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第一章 亡国の王子(①魔術師の刻印)

   第一章 亡国の王子


「あれ?あんたずいぶん久しぶりじゃないかね!元気にしとったかえ?」

「やぁドロシーばあさん、久しぶり。ちょっといろいろあって、ひと月くらい森に行ってたんだ。昨日の夜に帰ってきたところでさ。」

「こんなご時世にかい?悪いことは言わん、やめときな。命あってのものだよ。」

「まぁまぁ、心配しないで。それよりこのリンゴ、もらってもいいかい?」

「無事に帰ってきた祝いだ。お金はいらないから持って行きな。」

「ありがと、ドロシーばあさん。」マティアスはそう言うと、山積みになったリンゴから一つを選んだ。「あ、そうだ。また腰を痛めないように、気をつけて。」そう付け加えてリンゴを頬張ると、ドロシーばあさんの店を後にする。

 カタリナ村の中央通りは、道の両側に店があり、夕方は夕飯の買い出しをする村人たちで賑わう。五年前に王国が影の帝国に占領されて以来、さすがにかつてほどの活気はなくなったが、それでも、かつて王都ロスリンからほど近い商業の要路として栄えただけあって、店先で談笑する村人たちの姿には、過去の繁栄の面影が見てとれた。

「おう、マティアスじゃないか。」

「マティアス!帰ってきたのね!ちょっと寄っていきな!」

「てっきり、どこかで死んだかと思ってたぜ。」

「いやいやこの通り。元気に生きてるよ!ちょっといなかっただけで、大袈裟な。」マティアスは軽く手を振って村人たちに応えた。「これから村長のところへ行くんだ。積もる話は、また今度。」

 そう言うと、彼はリンゴを頬張りながら、中央通りの先にある村長の家に向けて歩を進めた。


「おーい、じいさーん。」

 マティアスは見慣れた煉瓦造りの家に向かって呼びかけたが、反応がない。

「おーい!じいさーん!ケイレブ村長!いないのかー!」

 今度は、ガンガン扉を叩きながら言ってみる。カタリナ村の村長、ケイレブ・バートンは、若干耳が遠いのだ。

 すると突然、バーン!と家全体を揺るがすような音を立てて、思い切り扉が開かれた。マティアスは咄嗟に身を引いたが、すごい勢いで開いた扉が、前髪をかすめる。

「うるっさいわね、マティアス・ブラウン!いったいなんなのよ!」

 現れたのは、老ケイレブとは似ても似つかない少女だった。

 初めて彼女を見た者は、例外なく、その燃えるように鮮やかな赤毛に驚く。首のあたりで切り揃えられたその髪は、俊敏な彼女の挙動と相俟って、まるで激しく燃え盛る松明の炎のようだ……などと彼女に言えば、睨みつけられるか、罵倒されるのは間違いない。

 彼女の名前はレイラ・バートン。ケイレブの孫娘だが、彼女の両親は五年前に他界しており、以来、ケイレブが男手一つで育ててきたのだが……。

「おじいさまはお忙しいんだから、アンタになんか構ってられないわよ。じゃ!」

「いやいや、ちょっと待て!」

 ……そのせいか、とてもうら若き乙女とは思えない、男勝りな性格に育ってしまった。目を奪う美しい赤毛に、整った目鼻立ち。よく見れば容姿端麗なのだが、ちょっと性格がね……というのが、カタリナ村の男性陣の一致した見解である。

 マティアスは、レイラがさっさと閉めようとする扉を慌てて押さえると、体を割り込ませた。

「僕はじいさんに大事な話があるんだ。勝手に君の判断で追い返すな!」

「そんなの知ったことじゃないわ!これまで、アタシたちが時々は顔を見せなさいって何度言ったってろくに帰って来なかったくせに、自分の都合の良い時だけ帰って来るなんて、虫が良すぎるって言ってんのよ!」レイラの勢いは止まらない。

「別にそんなことは……。」

「何の騒ぎだ?」

 マティアスとレイラが揉み合っていると、家の中からケイレブが姿を現した。おじいさまはお忙しい、とはいったいなんだったのか。

「おぉ、マティアス。久しぶりだ。何か用か?」

「あぁ、じいさん。大事な話があるんだ。少し時間をもらえないかな?」

 レイラに割って入られないよう、マティアスは急いで言った。レイラはムッとした顔をしたが、さすがにケイレブが出てきてしまった手前、無理やりマティアスを追い出すことはしない。

