第四章 黄昏の王都(①騎士と皇帝)
第四章 黄昏の王都
王都ロスリン。
王国の政治経済の中枢にして、王宮が所在するこの王都が、何千年も昔から、王国の中でもこれほど東の端、影の帝国との国境近くの都市ロスリンに置かれていることには、理由がある。
もともと、初代の魔術師たちが現れるまでは、王都はたびたび王国内を移転していた。むしろ、影の軍勢による侵略に晒されやすい東の都市は、王都として選ばれるのが比較的少なかったと言える。その転機となったのは、初代の魔術師たちが、影の軍勢との戦いにおいて、影の帝国との国境にほど近いこのロスリンを軍事的な拠点としたことだ。そして彼らは、魔神の力で影の軍勢を追い払い、やがて「三水晶の盾」を作り出すと、それを当時のロスリン城の監視塔に設置した。
「三水晶の盾」は、国防の要となる魔法装置だ。魔術師が一人でもいれば起動でき、その力を維持できるとはいえ、その魔術師が死亡するなどの不測の事態があった場合に備え、王国お抱えの魔術師は、全員がロスリンに住まうことになった。もちろんこれには、「三水晶の盾」によって大幅に弱体化されつつも、なお小規模の軍事行動を仕掛けてくる影の軍勢に対して、魔術師たちを最前線で防衛の任に当たらせる、という意味もある。やがて、王国の重臣である魔術師が住まうロスリンには、王族や王国要人も居を構えるのが便利だろうということになり、かつてのロスリン城は王宮に、その監視塔は天文台として改築されることになったのだ。
しかし、王都ロスリンが影の帝国の眼と鼻の先にあることは、五年前、影の帝国による王国侵略を非常に容易なものにしてしまった。影の軍勢は、あっという間に王都を陥落させて王国の基幹機能を麻痺させると、そのまま王国全土を侵略していった。
それだけではない。その後の王国支配においても、影の帝国にほど近い王都ロスリンは、影の皇帝の影響を直接受けることになってしまった。影の皇帝自身の手による断絶結界や遠隔魔法といった魔法が直接王都ロスリンに展開できる距離感であったために、王都は断絶結界に閉ざされ、影の皇帝が遠隔魔法で王都にいる配下に容易に指示を出せる状態が確立してしまったのだ。
これらを考え合わせると、王都をこのロスリンに置くことがはたして王国にとって良策であったのか、一考の余地があるところだった。
そして、その王都ロスリンにいる影の皇帝の配下——影の代行者は、黄昏時の夕日が降り注ぐ中、かつて謁見の間と呼ばれた王宮の一室で、遠隔魔法を投影する大きな鏡の前に跪いていた。
「貴様から余に謁見を求めるとは、希有ではないか。代行者。」氷のように冷たく、恐ろしい声が謁見の間に響いた。
「このたびは、宸襟をお騒がせたてまつり、お詫び申し上げます。」代行者と呼ばれた男、氷刃の騎士は深く頭を垂れた。
「許す。話すが良い。」
「では、お許しを得て申し上げます。」氷刃の騎士は、口以外の一切を動かさず、跪いたまま説明を始めた。「このたび、王宮の『羅針盤』におきまして、魔神と魔術師が契約を結んだ旨、示されましたので、私が捕縛に向か——。」
「——そのことは、余の傀儡から情報を得て既に知っておる。」冷たい声が割って入った。その声に怒りがこもる。「貴様が無様に失敗したということもな。」
影の皇帝は、その魔力によって作り出した影の執行官たちから、常に情報を吸い上げている。今回、『羅針盤』の情報を伝えてきたのは影の執行官だ。そうなると、最初からすべて筒抜けだったということだろう。
「ご期待に沿えず、心よりお詫び申し上げます。」
「仲間に手を抜いてわざと逃したのではあるまいな、代行者。いや……魔術師よ。」
「断じてそのようなことは——。」
「——貴様は理解しておるのであろうな。もし貴様が、少しでも我が帝国を裏切るようなことあらば、あの小娘がどのような眼に遭うか。」
その言葉に、氷刃の騎士は強く歯を食いしばった。全身に怒りが漲り、いますぐにでも眼の前の鏡を破壊したい衝動に駆られる。しかし、氷刃の騎士は自分を抑え込むと、変わりない口調で言った。
「もちろんでございます、陛下。どうか我が忠誠、ご信任賜りますよう。彼らは、必ず私が捕らえてご覧にいれます。」
「二度目の失敗は許されぬと思うが良い……。話が謝罪だけならば、もう退がれ。」
「畏れ多きことながら……。」しかし氷刃の騎士には、まだ本題があった。「本件に関連いたしまして、陛下のお耳に入れさせていただきたい事項がございます。」
「なにか。」
「実は、私がその魔術師と対峙しました際、彼の握っていた刀剣が、かつて王族が使っていたもののように見受けられましてございます。」
「王族の刀剣だと?」影の皇帝の声が、一筋の興味の色を帯びた。「しかし王族はすべて、死んだはずだが。」
「はい。陛下のご寛容をもってご助命を得た王女様を除き、五年前に全員がお亡くなりであると認識しております。」氷刃の騎士は、表現を選びながら言葉を継いだ。「あえて申し上げますれば、あの時、王女様の兄が王都からの逃走を図ったものと記憶しておりますが。」
影の皇帝は、氷刃の騎士の言葉の意味を少し考えているようだったが、やがてゆっくりと言った。
「……あの小僧も死んだ。貴様も余の傀儡から報告を受けておろう。」
「仰せの通りです、陛下。」氷刃の騎士はそう言うと、深く頭を垂れ、その表情を隠した。「然れば、あれは王族の刀剣を手に入れた不届き者であったか、あるいは、畏れ多きことながら、我が不見識による誤解であったやもしれませぬ。陛下のお耳汚しを申し上げ、重ねてお詫び申し上げる次第です。」
「話はそれだけか、代行者。」
「はい。謁見の機会を賜り、感謝の言葉もございません。」
「せいぜい己に与えられた責務に専念するが良い。」
その言葉を最後に、遠隔魔法が解除され、鏡は元に戻った。氷刃の騎士は立ち上がり、謁見の間を後にする。
謁見の間の外では、エギルが帰りを待っていた。
「ご主人様、お帰りなさいませ。」エギルは氷刃の騎士の様子を心配そうに見やった。「お加減が優れないように見えます。今日はもうお休みください。」
「いや、大丈夫だ。」
氷刃の騎士は短く応えたが、頭の中は先ほどの影の皇帝とのやりとりでいっぱいだった。わざわざ謁見を試みる価値はあった。
「それより、ヤツに指示を出してくれ。ゴーレムを集めて、大広間で待機せよと。理由を言う必要はない。影の代行者としての命令だと伝えるんだ。」
「承知いたしました、ご主人様。」エギルが頭を下げると、氷刃の騎士は居室とは反対の方向へ歩き始めた。「どこかへ行かれるのですか、ご主人様?」
「あぁ。どうしても今日中に、行っておきたい場所があるんだ。」
そう言って足速に立ち去る氷刃の騎士の姿に、エギルは言いようのない不安定さを感じ、心配の念を強くするのだった。
……ちょうどその頃、氷刃の騎士とエギルは知る由もないが、氷刃の騎士との会話を終えた影の皇帝は、一つの指示を出していた。
「ジャックスとヘルだ。あやつらを連れてまいれ。」
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☆★☆ 御春 旬菜 ☆★☆