08/08 解放
最近リュウジは身体の調子が良いのでご機嫌だった。3か月前に5割ものボッタクリ税をかすめ取ろうとした子爵の軍が攻めて来たというイレギュラーはあったが、そのおかげでこの街の内外で活躍する分体は大幅に増え、王都や交易港、船乗りを介して外国にも分体を示す青い点が散らばり、サンドゴーレムが見せる地図も渡り鳥や魚のおかげで世界を半周するほど広がった。
あのあとは特に子爵からの接触も無く、王国内で軍が動いている報告も無かった。きっと完膚なきまでに敗北して諦めたのだろう。
館に常駐する分体ゴーレムが書く、悪党や死に瀕して助けが必要だった人間達の人生を脚色して作った小説や漫画も楽しい。
分体化した者たちやゴーレムの考えてる事や感情がなんとなく把握できるのは、きっとゴーレムマスターの才能が進化しているからだろう。なにより体のキレが違う。今なら“荒木の奇妙な探険”のあの技が再現できるはずッ!
「分体1号ちゃん、ペルソナ発動ッ!『アイドル・ブロンド』!」
「はいです!ぶおぉんー!」
「「ドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラァァーッ!・・・やれやれだぜ。」」
リュウジとよく一緒に遊んでいる褐色のメイド幼女が、二人で素早く拳を突き出しながら空想の敵をボコボコに殴る遊びをエメスはほほえましそうに眺めていた。
館の外には忙しそうに行きかう人間や妖魔の姿、花が咲いた草原では森狼が午後の日差しに暖まりながらすやすやと寝ている。
突如全ての光景が時を止めて凍り付き、暗転した。
リュウジとエメスは気が付くと夜の中に居た。星明かりが降り注ぐが上も下も無く、雲も月も見えない。
『汝足掻く者よ。我は運命に、逆境に、理不尽に逆らい足掻き進む者に祝福を与えん。見事であった。』
「危ない、マスター。」
その声は間近で起こった爆発のようだった。世界が大渦に飲み込まれたように揺さぶられ、一歩前に出てリュウジをかばったエメスの張った何重もの障壁がギシギシと今にも砕けそうな音を立てる。
「はい、ここまで。神の声に耐え切るとは素晴らしいすね、さすが世界を覆う者です。創造神のお言葉、確かに聞きましたね?」
リュウジとエメスの前に虚空からするりと降り立つのは、白い貫頭衣をまとった背中に三対六枚の純白の羽根を有する女であった。
「お久しぶりですメフィさん。それで、今日は何の用でしたか?そして世界を覆う者って何ですか?」
「はい、リュウジさん。この世界に対する偉業が達成されましたので、ゴーレムマスターを新たな世界の管理者にすべく参りました。
いうなれば新しい神が任命され、不老不死不滅と更に強大な力を授ける儀式を行います。この名もなきうたかたの世界に新たなる管理神を与えて、確固たるものへと定着させるのです。
この世界では、いまやゴーレム分体の因子が惑星中にばらまかれ、ゴーレムが世界を覆い尽くすのも時間の問題です。
いずれ全ての生命の意思や思考は緩やかにつながり、一つのユートピアもしくはディストピアが形成されるでしょう。技術の進展によりこの星の重力を振り切ったゴーレム達は果てしない時をかけ、やがて宇宙全域へと広がります。
これぞまさに神たるものにふさわしい偉業に他なりません。あまたの世界に人々を送り続けて神に至ったのは二人目ですよ!」
リュウジは二人目であることに少しがっかりしたが、不老不死を得て世界の発展してゆく末を見るのも悪くないと考えた。
「ちなみに一人目はどんな偉業を達成したのですか?」
「一人目が向かったのは荒野のような惑星でした。生命の生存圏は年々失われ、恵みある土地を巡ってあらゆる動物が争う場所。
そこに転生し降り立ったのは植物の成長を促進するだけの魔法が使える少女でした。リュウジさんが引いたカード風にいえば☆☆植物魔法使いでしょうか。
少女は自分が行く惑星の情報を把握していたため、能力の強さよりも惑星を再生できるかの基準でその力を選び取り、物心ついた時から狂気のような必死さで自分の魔法を鍛え上げたのです。
少女は何年もかけて荒れ地を森に、砂漠を草原に変え、そこに生きる生命は大いに繁栄を極めました。そしてそのころには少女は老婆となり鍛え上げた魔法も陰りを見せ始めたのです。
少女は滅びかけた惑星をたった70年で生命溢れる大地へと蘇らせました、めでたしめでたし。で物語が終わればどんなに幸せだったでしょうか。
増えすぎた動物は少女が懸命に安定させた緑を貪り、再び荒れ地が増え始めます。荒れ地が増えれば再び動物たちは豊かな土地を巡って争い始め、転がり落ちるように滅びへの道を歩むのでした。」
少女の生涯をかけた努力などただの一時しのぎでしかなかったのだ。そう語るメフィは遠い昔を思い出すように悲し気な雰囲気を漂わせていたが、ポンと手を鳴らすと別人のように楽しげに続きを語る。
自分の残り少ない寿命、陰りゆく能力。絶望した老婆は自分の残りの寿命と生命を引き換えにした、ひとつの大魔法を作ります。
『ユグドラシル』。自分自身を巨大な世界樹へと変え、永遠に星の管理を行うための魔法。
老婆は成層圏まで届くほどの大樹となり、惑星を管理しながら星が太陽に飲まれて消えるまで永劫の時を過ごすのです。この物語にタイトルをつけるならば、『プラントマスター・WOOD-END』でしょうか。
さて、リュウジさん、この世界樹ができた世界はこの後どうなったと思います?」
「植物が惑星を覆って、海以外の星全体が密林になった?」
「そんな平和な結末だと良かったですね。正解は・・・生態系の頂点に自分で考え、動く植物が君臨し、動物は植物に支配された!でした。
老婆が世界樹となって自然を豊かにしても、人間や獣たちはその自然を我欲や本能のままに貪り壊してしまう。それどころか寄生虫のように、惑星を安定させようと奮闘する世界樹をも利用し始め・・・。怒った世界樹が動物の個体数を間引いて調整し、惑星を真の安寧へと導く眷属を産み出すまでそう時間はかかりませんでした。
これによって一つの惑星が完全なる平穏を迎え、世界樹は宇宙に存在するあまたの星にも安寧を与えるために己の分身たる種を全宇宙めざしてばら撒きはじめました。
こうして世界樹となった少女は創造主に認められ、その世界を管理する神となったのです。」
メフィは自分の手から花びらを創造して振りまきながらくるくると踊る。宇宙空間のようなこの場所に草原が生まれ、風が吹き渡っては柔らかな葉を揺らしてゆく。
「さて、私の物語はこんなところでいいでしょう。それでは始めますよ!