「おまえにしては、何か改まった話のようだな。まぁ上がれ。茶でも淹れよう。」

 ケイレブはそう言って手招きすると、家の中に戻った。

 マティアスは、入っても良いか、という眼をレイラに向けたが、レイラはぷいとそっぽを向いた。

「……ふん。じゃあアタシは、夕飯の買い出しに行ってくるから!」

 そう言い放ったかと思うと、またバーン!と扉を閉め、足を踏み鳴らして中央通りの方へ歩み去る。

「相変わらず、嵐みたいだなまったく……。」

 マティアスがそうつぶやいて扉を開けると——。

「——アンタの分の夕飯は用意しないんだから、用が済んだらさっさと帰りなさいよ!アタシが戻ってくる前に!」

 追い討ちのように、レイラの叫びが背中に突き刺さった。

 ……まぁ、これが最後になるとしても、それはそれで僕とレイラらしいか。

 そんなことを思いながら、口に少し寂しげな笑みを浮かべると、マティアスはケイレブの家の敷居を跨いだ。


 ケイレブの家の居間は、初めてマティアスが訪れた時から、少しも変わっていない。壁際の暖炉、簡素な肘掛け椅子に、小さなテーブルが一つ。他には何もない。ケイレブの質素な生活がよく現れていると言っていい。

 ケイレブは茶を淹れてマティアスに椅子を勧めると、自らも腰を下ろした。

「おまえが初めてここにやってきてから、何年になるかな。」

「王都が陥落した時だから、五年だね。」

「五年か。もうそんなに経ったか。まぁあの時はたしか、おまえもレイラも十歳かそこらだったからな、それくらいにはなるのか。」

「僕は十二歳だったけど、レイラは十一歳だったよ。レイラは僕より一歳年下だから。」

 まぁ、年下とは思えないほど態度はデカいけど……とは口に出さなかったが、白髪の老人はマティアスの表情から察したようだ。

「わしのかわいい孫娘だ。仲良くしてやってくれ。」口の端に笑みを浮かべてそう言うと、口調を戻す。「ところで、今日は何の用で来たのだ?」

 マティアスにとって、ケイレブは数少ない——というより唯一の——信頼して腹を割った話ができる相手だ。それはケイレブがカタリナ村の村長であるからというだけではない。ケイレブは、五年前、この村に現れたマティアスを保護し、家族同然に育ててくれたのだ。そしてなにより、このカタリナ村の中で、ケイレブだけが、マティアスの正体を知っている。

 だからこそ、回りくどい説明は抜きで、直球で本題に入ることができた。

「これさ。」

 マティアスは右腕の袖を捲り上げてケイレブに見せた。

 そこには、血のように赤い魔法陣が、腕の内側にくっきりと刻み込まれていた。かつて——去年、現在の住まいである小屋で独り立ちするまで——この家で暮らしていた時にはなかったものだ。

「それは、まさか……。」

魔術師(メイジ)の刻印。」

 ケイレブは、畏敬の念を浮かべて刻印をじっと眺めた。魔術師(メイジ)の刻印。古くから受け継がれる、異形の力。長く生きているケイレブでさえ、実際に見るのは初めてだ。

「……それで、魔神(ジン)を?」

「あぁ。昨夜、僕の小屋でね。ここひと月は、魔神(ジン)の召喚に必要な薬草を集めに行ってたんだ。」

 マティアスの言葉を聞き、ケイレブはシューッと細く長い息を吐いた。肘掛け椅子に深く座り直し、眼を閉じる。ケイレブと近い年齢の椅子が、ギシギシと軋んだ音を立てた。

「おまえにはいつも驚かされるが、今回は極めつけだな。」ケイレブは眼を閉じたまま、半分自分に言い聞かせるように言った。「それで、おまえは自分の願いのために、その力を使うつもりなのか。」

