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第六章 灼熱の再会(③宿命の対決)

 魔神(ジン)の力は、魔術師(メイジ)から供給される生命力がなければ、人間世界において十全に発揮することができない。しかし逆に言えば、魔術師(メイジ)との間に力強い経路(パス)があれば、魔神(ジン)はその生命力を使って人間世界に顕現し、強大な力を行使することができる。

 魔神(ジン)の顕現。大広間に現れた二体の巨人は、まさにそれだった。

 赤紫色の炎の巨人は、その巨大な拳を握りしめると、氷の巨人を殴りつけた。青白い巨体が床に倒れ込み、その衝撃が大広間を揺らす。数十発の炎の弾丸に匹敵するその一撃は、氷の巨人の体を大きく削り取った。

 しかし、氷の巨人は負けじと返す一撃で炎の巨人の足を薙ぎ払うと、転倒した炎の巨人を蹴り上げた。炎の巨人の体は高く飛び上がって天井にぶつかり、そのまま床に落下して倒れ込む。

 恐ろしい力を持つ二体の巨人の戦いは、消耗戦の様相を呈しつつあった。

 ちっ。俺としたことが、なんて戦いをしちまってるんだ……。ロキは内心で舌打ちすると、声を張り上げた。

「おいエギル!おまえまさか、時間稼ぎしてんじゃねぇだろうな!」

「もちろん、その通りです、よっ!」

 エギルは澄ました声で返しつつ、両腕を上げた。腕の大きさに見合った巨大な氷の塊が現れ、炎の巨人めがけて撃ち込まれる。

 さすがにあれが直撃するのはマズい。ロキが炎の巨人に可能な限りの速さでギリギリ身をかわすと、巨大な氷の塊は床を直撃し、大砲を撃ち込まれたかのような深いクレーターを残した。

「なんだと……?」しかしロキの頭は、エギルの返答に注意が向いていた。

 この期に及んで時間稼ぎだと?ロキはエギルの顔を見たが、氷の巨人の姿では表情を読み取ることができず、この気取った魔神(ジン)が何を考えているのかわからない。

 それを察したのか、エギルがご丁寧にも解説を入れてくれた。

「いえ、私があなたを倒した後で、ご主人様(マスター)があなたの主人と共に歩むとご決断なさったら、マズいでしょう?だから私は、こうして時間稼ぎをしているというわけです。」

「なんてヤツだ……。」思わず内心が口から漏れ出た。「おまえはなんで、そこまで自分の主人に入れ込める?俺と同じ、契約に縛られた身だろう。何がおまえを、そこまでさせるんだ?」

 二体の巨人は、戦いの手を止め、距離を取って向かい合った。

 するとエギルは人間の姿に戻り、青い髪を撫で付けて服の汚れを払った。それを見て、ロキも褐色の肌に黒髪の少年の姿に戻る。

「私とご主人様(マスター)の関係も、最初はあなたがたのように、少々険悪さを伴うものだったのですよ。」意外な言葉に、ロキは驚いて眼を見開いた。「ご主人様(マスター)は、刻印をお持ちであることを、影の皇帝に見抜かれていました。そのため、召喚を行う際には影の皇帝が直々に監視をしたほか、召喚魔法に、影の皇帝によって手が加えられたのです。」

「召喚魔法に手を加える?」そんなことができるとは、聞いたことがない。

「私にも、詳しくはわかりません。しかしご主人様(マスター)によれば、影の皇帝は最も魔術師(メイジ)に従順な魔神(ジン)が呼び出されるよう、召喚魔法に手を加えたと言っていたそうです。王国の支配を委ねる以上、肝心の魔神(ジン)が面従腹背では困りますからね。」例えばあなたみたいに、とは言わなかったが、エギルはロキをちらりと見た。「しかし当初、ご主人様(マスター)は影の皇帝の手がかかった私を、信用しようとはなさいませんでした。そして恥ずかしながら、私の方も、当初はそんなご主人様(マスター)に対して、だいぶぞんざいな態度を取っていたように記憶しています。」

 影の皇帝が手を加えようと加えまいと、魔神(ジン)である以上はそれが普通だ。ロキはそう言ってやりたかったが、エギルを過度に刺激しても良いことはない。代わりにロキは別のことを聞くことにした。

