第五章 合わさる力(③影のゴーレム)
どちらに言っても全力で否定するだろうが、彼らの息はピッタリだった。
マティアスがゴーレムの海に切り込み、内側から敵を切り崩し始めれば、全方位から敵の攻撃が集中する。レイラはそれを見ると、マティアスの背後にいるゴーレムを集中的に射抜き、マティアスが不意を突かれる可能性をできる限り下げた。そして、もしレイラのもとへ多数のゴーレムが向かうようなら、マティアスは包囲を切り抜け、レイラに迫るゴーレムを排除する。
口で言うのは容易いが、百体近くものゴーレムが迫り、絶え間なく戦闘が繰り広げられる中では、常に相手のことを気にかけていなければ、とてもできる芸当ではない。しかし、彼らは大した苦もなく、それをやってのけていた。言うまでもなく、互いが互いのことを常に気にかけていればこそ、であっただろう。
マティアスは、自分の中に深く浸り、ロキから供給された魔力に心を開くと、魔神の持つ知覚能力、身体能力を引き出していた。それがマティアス自身の剣の技術を使い、炎の剣を操るのに身を任せる。その人間離れした力は、ゴーレムの攻撃をかわし、受け止め、叩き落としながら、炎の刃で容赦なくゴーレムたちを切り伏せていった。
しかし、ついにそのバランスを崩す変化が訪れた。
「マティアス!」
レイラの叫び声が響き、マティアスは意識の深みから現実に引き戻される。
レイラの指差す先に眼をやると、最後列のゴーレムが三、四体、不自然に寄り集まっているのが見え……灰色の輝きとともに、巨大なゴーレムが姿を現した。
「合体したのか……。」
マティアスがつぶやいたが、それは一箇所だけの現象ではなかった。
大広間の各所で、複数のゴーレムたちが集まり、合体して巨大なゴーレムが生まれていく。あっという間に、敵は数十体の巨大ゴーレムに姿を変えた。
「わお。コイツら、こんなことができるのね。気持ち悪いったらありゃしないわ。」
ひとまずマティアスがレイラのところまで戻ってくると、ゴーレムたちにレイラの容赦ない毒舌が浴びせられた。
「気持ち悪いけど、強そうでもある。そもそもあれ、矢が効くのか?」マティアスは軽く息を整えると、レイラの弓を指し示した。
「何言ってんのよ。アタシの弓は、世界一……。」そう言うと、レイラは矢を二本まとめてつがえ、弓を引き絞った。レイラの矢は正確に巨大ゴーレムの眼を捉えたが……巨大ゴーレムは倒れることもなく、その歩みを止めなかった。「……世界一でも、ダメみたいね。何か代案は?」
「さぁね。僕も試してみよう。」
言うが早いか、マティアスは巨大ゴーレムに駆け寄ると、その足を炎の剣で切り飛ばした。
しかし、巨大ゴーレムは足が太すぎ、一太刀では足を完全に斬り飛ばすことができなかった。マティアスは後ろに回って残りの部分を切り取ろうとしたが、迫り来る気配を感じて振り返った。いつの間にか背後に迫っていた別の巨大ゴーレムの拳を、咄嗟に炎の剣を掲げて防ぐ。
……しかし、そううまくはいかなかった。
巨大ゴーレムの拳による強い衝撃は、炎の剣ごとマティアスの体をまともに吹き飛ばし、大広間の壁に叩きつけた。うっ、という声とともに、マティアスはレイラの近くに落下する。
「マティアス!マティア——。」
「——いや、大丈夫……。」
レイラが燃えるような炎髪を振り乱しながら駆け寄り、マティアスの傍らにかがみ込むと、マティアスは弱い声で言った。いまのは、ロキの魔力で体が強化されていなければヤバかった。さすがに、すぐには体から衝撃が抜けない。
「アンタは、まったく……。」言葉とは裏腹に、レイラの口調に安堵の色が滲む。
しかし、その間にも、巨大ゴーレムたちはマティアスたちのもとへ迫ってきていた。影の皇帝による魔力の産物。土を原料とする破壊の巨人は、その無表情な顔を並べ、標的に向けてゆっくりと歩を進めてくる。
「……もしかして、これはもうダメかしらね?」レイラはぽつりと呟くと、マティアスを見た。
「……あぁ、そうかもしれない。」
マティアスが体を起こすと、身体中の筋肉が悲鳴を上げた。しかし、いまはそれどころではない。マティアスは半ば上の空でレイラに返事すると、必死に頭を巡らせた。
