪いけど、僕が先に死んで解放されることでも祈っててくれ。」
「……おまえ、契約のこと、本当に何も知らないのか。」
薄々感じてはいたのだ。この小僧の、本で聞き齧ったとかいう話し方、契約期限の話でキョトンとした顔、そして極めつけはこの発言だ。
「契約が履行されるか、十二年の契約期限を満了するまで、魔神を縛る契約の力は終わらない。たとえおまえが死んだって、俺はこのクソいまいましい人間世界に縛り付けられたままだ。異世界には帰れない。そして、人間世界に存在するために必要な生命力を供給する魔術師がいなくなれば、俺もすぐに死ぬことになる。」早い話が、小僧が死ねば俺もすぐに道連れってことだ。
思った通り、小僧にとってこの話は初耳だったらしい。おおかた、魔術師の刻印は、魔神との契約に必要な情報しか与えず、そこには契約条件などの話は含まれないのだろう。とんでもねぇ仕組みだ……。
小僧は少し考えていたが、ふと顔を上げると、あろうことか薄笑いを浮かべた。
「なら、話はもっと単純になる。僕は何があってもリリーを助けに行く。おまえが死にたくないなら、僕を守ってリリーを助け出せるよう、全力を尽くすしかないね。」
「そんなに死にたいのかねぇ……。」
まったくもって理解できない。まぁ人間なんか理解したくもないが。
だが小僧の言う通り、契約に縛られている時点で、俺に選択肢はないのだ。魔術師が何かを死ぬ気でやるというのなら、魔神としては死なないようにそれを手伝ってやるしかない。俺にできるのは、せいぜい不当な待遇に悪態をつき、文句を言い続けることくらいだ。
「俺が生き残ったら、おまえがこれまでで最悪の主人だったって後世に言いふらしてやるからな。」
「あぁいいさ。適度に脚色しておいてくれ。」小僧は、この話は終わりだとばかりに手を叩いた。「それより、偵察の報告をまだ聞いてないけど。」
俺は深いため息をついた。本当に魔術師ってのは、鼻持ちならないヤツしかいない。俺は怒鳴りつけてやりたい気持ちを抑えると、報告を始めた。
「……王都の守りは強固だ。盤石と言ってもいい。王都の周りは断絶結界で守られ、結界の中にも外にも、ゴーレムがうじゃうじゃしているのが見えた。あれを突破するのは、さすがの俺でも骨が折れる。」
「断絶結界?それって、骨が折れるだけ?それとも不可能?」
「限りなく不可能に近い。」不可能だと言い切りたいところだが、あいにく、誉れ高き最強の魔神である俺の辞書に、不可能の文字はない。この自負が、俺自身に不幸を呼ぶ場合があるというのは……まぁ、重々承知している。「断絶結界は、影の皇帝自身の手による強力な魔法だ。人間や魔神を通さないのはもちろん、どんな攻撃も干渉も許さない。いくら殴っても、こちらが体力を消耗するだけだし、こっちが疲弊したタイミングを狙って、敵が攻勢をかけてくる。実際、そうやって死んだ魔神を、俺は何人も知っている。」名前は忘れたが。
「でも、不可能じゃないんだろ?」
「こんなこと、何の見返りもなく教えたくはないんだが……。」
これは、一緒に仕事をしていた魔神が死に、俺にも死が迫る中で、必死に試行錯誤して得た教訓だ。これを教えてやるだけでも、小僧に対する貢献としてはおつりが来るレベルだと思うのだが。
「実際のところ、断絶結界を突破する方法はいくつかある。一つは、地下から断絶結界を抜けることだ。断絶結界の力は、地面の下までは及ばない。俺は、モグラの姿になって地面を掘り、結界を突破したことがある。」そういえば、あれ以来、モグラにはなってないな。「だが、結界が地面に触れずに完全な球形になっているとか、地面が固すぎて掘れない場合、この手は使えないから正攻法で行くしかない。つまり、断絶結界自体を壊しちまうってことだ。」
「それができないって話じゃなかった?」
「普通の魔神にはな。これは、才色兼備のロキ様だけにできる芸当だ。」俺はもったいつけて艶やかな黒髪をかき上げてやった。「俺は炎を司る魔神だが、人間だろうが魔神だろうが、敵を罠にかけ、仕掛けを見抜くプロでもある。俺なら、断絶結界の起点となる魔法装置の場所を見つけられる。」