「そういえば、おまえらの契約内容は、なんなんだ。」

「囚われの王女様(プリンセス)を救い出すこと、ですよ。もちろん。」なんら隠そうというそぶりもなく、エギルは応えた。「おそらく、あなた方も同じなのではないですか?」

「あぁ……。」

 あの二人は、容姿と性格を除けば、あらゆることがほとんど同じなのではないか……?それこそ、いがみ合っているのが不思議なくらいに。人間の内面には詳しくもなく、興味もないロキでも、そう思わざるを得なかった。

 思案に沈んだロキを置いて、エギルは説明を続けた。

「……しかし、しばらくご一緒するうちに、ご主人様(マスター)は大きく変わられました。ご主人様(マスター)は、本当にお優しいお方です。ご自分に尽くしてくれる者に、優しさをかけずにはいられない。ご主人様(マスター)の私に対する姿勢は徐々に軟化され、それに応える形で、私もご主人様(マスター)に対して心から尽くすようになったのです。」

「おまえは、魔術師(メイジ)に優しくしてもらったから、尽くすようになったってのか?」ロキは話の理解を確認せずにはいられなかった。

「えぇ、その通り。私に言わせれば、魔神(ジン)だって人間とそう変わらないはずです。無下にされれば怒り、優しくされれば尽くす……まぁ、あなたには一生わからない話かもしれませんが。」エギルは、ロキの表情を見て付け加えた。

 ロキには、にわかには信じられなかった。魔神(ジン)魔術師(メイジ)に、そんな関係性が成り立つなど、考えたこともない。ロキが唯一、友情と呼び得るものを育んだ人間は、太古の昔、この褐色の肌の少年だけだ。だがそれは、ヤツが魔術師(メイジ)ではなかったからできたことだ。

 これを理解するのは不可能だ。

 ロキはそう結論づけて理解を放棄すると、いまこの時に視点を戻した。

「じゃあ、いまこうして時間稼ぎをしてんのは、おまえの主人がなるべく広い選択肢から自由に道を選べるようにしてやってる、ってわけなのか。」

「概ね、そんなところです。より正確に言えば……。」

 そう言うと、エギルはジェイセンを振り返った。ジェイセンとマティアスは、めまぐるしく剣をぶつけ合っている。二人の戦い方は、そっくりだった。

「……私は、ご主人様(マスター)が苦しむ姿を、なるべく見たくないのです。経路(パス)で繋がっている以上、僭越ながら、私にもご主人様(マスター)の心が少しはわかります。ご主人様(マスター)の心は、かつての旧友マティアスが生きているかもしれないとわかってから、ずっと揺れ動いている。そんな中で、私の手でご主人様(マスター)の選択肢を潰すことなんて、できないのですよ。」

 エギルはそう言うと、我ながら妙なことを言っていますね、とでも言うように、苦笑を浮かべた。


 もはやどれだけ剣を交えたかわからない。

 マティアスの剣がジェイセンの剣を跳ね上げ、横薙ぎに必殺の一撃を叩き込めば、ジェイセンは間一髪でそれをかわし、強烈な突きを放ってくる。彼らの炎と氷の剣は、まるで空中に色鮮やかな糸を織り込むように、あらゆる方向から相手を攻め立てた。

 しかし、どれだけ力強い一撃も、功緻を極めた一撃も、相手の体には届かなかった。

 このままではキリがない。でも、急がなければ……。マティアスは焦燥感を抱え、ジェイセンの打ち込みを防ぎつつ、必死に頭を回転させた。炎と氷の刃が擦れ合い、魔力を帯びた火花をあげる。

 マティアスは、激しく切り結ぶ中で、いつの間にかレイラの姿がなくなっていることに気づいていた。あのレイラがただ逃げ出したとは思えない。間違いなく、あの衰弱した体で、リリーのいる天文台を目指しているのだろう。だが、リリーを幽閉している以上、天文台にはなんらかの防御があるはずだ。このままではレイラが危ない。一刻も早く、助けに行かなければ……。

 しかし、ジェイセンはそれを許さなかった。恐ろしいスピードと正確さで、マティアスの弱点を突いてくる。なんとか防ぎ切り、同じだけの厳しさで打ち返すのがやっとだ。とても、ジェイセンを倒し切って、あるいは猛攻を凌ぎ切って、レイラのもとへ向かうことなどできそうになかった。