「そう……。」
マティアスの返答を聞くと、レイラは眼を伏せ、表情を曇らせた。
迫り来る死を前に、レイラの中で様々な感情が生まれ、消えていく。しかし最後に残ったのは、彼女自身が最近やっと受け入れられた、奥底にしまい続けた想いだった。
レイラは、突然何かに吹っ切れたかのように満面の笑みを浮かべると、明るい声で言った。
「まぁ仕方ないわね、ダメで、もともとだもの!」そう言うと、レイラは強い力でマティアスの手を掴む。「でもここで死ぬなら伝えておくわ。たぶんアタシ、アンタのこと——。」
「——でも、たぶん一つだけ手はある。」
思案を巡らせていたマティアスはようやく考えをまとめ、レイラの言葉を遮った。
レイラがきょとんという顔をして、一瞬の静寂が訪れる。
「……は?」
「たぶんまだ手はある。ロキだ。経路を広げた時、あいつはまだ自分の本気には程遠いと言った。それが本当なら、きっと僕も同じだ。経路を最大限まで広げれば、僕もあいつも、もっと強くなれる……。」マティアスは右腕の袖を捻り上げると、刻印を剥き出しにした。「信じていてくれ。」
レイラは、なぜか苦虫を数万匹まとめて噛み潰したかのような顔をすると……突然、思いきりマティアスの頬を引っぱたいた。
「なにするん——。」
「——知らないバカ!さっさとやんなさいよ!」
そう叫ぶと、レイラはパッと立ち上がり、ゴーレムに向けて矢を撃ちまくり始めた。巨大ゴーレムを倒すほどの威力はないとはいえ、多少なりとも歩みを遅らせる効果はある。
マティアスはまったくもって納得いかなかったが、悠長にしている時間はない。もう巨大ゴーレムたちは、すぐそこにまで迫っていた。
マティアスは刻印に手をやると、全霊をもって彼の魔神に呼びかけた。
「……ロキ!」
血のように赤い刻印が輝きを放ち、ゴーレムを赤く照らし出す。
そして訪れた、一瞬の刹那。
次の瞬間、バリーンッ!という大音響とともに、ステンドグラスが爆散した。影の執行官の爆撃をまともに食らったロキの体が大広間に飛び込み、そのまま壁に激突する。
「ぐはっ……!お、おい小僧!」ロキはマティアスの姿を認めると、恐ろしい形相で睨みつけた。「この野郎!いきなり呼ぶんじゃねぇ!驚いて、ヤツの攻撃を防ぎ損ねたじゃ——。」
「——アンタたち!」
レイラが叫んで指差した先に、影の執行官がふわりと大広間に戻ってきた。
「さてさて、さてさて。こちらもなかなか、面白そうなことになっていますねぇ……。」ロキと違って、出て行った時となんら変わらぬその様子に、レイラが顔をしかめる。「ですが、そろそろ終わりにさせていただきましょうか。」
そう言って手を上げると、影の執行官の手に、破壊をもたらす灰色の光が集まり始めた。その動きに呼応するように、巨大ゴーレムたちが歩みを止める。
しかしマティアスは、そんな目まぐるしく変わる大広間の状況をよそに、刻印に意識を集中していた。マティアスとロキをつなぐ力の経路。それぞれに魔力と生命力を供給するそのパイプは、これ以上に太くすればコントロールが効かなくなり、力の流れに押し流されそうな恐怖すら感じられる。
マティアスは眼を上げると、ロキをしっかりと見据えた。ロキの黒い眼が、マティアスの青い眼に宿る光を受け止める。彼らは何も言わずとも、互いが同じ想いを抱いていることを確信した。
魔神と魔術師。そもそも生きる世界すら違う二種類の存在。考え方も価値観もまったく異なるばかりか、魔神が魔術師の願いのために命を削るという不均衡な契約によって形作られたいびつな関係性。そこには、相手の存在を尊重して助け合ったりすることなど、望むべくもないのかもしれない。
だが、互いの目的のために為すべきことが一致した時、彼らはどこまでも、強く力を合わせることができるのだ。
「「ヤツらを倒す!おまえの力を貸せ!」」
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☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