表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

第七章 皇帝の手(②罪は消えずとも)

「……それで?」レイラは弓を限界まで引き絞り、冷たい声で言った。その矢は、まっすぐジェイセンの胸に狙いを定めている。「アタシがコイツを殺すことに、誰か文句があるかしら?」

ご主人様(マスター)!」エギルが咄嗟に手を上げてジェイセンを庇おうとしたが、ジェイセンがそれを止めた。

「いいんだ、エギル。」

「いけません、そのお身体では矢を避けきれ——。」

「——レイラ、やめるんだ!」

 マティアスがレイラの手を押さえると、レイラはそんなマティアスを鬼の形相で睨みつけた。

「アンタ、コイツの味方なの?あれだけ殺し合っておいて?おじいさまを殺したコイツと、仲直りですって?」

「ジェイセン様が、殺した……?」

 毒々しい赤い膜の向こうで、リリーが呆然とレイラの言葉を繰り返し、ジェイセンの方を見た。

 マティアスは、レイラの手を押さえたまま、ロキに目配せした。ロキは一つため息をつくと、レイラから弓を取り上げ、床に叩き落とす。

「なにすんのよ! 魔神(ジン)のくせに、人間の問題に割って入らないで!」

 レイラが叫ぶと、ロキはもっともだとばかりに肩をすくめて床に眼を落とした。

「マティアス、アンタはおじいさまから受けた恩を忘れて、コイツを許すって言うの?コイツがおじいさまを殺したのよ!コイツが、殺したのに……。」

 レイラの声は徐々に尻すぼみになり、最後は言葉にならなかった。レイラは両手に顔を埋めると、その場にうずくまる。

「レイラ……。」

 マティアスはレイラの前にかがむと、炎のように赤い髪を撫でた。

「ジェイセンは、リリーを人質に、影の皇帝に従わされていたんだ。でもこれからは、僕と一緒に進むと言ってくれた。僕はそれを信じる。じいさんも……。」マティアスの脳裏に、ケイレブの言葉が蘇った。

 ——復讐など、何の意味もないし、死んでいった者たちも望まぬだろう——。

「……きっとじいさんも、復讐ではなく、人を信じる道を進むべきだ、って言うに決まってる。」

 レイラは何も言わなかった。何も言わず、顔を埋めたままだ。

 そこへ、エギルに支えられながら、ジェイセンが歩み寄った。

「レイラさん。私は——。」ジェイセンは深く息を吸い、ゆっくりと言った。「私が、カタリナ村の村長、あなたのおじいさんを殺した。言い訳はありません。」

 その言葉に、レイラはマティアスの手を振り払って顔を上げた。矢の代わりに眼光で射殺そうと思っているかのように、激しい眼でジェイセンを睨む。

 そんなレイラをまっすぐに見返して、ジェイセンは続けた。

「あなたのおじいさんだけではない。私はこの王国の人々を大勢殺し、苦しめた。そのことが許される日が来るかもしれないなんて、露ほども思っていません。」

「……アタシは絶対、許さないわ。」レイラの声は小さかったが、あらん限りの強い力が込められていた。

「構いません。ですがどうか、マティアスと一緒に、リリー様の封印を解く方法を見つけることを、許していただきたいのです。そしてもし、許してもらえるのなら、私が傷つけたこの王国に、せめてもの償いをする機会を、いただきたいのです。」

 ジェイセンはそう言って頭を下げた。隣でエギルもそれに倣う。

 長い沈黙があった。

 レイラは立ち上がり、ジェイセンとエギルを最後にもう一度睨むと、背を向けた。

「……アタシは、絶対にアンタたちを許さない。でもおじいさまは、きっと償おうとしているアンタたちを殺すことを、良しとしてくれないわ。だから殺さない。でも……。」レイラは背を向けたまま、一段低い声で言った。「もし、アタシの大切な人たち、村の人たちやマティアスに手を出したら、確実にアンタたちの息の根を止めてやるわ。肝に銘じておきなさい。」

