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第五章 合わさる力(①開戦)

   第五章 合わさる力


 永遠に脳裏に刻みつけられた、忘れもしない顔。あの日、ジェイセンとモーガンを殺し、リリーを奪った、呪わしい道化師。

 マティアスは、激しい憎しみが身体中を駆け巡るのを感じた。

「おまえは……。」

 眼光で人を殺せる人間がいるとしたら、それはこの時のマティアスだっただろう。明るい青色の瞳は、憎悪をエネルギーとして、すべてを貫くレーザーのような危険な輝きを放っていた。

「さてさて、さてさて?もしかして、どこかでお会いしたことがありますかねぇ?なにせ私たち、七人とも同じ姿形ですからねぇ。アナタが会ったのは他の執行官ということも、あるかもしれませんよ?」

 影の執行官はニタニタと顔に笑みを浮かべつつ、しかしまったく笑っていない眼を細めて、マティアスを見た。

「あぁ……ですがアナタは、どこかで見たことがある気がしますねぇ。」

「質問に応えろ。」マティアスは、炎の剣の切っ先を影の執行官に向けた。白い顔が赤紫色の炎を反射し、より不気味な様相を作り出す。「リリーを……五年前に攫った王女を、どこへやった!」

 影の執行官は、もともと裂けている口の端をさらに吊り上げて笑った。

「あぁ、やはりアナタですか!私の記憶力も捨てたものではありませんねぇ。しかし、アナタのことは死んだと()に報告してしまっているので、いまさら出て来られるのは都合が悪いですねぇ。」

「いいから、質問に応えなさいよ。この気色悪いピエロ。」こんな状況でも直球で毒舌を撃ち込むレイラは、いっそ清々しい。

「さてさて。さてさて……。」影の執行官はレイラを一瞥すると、さらにロキにも眼をやった。「なるほど。魔神(ジン)魔術師(メイジ)、それにオマケが一人、ですか……。」わざとらしく腕を組み、考え込むポーズを取ってブツブツ言い始める。「しかも、ただの魔術師(メイジ)ではなく、あの時の坊やとは……。よく考えるとこれは、()が何を考えているのやら、一考の余地がありそうですねぇ……。」

「おまえ、影の皇帝に対する発言としちゃ、ずいぶん生意気じゃねぇか。反抗期か?」ロキがあざけった。

「いえいえまさか。もちろん我が君のことではありませんよ。あのポッと出の成り上がり者、影の代行者なんて呼ばれている彼のことです。」影の執行官は不愉快そうに言った。「アナタがた、まさか彼の手引きで入ってきたんじゃ、ありませんよねぇ?」

「そんなわけないでしょ!アタシたちはアイツに殺されかけてんのよ。」

「ふぅん……そうですか。」

 影の執行官は、あまり信じてなさそうな声でそう言いつつ、しばらく何か考えていたようだったが、やがてマティアスたちに向き直った。

「まぁいいです。なんにせよ、ここで私がアナタがたを始末してしまえば、何を気にする必要もありませんからねぇ。」そう言うと、影の執行官は指を鳴らした。

 ゴウンゴウン……という重く鈍い音がしたかと思うと、大広間の半分を埋め尽くそうかというゴーレムたちが、一斉に起動し、臨戦体制に入った。影の皇帝の魔力によって土から産み出された灰色の木偶人形。古くから王国を苦しめ続ける、影の軍勢の代名詞だ。

「私のかわいいゴーレムたちも、アナタがたを熱烈に歓迎してくれるみたいですよ?」影の執行官はニヤニヤと笑った。

「アレがかわいいとか、悪趣味の極みね。」レイラは一言言い放つと、弓を構える。

 マティアスは軽く二人に目配せすると、囁いた。

「二人はゴーレムをやってくれ。アイツは僕が——。」

「——いや、それは無理だ。」殺意を漲らせたマティアスを、ロキが遮った。「アイツは俺がやる。おまえはゴーレムだ。」

「なんだって?アイツは僕の師匠と親友を殺したヤツだ。僕がやる。僕が——。」

「——ちんたら議論している時間はねぇ!ここで死にたくなければ、俺の判断を信じろ!それとも何か?おまえは、ここで恨みを晴らすことの方が、妹を救い出すより大事なのか?」

 ロキの言葉に、マティアスは、うっと言葉を詰まらせた。マティアスの脳裏に、ケイレブの最後の言葉が蘇る。

 ——目的を間違えないよう。復讐など、何の意味もないし、死んでいった者たちも望まぬだろう。妹を助け出したら、帰って来い——。

 マティアスは、煮えたぎる怒りを無理やり飲み下すと、影の執行官に向き直った。

「……わかった。」

 影の執行官は、相変わらずニヤニヤしながら彼らを見ていたが、不意にふわりと宙へ浮き上がった。いつの間にか、手元には鈍い輝きを放つ灰色の玉が握られている。風もないのに不気味に蠢くそれは、土の魔力を収束させた力の塊だ。

「お話は終わりましたかねぇ?私にとっては、どなたが相手をしてくださっても構いませんけど……。それに、あぁそうだ。」影の執行官は、ケタケタと笑った。「忘れていました。アナタの質問に、応えていなかったですねぇ。アナタがお探しの寂寥の王女様(プリンセス)は、天文台にいます。せいぜい彼女を助けに行けるよう、頑張るんですねぇ。」