 したがって、マティアスはやり方を変えた。

「ロキ!」

 マティアスがジェイセンの一撃をかわして飛び退き、魔神(ジン)の名を呼ぶと、褐色の肌の少年の姿をした魔神(ジン)は、すぐさまマティアスの横に現れた。

「……早いな。」

「あ、あぁ。ちょっとばかし……休憩中だったもんでな。」エギルとは半ば休戦状態だったとは言えない。

 魔神(ジン)の参戦に、ジェイセンは警戒して剣を引いた。

「……エギル。」

「はい、ご主人様(マスター)。」ジェイセンの呟きに、エギルもすぐジェイセンの隣に現れ、(こうべ)を垂れる。

 こうして、この戦いに最後の転機が訪れた。

 二組の魔神(ジン)魔術師(メイジ)

 かたや、性格も行動もまったく異なるが、強い共通の目的意識で繋がれた二人。

 かたや、同じように真面目でまっすぐな気質を持ち、固い忠誠心と友誼で繋がれた二人。

 決着の時は来た。

 それを、彼ら全員が感じ取っていた。


「ロキ、これで終わらせよう。」

「俺の足を引っ張んなよ、小僧。」

「私を信じてくれるか、エギル。」

「どこまでも。ご主人様(マスター)。」


 ロキは一声放って飛び上がると、両腕を広げた。空中に無数の炎の玉が現れ、ロキの周りを飛び回る。大広間には、地獄の様相をなす赤紫色の業火が立ちのぼった。

 それに呼応するように、エギルも跳ねるように空中に舞い上がり、無数の氷の槍を出現させた。業火に炙られる大広間に、氷結の冷風が吹き荒れる。

 そんな魔神(ジン)の姿を、二人の魔術師(メイジ)は眼で追わなかった。二人が見ていたのは、互いの姿だけだ。

 マティアスとジェイセン。

 かつての親友。同じ願いのために生きる者。

「ジェイセン……!」

「マティアス……!」

 そして、宿命の敵。

 わかり合えないなら、戦って、勝った方が()を通すまで。

 二人は剣を振り上げると、何の迷いもためらいもなく、まったく同じ動作で剣を振り抜いた。

 まるで、かつて二人で剣技の練習をしていた頃のように。

 炎と氷の斬撃が、刀身を伸ばしてまっすぐに互いへ向かう。同時に、ロキが炎の玉を放ち、エギルが氷の槍を打ち込むと、それらは彼らの斬撃と混じり合い、すべてを飲み込む力の奔流となった。

 赤紫色と青色の奔流は、両者の真ん中でぶつかり、巨大な力の衝突が激しい衝撃をもたらす。

 しかし、二人の魔術師(メイジ)は、微動だにしなかった。固く剣を握り、力の奔流に持てる魔力を注ぎ込んでいく。

 すべては、ここで相手を、倒し切るために。

「……ロキ!」

「仕方ねぇな!」

 ロキはマティアスの呼び声に応えると、両手を前に押し出し、マティアスと同じように、赤紫色の奔流に魔力を注ぎ込んだ。見れば、エギルも同じように、力の奔流に手を伸ばしている。

「……ジェイセン、僕は!」

 荒れ狂う力の奔流の中、マティアスが叫んだ。耳が割れそうな轟音を前に、全力で声を張り上げる。

「リリーを助ける!リリーだけじゃない、レイラも!そして、君もだジェイセン!」

 その声がジェイセンに届いているかどうかはわからない。それでも、マティアスは全身全霊を込めて叫んだ。

 たった一人の親友に向けて。


「ジェイセン!僕は君のことも、その闇の中から、必ず救い出してみせる!」


 その時、力の奔流の隙間から、わずかにジェイセンが見えた気がした。見慣れた美しい緑色の眼。闇に呑まれ、暗い濁りを浮かべるようになってしまったその眼に、一瞬、昔の輝きを見たような——。

 ——その瞬間、二つの力の奔流は、巨大な爆発を巻き起こした。激しい衝撃とともに、光の噴水が湧き起こり……すべてが闇に消えた。


「魔神と魔術師」をお読みいただいて、本当にありがとうございます!


もし、「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、【高評価】と【ブックマーク】を、ぜひよろしくお願いします。

(私のモチベーションがものすごく上がって、「よーし、がんばって続きを書くぞ!」という気持ちになれます…!)


貴重なお時間を割いて本作をお読みくださった皆様に、何か楽しいことが起こりますように。

どうぞ今後とも、よろしくお願いします。


☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆

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