「もちろん。もともと、この力がなくたって、いつかはやるつもりだったんだ。使わない理由がないさ。」マティアスは一呼吸おくと、その透き通るような青い眼で、ケイレブの眼を真っ直ぐ見据えた。「僕は必ず、リリーを助け出す。」


 マティアスの青い眼は、人によって形容の仕方が異なる。透き通るような眼、輝くような眼、夢見るような眼。特にカタリナ村の女性陣からは、その美しい金髪と相俟って、やや詩的な表現をされがちだ。しかしケイレブは、マティアスがカタリナ村に現れた時、その眼にどんな光が宿っていたか、よく覚えている。

 相手を刺し貫くかのような、鋭い怒りをたたえた眼。

 五年前、ケイレブとレイラが山へ山菜を集めに出ていた時、突然、王都親衛隊の制服を着た一人の兵士と、上品な服を着た金髪の少年が現れた。兵士は手負いで、ケイレブに少年を託すと、まもなく息絶えてしまった。ケイレブは簡単に兵士を埋葬すると、レイラと少年を連れて村に戻ったが……そこで見たものは、変わり果てた村の姿だった。

 あらゆる物が破壊され、多くの人が野ざらしで死に、あるいは逃げ出して、荒れ果てた廃墟。たった半日で見る影もなく変わってしまった村の有様に呆然としたケイレブだったが、奇跡的に形を残していた我が家を見て、わずかに希望を取り戻した。しかしその希望は裏切られ、見慣れた家の中に横たわる息子夫婦、すなわちレイラの両親の遺体を見つけると、ケイレブはついにがっくりと膝を落とした。

 あの日、輝くばかりの豪奢な金髪の少年は、何も喋らなかった。

 ケイレブは、もうカタリナ村はおしまいだと思った。村を立て直そうにも、多くの人が死に、または逃げ去って、人口が激減していた。もともと商業の拠点として栄えただけあって、自給自足できるような生産力もない。おまけに、「影の執行官」と名乗る男がやってきて、食糧や生産品を徴発し始めた。抵抗を試みた村人が何人も殺され、いつしか徴発品を用意し、服従する代わりに、安寧を享受することが日常になった。

 あの日破壊されたのは、カタリナ村だけではなかった。古来から王国への侵略を狙っていた隣国「影の帝国」が、突如、王都ロスリンに攻め込んできていたのだ。影の軍勢を前に、王都は瞬く間に陥落。国王と王族は殺され、王都親衛隊は壊滅した。そして、影の軍勢はカタリナ村を含む王都ロスリン近郊の村々を侵略し、さらにはその魔の手を広げて、ついに王国全土を手中に収めた。

 しかし、そのような状況の中で、カタリナ村の村人たちはよく働き、村の復興に力を尽くした。理由はいくつかあるが、一つには、王国全土がカタリナ村と似たような状況にあり、他の地域に逃げても意味がないことがわかってきたからだ。王国は、影の皇帝の代理人である「影の代行者」の下で、「影の執行官」と呼ばれる七人の者たちによって分割占領されており、カタリナ村から逃げて他の地域に行っても、よそ者に食料を分け与えるような余裕はなく、それに気づいた村人たちは少しずつカタリナ村に戻ってきた。影の帝国の徴発は激しく、理不尽だったが、必死に働けば、なんとか生きていくことはできる。村人たちは、一致団結して一から出直すことにした。

 そしてそれは、金髪に青い眼の少年も例外ではなかった。

 カタリナ村中で、とにかくやることには事欠かなかったため、家の立て直しやら、畑の開墾やら、少年もありとあらゆる仕事に駆り出された。毎日、日がのぼれば働きに出て、日が沈めば家に帰り、ケイレブやレイラと夕飯を食べて寝る。それを繰り返す間に、少年は少しずつ心を開き、自分のことを話すようになっていった。


「魔神と魔術師」をお読みいただいて、本当にありがとうございます!


もし、「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、【高評価】と【ブックマーク】を、ぜひよろしくお願いします。

(私のモチベーションがものすごく上がって、「よーし、がんばって続きを書くぞ!」という気持ちになれます…!)


貴重なお時間を割いて本作をお読みくださった皆様に、何か楽しいことが起こりますように。

どうぞ今後とも、よろしくお願いします。


☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆

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