「わかりました、レイラさん。」ジェイセンは、もう一度深く頭を下げた。

 そして今度は、ジェイセンはリリーの方を向き直った。リリーは、美しい眼に疑問と怯えをたたえて、ジェイセンを見つめている。

「ジェイセン様……?」

 ジェイセンは、今度はたまらずリリーから眼を逸らした。

 ジェイセンにとって、これは死ぬよりもつらいことだったかもしれない。あるいは、あの大広間でひと思いに死んでいれば、このような苦しみを味わわずに済んだのだろう。しかし、マティアスと共に進むと決めた時、こうなることも含めて、ジェイセンは決意を固めたはずだった。

「リリー様……聞いての通りです。私は、リリー様に嘘をつき続けてきました。影の皇帝の代行者として、王国の人々を数えきれないほど殺し、それ以上を苦しめてきました。それこそ、償おうにも償えないほど、ひどい悪行を積み重ねてきたのです。私は本来、リリー様と口をきくことすら憚られる、罪深い人間なのです……。」

 ジェイセンは、毒を吐き出すように、自分のすべてを曝け出した。しかし、毒を吐き出した空っぽの体からは、固めたはずの決意すらも流れ出し、ジェイセンは眼を伏せたまま、リリーの反応に怯えて体の震えが止まらなくなる。

 それを聞いて、リリーの鈴のような声が、恐怖と失望の色に染まって——。


「——ジェイセン様、ありがとう。」


 ジェイセンは眼を上げ、リリーを見た。そこには、いつもと変わらぬ、相手への思いやりに満ちた優しい青色の瞳があった。

「あ、ありがとう……?」

 ジェイセンには、リリーの言葉をただ繰り返すことしかできなかった。

「えぇ。ありがとう、ですわ。わたくしは、ジェイセン様がどれだけ王国の人々のことを想っていたか、少しは存じ上げているつもりです。ジェイセン様が、影の皇帝の配下として様々な所業に手を染められたのなら、それがどれほどジェイセン様にとっておつらいことだったか……。」

 リリーは、呆然としたジェイセンを、いつもの穏やかな笑顔で見返した。


「ジェイセン様、わたくしのためにどこまでも尽くしてくださって、ありがとう。」


 ジェイセンの脳裏に、王国の人々の顔が浮かんだ。影の帝国に抗った者、反逆者を匿った者、徴収に協力的でない者……。あらゆる人々を、彼は影の執行官に命じて弾圧し、あるいは彼自身の手で葬ってきた。すべてはリリーのためだ、と自分に言い聞かせながら。

 ジェイセンがレイラに語ったことは本当だ。これほどの悪行を行なってきた自分が、今後は善行を積んで行けばいつか許されるだろうなどとは、まったく思っていない。彼は一生この罪を背負っていくのだ。その気持ちに変わりはない。たとえリリーが許すと言っても、それを変えることはできなかっただろう。

 でもリリーは、そのすべてを見透かしたように、ただ感謝を述べたのだ。

 罪を洗い流すことはない、しかしジェイセンを闇の底から救い出す言葉を。

「私は、私は……。」ジェイセンの眼に涙が溢れた。そんなジェイセンの体を、エギルがスッと支える。「王国の人々に、償い続けます。そしていつか必ず、リリー様をこの封印から救い出してみせます……。」

「えぇ、きっと。わたくしはあなたを、心から信じておりますわ。」

 この瞬間、リリーの笑顔がジェイセンのすべてだった。

 永遠の闇が取り払われ、彼はただ温かい光の中にあった。そして、その緑色の眼から暗い濁りが取り払われ、明るい輝きを取り戻す。

 これ以上何もいらない。私はリリー様のために、この身を捧げ——。

「——あー、せっかくのいい場面に水を差すようで悪いんだが……。」

 その時、珍しくずっと黙りこくって居心地悪そうにしていたロキが、いかにも嫌々といった感じで声を上げた。

「……その封印ってやつ、案外さらっと解けるかもしれねぇぜ?」


「魔神と魔術師」をお読みいただいて、本当にありがとうございます!


もし、「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、【高評価】と【ブックマーク】を、ぜひよろしくお願いします。

(私のモチベーションがものすごく上がって、「よーし、がんばって続きを書くぞ!」という気持ちになれます…!)


貴重なお時間を割いて本作をお読みくださった皆様に、何か楽しいことが起こりますように。

どうぞ今後とも、よろしくお願いします。


☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