第六章 灼熱の再会(④夢の名残)
マティアスは、夢を見ていた。
遠い昔の、平和な夢だ。
いつものように、マティアスとジェイセンは、些細なことで喧嘩して、それなら剣で決着をつけてやると言い合い、互いがボロボロになるまでやり合った。
やがて日が沈み、それ以上は難しくなった頃、二人はマティアスの家に帰った。母エリアが泥だらけの二人を風呂場に追い立て、食事の準備をしてくれる。彼らは口もきかずに風呂に入り、食卓についた。そんな様子を、リリーが微笑みながら見ていた。
「おにいさま、ジェイセン様、また喧嘩ですか?」
「い、いや。そんなことないよ。な、ジェイセン?」
「あぁもちろんだよ、マティアス。……リリー様、私たちはいつも仲良しですから、ご心配なく。」
曲がったことを嫌い、嘘をつくことを良しとしないジェイセンだが、リリーに心配をかけまいとする時だけは、さらりと嘘をつくのだった。
食事を終えた後、ジェイセンは廊下にマティアスを呼び出して言った。
「さっきのことは、まだマティアスが悪いと思ってる。でも……。」そう言いつつ、ジェイセンは片手を伸ばした。「仲直りしよう。いつまでも喧嘩していると、リリー様が悲しむ。」
マティアスは、迷わず親友の手を取った。決まり悪そうに笑い、片手で金髪をかき上げる。そしてジェイセンも、美しい緑色の眼に安堵を浮かべて笑った。
彼らは親友。無二の親友だ。何度道を違えても、きっと——。
マティアスは、眼を開けた。
炎が爆ぜる音。それに、誰かが名前を呼ぶ声が聞こえる。いや、マティアスの名前ではない。
「ご主人様!ジェイセン様!気を確かに!」
燃え盛る炎の中で、エギルが茶色い髪に緑色の眼をした少年に、取り縋っていた。
「おい、小僧……!」
それを見るや否や、そばに立っていたロキをよそに、マティアスはジェイセンのもとへ駆け寄った。
ジェイセンは、腹を押さえて倒れ込んでいた。床に流れ出た血の量から、その重傷度が窺える。エギルは傷口に手を当てて凍らせると、眼を閉じた。
「エギル、やめるんだ……。」
ジェイセンは弱々しい声をあげると、エギルを押しのけようとした。しかし、エギルは動かない。
「ジェイセン……。」マティアスはその場に膝をついた。
十分に、予想できたことだ。戦うとはそういうこと。どちらかが倒れ、死ぬことまで含めて戦いだ。彼ら自身が、その道を選んだ。
だが、親友をこのまま見送るかどうかは、別の問題だ。
マティアスはジェイセンのそばに顔を寄せると、親友に語りかけた。
「ジェイセン、気をしっかり持つんだ。エギルが傷口を塞いでくれた。静かにしていれば、きっとなんとか……。」
「いや……無駄だ。」ジェイセンは、真っ白になった顔から声を絞り出した。「自分の体のことは……わかる。これはもう……手遅れだ。それより、エギルを止めてくれ。早く……!」
マティアスは、エギルに眼をやった。
エギルはジェイセンの凍らせた傷口に手を触れたまま、微動だにしない。その眼は、もはや何も見えていないように見えた。
「コイツ、まさか……。」ロキがその様子を見て、割って入った。「エギルのやつ、生命力を魔術師に逆流させてやがるんだ!だが、俺たち魔神に供給されている生命力なんて、人間に必要な量に比べたら、微々たるもんだ。もしやりすぎたら、魔神は人間世界に存在できなくなって……。」
「そうだ、死んでしまう……。お願いだ。エギルを、私の友を、私のために死なせないでくれ……。」
ジェイセンの緑色の眼が、マティアスの青い眼を捉えた。
ロキはその言葉を聞くと、エギルを無理やりジェイセンから引き剥がした。エギルが我に返り、ロキの腕を振り払おうと暴れる。
「何をする!やめろ!私がご主人様を救わねば!私が——。」
しかしその瞬間、ロキが赤紫色の炎の玉を出現させ、それを至近距離でエギルの側頭部に直撃させた。うっ、という声を最後に、気絶したエギルの体が床に崩れ落ちる。
「……ありがとう。マティアスの魔神。」ジェイセンはそう言って眼を閉じた。
「ダメだ!ジェイセン!」マティアスは親友の手を取った。遠い昔、何度もしたように。「一緒に、リリーを助けに行こう。ジェイセンがリリーを救ってくれたことに、僕はまだ何も報いてあげられていない——。」
「——マティアス、許してくれ……。」ジェイセンは、マティアスの言葉を遮って、苦しそうに言った。「私は、憎しみを飲み下すことができなかった……。君の手を取ることもできた。それが正しいのかもしれないとも思った。でも、できなかった……。私の弱さだ。こんなことになったのも、当然の報いだろうな。」
「そんなことを言うんじゃない!こんな傷すぐに治る!すぐに治して、これからやり直せばいいんだ!」
マティアスの言葉は、むなしく大広間に反響し、消えた。
ジェイセンは眼を開けると、そんなマティアスを見て、薄く笑った。マティアスが再会して初めて見た、親友の笑顔。
「昔から、こんな時ばかり、君は嘘が下手だなぁ……。」ジェイセンはゴホゴホと咳き込んだ。咳と合わせて、口から大量の血がこぼれ出る。「……マティアス、君は私の親友だ。それはどうやら、私の心に深く刻み付けられているらしい。私は、君のことを憎いと思いつつも、無意識のうちに、君にとどめを刺すことができなかった……。」
いつの間にか、エギルが凍らせたはずの傷口が炎の熱で溶け始め、再び血が溢れ出してきた。
「カタリナ村で再会した時、私は、これは君かもしれないという想いに囚われ、君の攻撃に対する反応が遅れた……。今夜、もし本当に君なら、とうさんから地下通路のことを教わっているに違いないと思って、この大広間に影の執行官を配置したが、他の軍勢までかき集めることはしなかった。そしてさっきも……。」
ジェイセンは、マティアスの手を握り返した。美しい緑色の眼からは、いつの間にか暗い濁りが薄れつつある。しかし同時に、その眼は着実に輝きを失ってきていた。
「……君の言葉。何のことはない、想いだけが先行したいつもの軽い約束なのに、私はそれに図らずも心を動かされて、隙を作ってしまった……。」
何度喧嘩しても、最後には手を取り合い、仲直りする。彼らはずっと、そうだった。
だが、仲直りをしても、これからまた一緒に歩んでいけるとは、限らない。
「マティアス、そこにいるのか……?」
ジェイセンの眼は、もうあまり見えていなかった。
「あぁ、ここにいる!ジェイセン。ここに——。」
「——リリー様を、頼む……。どうか君も、元気で……。」
「……ジェイセン、ありがとう。本当に。」
マティアスの言葉を聞くと、ジェイセンは弱々しく笑って眼を閉じた。マティアスは、ジェイセンの手を握りしめて頭を垂れ……やがてそのまま、気を失った。
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☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