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ゴーレムマスター XD-END  作者: 分体757号
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アナザーエンド OR エピローグ

分岐点よりシミュレートを開始します。

赤く染まった海面から大きく鎌首を上げる黒い海蛇の様な巨獣は、喉を大きく膨らませると圧縮された海水を勢いよく噴射した。

狙う先には宙に浮かぶ黒い革鎧をまとった男。背に飛行のためのバックパックを背負い、頭の上が突き出た奇妙なフルフェイスマスクを被っている。もしアメコミか古い映画が好きな者がその場にいれば『ミサイリア!』と言ったかもしれない。


バックパックから噴射するジェット炎がひときわ強くなり、狙いあやまたず飛んできた高圧水流を眼下に躱すと革鎧の男は持っていた金属の化合弓を引きしぼる。滑車と複雑に接続された弓弦は弓体がきしむほど強い張力を与えた。矢というよりは鉄棒と言った方がしっくりくる鏃には返しがついた凶悪なフォルムの錐形がはまっており、生命を奪い去る意思がありありと窺えた。

音速を越えた破裂音と供に放たれた矢は瞬く間に巨獣の頭蓋にその身を埋める。吹き上がるような血潮と巨獣の苦悶の咆哮。しかし矢はそれが最後の一本であった。

革鎧の男は鋭く舌打ちをすると巨獣を穿ってきた弓を投げ捨て、相棒に剣を射出して貰えるように連絡を取る。


陸の方から射出の爆音が響き、風を切って現れたのは一振りの大太刀であった。刀身は鉈よりもなお厚く、直刃の刃文は武骨さをさらに際立たせた。

男は両手で力強く柄を握ると、ジェット炎を最大にふかし巨獣へと突っ込んでゆく。迎え撃つ巨獣は再び喉を膨らませ高圧水流を一直線に放った。


両者の交差は一瞬だった。高圧水流は男の肩をかすめて上腕の一部をもぎ取り、それでも勢いを弱めぬ男の刃は巨獣の左頸をするりと通り抜けた。

海面に勢いのまま突っ込んだ男があげる水柱が轟音と共にあたりににわか雨を降らせ、頸を半分ほど絶たれのたうつ巨獣の血飛沫と合わさって地獄の光景を作り出す。


のたうつ巨獣が力尽きて海面に浮かぶ中、一艘のモーターボートが戦闘があった海域に白波を立てて走って来る。

船上で舵を操るのはこの場に似つかわしくない清楚なワンピースをまとった磁器の様な白い肌を持つ女と褐色のメイド幼女だった。女は迷うことなく男の元へ舟を向けると、海上に浮かぶ男を回収する。


「お疲れ様ですマスター、危なかったですね。」


「ああ、1号ちゃん、素材と魔石の回収は任せた。弓は・・・回収不能かなあ、気に入ってたのに。」


壊れた右腕をぷらぷらさせながらマスクを外すと、男の顔があらわになった。無精ひげがわずかに伸び、頬に走る傷が精悍な印象を与えているがリュウジであった。森に拠点を構えてから8年の月日が過ぎ、少年のあどけなさはすっかり抜けきって酸いも甘いも噛み分けた大人の男が持つ色香すら漂いはじめている。

壊れた、と評した腕からは血が流れるような事も無く、ただ骨材の魔物の骨と腕を動かすための千切れた腱だけが飛び出ていた。


「今回は危ないところでした、危ない時は賭けに出ないで必ず逃げると約束しましたよね。ひとまず腕を修復しますね、マスター。」


冷えた怒りをあらわにしながらエメスは簡易修復キットで切れた腱をつないでゆく。リュウジは軽い調子でわかったわかったと答え、エメスの視線が冷たくなる。


「マスター、やはり頭もゴーレム化した方が安全なのでは?」


「それは勘弁してくれよ。エメスの言う通り全部ゴーレム化して肉体は小屋に保管した方が安全なんだろうけどさ、なんというか、人間としての自己同一性とか連続性が曖昧になってくるようでやなんだよ。」


何度目の同じやり取りだっただろうか、エメスは下から睨みつけるように見上げると告げた。


「マスターがあの日冒険者たちを森で救えなかった後悔から、自分の手で人を救いたい意思は理解しています。でも当機にとって唯一のかけがえのないマスターをマスター自身の手で危険にさらすような事はあまり許容できません。

もしマスターが寿命以外で亡くなったら、当機は小屋に残ってるマスターの肉体から細胞を培養して新しい肉体を生成し、当機に保存されているマスターの記憶アーカイブを転写して蘇生、当機をママと呼ばせて育成しますからね?」