今度ばかりは、小僧も俺のことを見直したようだ。金髪の下で青い眼が輝く。
「すごいじゃないか!それを見つけて壊せば、断絶結界は解除できるんだな?」
「その通り。」
「なんだ、口ばっかりかと思ったら、すごい魔神だったんだな、おまえ。」小僧は感心したように言った。口ばっかりとはなんだ。「それで、王都の結界の起点はどこにあるんだ?」
「わからん。」
「……は?」
「だから言ってるだろう。限りなく不可能だ、と。技巧冴え渡る至高の魔神である俺にとっても、遠目から見て、はいあそこです、とわかるほど簡単な話じゃない。かなり近づかないと、俺にだって場所はわからん。起点が結界のすぐ外側にあるのは確かだが、さっきも言った通り、結界の外側にはゴーレムがうじゃうじゃしてる。結界の起点を探そうにも、ゴーレムどもが見逃してくれるわけがない。あの数のゴーレムに囲まれながら、結界の周囲を探し回るなんて、自殺行為もいいところだ。」
ゴーレムって連中は、本当に厄介だ。二、三体なら何の問題もないし、なんなら人間でも相手ができるレベルだろうが、数十体、数百体と集まれば、脅威の度合いが格段に上がる。特に、俺のような炎を司る魔神にとって、土でできた木偶の坊は、なおさら相性が悪い。
「ふーん。おまえでも無理なのか。」
煽るような、カチンと来る言い方だ。この小僧、最初は変な喋り方だったからわかりにくかったが、本来はこういう性格だと見える。
「俺は大丈夫かもしれんが、おまえは確実に死ぬな。」俺は言い返した。
「まぁそうかもな。」小僧は、さして気にも留めていない様子で言った。「だったら、結界を解除する方法はやめとこう。別に軍勢を引き連れて行くわけでもなし、僕らだけ通れればいいんだから。」
「簡単に言うけどな。地下から行く方法も、おまえの存在がネックなんだ。俺一人なら、モグラの姿で掘り進めば行けるかもしれんが、おまえみたいな図体の人間が通れる穴を掘るには、何ヶ月かかると思ってんだ。それに、地下をザクザク掘り進めてみろ、地上のゴーレムに気づかれないわけがない。上から攻撃を食らって、そのまま土の中に生き埋めになるのがオチだ。」炎の魔神である俺が、土に押し潰されて死ぬなんて、考えただけでもゾッとする。
しかし、俺がそう言うと、小僧はニヤッと笑った。この生意気な態度、腹立たしいことこの上ない。
「それは大丈夫さ。心配ない。僕の知る限り、まだ山の——。」
しかし、小僧は急に言葉を切った。
小僧が言葉を切った理由は、俺にも明白だった。地響きがして、遠くで何か大きなものが崩れ去るような音が聞こえたのだ。
「いまの聞こえた?」
「あぁ。村の方だな。」俺は人間よりも遥かに優れた聴覚をそば立てた。「人間の悲鳴も聞こえる。かなり多い。こりゃ敵だな。」
それを聞くや否や、小僧はさっと青ざめた。
「行かなきゃ!」
小僧はそう叫ぶと、壁にかけてあった長剣を外した。ボロ小屋の小僧の剣にしては、やたらときらびやかで豪勢な剣だ。
「お、おい待て!聞いてなかったのか?おまえに勝手に死なれると困るんだ!」
「だったらついて来い!」小僧はそう叫ぶと、すごい勢いで小屋から出て行った。
「……ったく、人間ってやつは!」どんな時だって、悪態と文句は忘れない。そうじゃなけりゃ、やってられるか。
俺は、閉じたばかりの扉を開けると、飛ぶように走るクソガキを追いかけた。
「魔神と魔術師」をお読みいただいて、本当にありがとうございます!
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(私のモチベーションがものすごく上がって、「よーし、がんばって続きを書くぞ!」という気持ちになれます…!)
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