 影の執行官はそう言うと、手に持った灰色の玉を、マティアスたちに投げつけた。

 王宮全体を揺るがすような大爆発とともに、戦いが始まった。


 これは、ちょっとした誤算だ。まさかヤツが、ここまで……。

 俺は、赤紫色の炎の壁を出現させて最初の爆撃を防ぐと、鷲獅子(グリフォン)に姿を変えた。大広間のバカデカいステンドグラスをぶち抜いて、太陽が姿を消したばかりの夜空に舞い上がる。影の執行官は、黒ずくめの燕尾服を猛禽のように広げ、俺の後を追ってきた。

 俺の数千年のキャリアの中で、コイツら影の執行官と戦うのは、もちろん初めてではない。だがそれは、「三水晶の盾」によって影の軍勢の魔力が制限されている時のことで、「三水晶の盾」の影響がない時のコイツらがどれほどの実力か、実はあまりよく知らなかったというのが正直なところだ。

 しかし、いかにも気軽に放ちましたと言いたげな最初の一発でさえ、あの威力。どうやら、あまり甘くみると怪我をするようだ。

「威勢のいいことを言っていたわりに、早々に逃げ出すなんて、あまりに興醒めではありませんかねぇ。」

 ヤツはそう言うと、今度は五、六発の灰色の玉を展開し、一斉に射出してきた。一発であれだけの威力があったなら、この数では王宮の一角が吹っ飛ぶくらいの威力だろう。俺は鷲獅子(グリフォン)の前足を上げると、瞬時に同じだけの数の赤紫色の炎の玉を出現させ、すべての弾丸にぶつけて相殺した。

 ……まぁ、ヤツの実力は想像以上だし、あの小僧の手に余ると思ったのも確かだが、別に百戦錬磨の魔神(ジン)である俺より強そうだとは言ってない。

「おまえらの皇帝陛下は、人材不足もいいところだな。いつまで経っても、おまえらみたいなポンコツの使い回し。そろそろ全員クビにして、新しい部下を入れた方がいいぜ。」俺はそう言うと、鷲獅子(グリフォン)の前足を上げ、軽く捻った。

 影の執行官の周りに赤紫色の炎の輪が現れたかと思うと、急に輪が狭くなり、影の執行官を縛る。炎の輪は両腕を体に括りつけ、影の執行官は直立不動の姿勢から動けなくなった。

「……あぁでも、だからこそ、あの魔術師(メイジ)とエギルを登用したんだな。これでおまえらは見事にお払い箱。ヤツらの使いっ走りに成り下がったってこった。まったく、めでたくて涙が出るなぁ。」気に食わないヤツは徹底的にいびる。それが俺の流儀だ。

 だが、影の執行官は体を縛る炎の輪に息を吹きかけ、何やら呪文を唱えると、まるで炎の輪などないかのように、のびをして腕を回し始めた。一瞬のうちに、炎の輪が緩み、ほどけて消える。

「さてさて、さてさて。正直、がっかりですよ。王宮に乗り込んでくるくらいですから、よほど手練れの魔神(ジン)が来たのかと思ったら、まさかこの程度とはねぇ……。」

「奇遇だな。俺の方も、おまえの本気がその程度なら、ヌルすぎて来るのを渋ってた俺がバカみてぇだと思ってたところだ!」

 お互い言いたいことを言い合うと、戦いは急に激しさを増した。

 彼らは空中を猛スピードで飛び回り、灰色と赤紫色の弾丸をぶつけ合う。弾丸同士のぶつかりは激しい爆発を招き、夜空に花火のような輝きを添えた。

「しかし、いいんですか?早く魔術師(メイジ)のところへ行ってあげないと、ゴーレムに押し潰されて死んでしまいますよ?」影の執行官は、何十発目かわからない炎の弾丸をかわしながら言った。「それに、あの哀れな娘さん。なぜあんな娘さんを連れてきたのか理解に苦しみますが、魔術師(メイジ)でもなんでもないあの娘さんは、あっという間に死んでしまうでしょうねぇ。」そう言ってニタニタと笑いながら、灰色の弾丸を放つ。

「あいにく、俺はあのクソ生意気な小娘について、何の責任も負ってないんでな。」俺は頭を振って、眼にかかった羽毛を落とした。鷲獅子(グリフォン)ってのは、大層な羽毛があるのはいいが、羽毛が抜けて体じゅうに貼り付いても、手で払ったりできないのが悩みどころだ。「この地獄直通ツアーに自分の意思で参加するってんだ。さすがの俺も、バカすぎて言葉も出ねぇよ。」

「なるほど、面白いですねぇ。実に面白い。私としては、さっさとアナタを倒して、あの娘さんにいろいろ話を聞きたくなってきましたよ。」そう言うと、影の執行官は両手を擦り合わせた。

 どうやらコイツは、人間の挙動に興味があるらしい。俺にしてみれば、あんなに矛盾だらけのバカな生き物、まったくもって知りたいとは思わないのだが。

「じゃあせいぜい、頑張れよっ!」

 俺が今日一番の特大の一発を放つと、影の執行官は空中で身を寝かせるようにしてそれをかわし、今度は細く鋭い一発を放ってきた。

 爆撃の応酬が織りなす爆炎と爆風は夜空を掻き回し、止め処なく王宮の外壁を照らし続けた。


「魔神と魔術師」をお読みいただいて、本当にありがとうございます!


もし、「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、【高評価】と【ブックマーク】を、ぜひよろしくお願いします。

(私のモチベーションがものすごく上がって、「よーし、がんばって続きを書くぞ!」という気持ちになれます…!)


貴重なお時間を割いて本作をお読みくださった皆様に、何か楽しいことが起こりますように。

どうぞ今後とも、よろしくお願いします。


☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆

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