「うわ、ヤンデレだ。うん?ヤンデレか?」


「その時は1号もママと呼ばせるのです。」


ボートに巨獣を括り付け終わった分体1号も参戦した。リュウジは勘弁してくれと思いつつもボートを発進させる。

思い出すのはラッキー・チャンを探索に出したあの日、助け切れずに死んでいった4人の若者。自分が決断できなかったために失われた修道服の少女の命。・・・リュウジは生き物を丸ごと分体化することを禁じた今でも、死に瀕した人間を生かすために分体化する事ができずにいる。

それは人間がもつ倫理や感傷なのだろうか、心の弱さなのだろうか。リュウジの中で答えは得られてていない。

あの日メフィは言った。「まともな手段ではかけだしの戦士として武器の扱いを覚える事すらできません。」と。だからリュウジは自分の首から下をゴーレム化して誰かを救うために戦える力を得ようとマトモではない手段を取ったのだ。その選択に後悔はないし、実際多くの人を救っている。

巨獣から流れる命の水がボートの後ろに赤い道を作り、大洋の彼方まで続いていった。リュウジの辿る戦いと血の日々を暗示するかのように。


陸にはハラハラしながらリュウジの戦いを眺めていた村人の一団が居た。高名な冒険者や狩人が挑んでは海の藻屑に消え、いつしかこの海域の荒神として恐れられていた大海蛇。人々は漁に出るたび出くわさない事を祈り、出会えばすぐに腹の中。多くの命が失われた。

多くの若者は村を捨て新たな土地を探して旅立ち、残ったのは旅立つ事ができない老人子供と弱い親族を捨てられなかった心優しき者のみ。リュウジが村のうわさを聞きつけ訪れたときには「また無謀な者が命を捨てにやって来た。」と皆が思い、多くの者が戦いになど往かぬよう引き止めた。

しかし荒神とまで恐れられた巨獣は息絶え、若者は報酬も求めぬまま去って行った。老人たちは新たにこの村に生まれくる子供に伝承として語り継いだ。神が遣わした奇妙な兜を着けて宙を舞うの若者の話を。





『ゴーレムマスター・LEGEND-END』


シミュレート・エンド。






屋敷の地下にはリュウジに秘密にしているエメスだけのラボがある。エメスは手の中で浮かべていた惑星のホログラムを消すとつぶやいた。


「当機が干渉できる地点から何度やってもマスターがGODになりませんね。分岐点は3日目で間違いないはずなのですが。

そこを過ぎると全て当機がGODになる結末のみです。マスターに至ってはDEADからMADまで良い結果に繋がりませんでしたし。やはり最初の選択でゴーレムマスターなどと器に見合わぬ才能を得た事が問題なのでしょうか。」


今日も朝から少女のけたたましい声が聞こえてくる。最近街に住み着いた門番エルフの娘が父を村に連れ帰るために迷惑もかえりみずやって来たのだ。


「リュウジィー!今日こそパパをエルフの里へ返してもらうわよ!」


「だからリル、僕は奴隷商から助けてもらった恩を返すためにあと10年はここで働くつもりだってば。」


「パパは黙ってて。そもそもパパをさらったのも人間族じゃない!リュウジ、魔法の的当てで勝負よ!私が勝ったらパパを連れて帰るからね!」


「ええーっ、ヤダよ。おれ1週間前に風魔法習ったばっかりだぞ。なぜかすぐに基礎は覚えたけど。」


またいつものようにエルフの少女がリュウジにパパを返せと突っかかり、勝負を持ちかけたようだ。リュウジが勝てば少女は捨て台詞を残して去り、負ければ父親にたしなめられて不貞腐れて帰る。


「ふふーん、逃げるの?できないの?だっさぁー。」


「できらぁ!でもハンデはください。」


「仕方ないわね、アンタの師匠のイチゴーちゃんと交代で撃っていいわ。」


「ごごごごご・・・愚かなエルフよ、この1号を勝負に巻き込もうなど笑止戦犯!ケチョンケチョンにして泣かせてやるのです!影武者、書き物ばっかりしてないで審判を頼むのですよ!」


「1号ちゃん、戦犯じゃなく千万だと思うよ。」


屋敷のにぎやかさとリュウジの楽しそうな声にエメスは微笑みを浮かべて、しばらくはこの結末のままでもいいかと今日のシミュレートを閉じた。



影武者と呼ばれた壮年の男を模した分体は、たった今書き終えた本を綴じると大切に本棚にしまい込んだ。


『ゴーレムマスター・AFTERWORD-END』


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