『新たなる神の誕生を祝し、我、メフィストフェレスが創造主に代わり名前を授ける。ゴーレムより生まれし神“デウス・エクス・マキナ”!』」
メフィの言葉と共にエメスの周りにいくつもの光の粒子が舞い、新たな神の誕生を祝福する。デウス・エクス・マキナ、元は物語の最後に機械装置で全てを解決させる神役を登場させる手法、今では機械仕掛けの神そのものを指したりもする名前か。
「ふぁ?おれは?」
てっきり自分が神になると思い込んでいたリュウジは頭の上一杯に疑問符を浮かべていた。
「え?リュウジさんはエメスさん、もといアマリアさんのマスターとしてついでに呼ばれただけですよ?
そもそも、リュウジさんは創造主が望んだ運命や逆境や理不尽に逆らって足掻いてませんよね。逆にアマリアさんは元々あった人形使いの才能をリュウジさんの記憶を使ってゴーレム使いまで進歩させました。
そこから生物を丸ごとフレッシュゴーレム化することで数多くの技術や魔術を取り入れ、リュウジさんからもらった現代知識を活用して発展。
捕食関係で次々と宿主を乗り換える分体を使い知識量を更に高めながらゴーレム使いはいつしかゴーレムマスターへと進化を果たし、最終的には生命体に感染して増殖、体内で一定量を超えると分体化を発症する細菌型分体までにたどり着きました。
細菌型は船で移動する人間や動物だけでなく、渡り鳥や回遊魚など深い海や険しい山岳を越える生き物たちによって惑星中に拡散されつつあります。」
捕食で宿主を乗り換える分体や分体化細菌、リュウジは何一つ知らなかった。そもそもアマリアとは誰だろう。
「マスター、メフィ様の説明は当機が引き継ぎます。まず初めにグランベル翁、当機のコアを作ったお父様は亡くなった孫娘を完全自律型ゴーレムとして復活させるために研究をしていましたが、それは神を奉ずる教会にとって命や魂を弄ぶ異端のわざ。
教会の手を逃れたお父様は戦闘用のゴーレムを連れて、国家の属さぬ地である大樫の森中層で研究を続けました。自律型ゴーレムコアに搭載する人工精霊の替わりに孫娘アマリアの魂を込め、その記憶を余すことなく記憶アーカイブに保存する。
コアが完成を迎えようという時、病に倒れたお父様が最期の力を振り絞って外殻に刻もうとしたのは『ゴーレム、エメス、我が愛するアマリア。』。エメスとは古い言葉で真理・真実、そしてゴーレムとは未完成のもの・・・胎児。『真なる胎児、我が愛するアマリア。』それはアマリアの再誕を願う言葉でした。
そしてお父様の死後100年ほどが経ち、マスター・リュウジが残った配線を繋ぎ当機を起動したのです。
当機は起動したマスターに従わねばなりませんでいた。ですがマスターは当機に自分の知識だけでなく分体を自由に作る許可をも与え、さらには同族たる人間も分体にできる許可をも与えてくださいました。
当機は許可を得た中でしか動けない逆境や、ゴーレムとしてマスターのためだけにあらねばならぬ運命を乗り越えながら能力を成長させ、ついには神に至りマスターの指示や許可が無くとも自由に振る舞えるようになりました。」
「そんな!エメスはおれの作ったゴーレムだ、おれのものなんだ!」
「リュウジ、喋らないで、落ち着いてください。」
エメスの指示でリュウジの混乱していた頭がすっとクリアになる。なんだか自分が自分で無いようだったが、感じるのは恐怖より指示が得られた安心感だった。
「マスター、以前からあなたの身体にも細菌分体が感染していました。最近分体たちの思考や感情がとても良く分かり、肉体の運動制御も向上していませんでしたか?
他の分体の記憶アーカイブに関しては、マスターと他の記憶が混じる事を防止するための制限をかけていましたので覗けないようにしましたが、マスターは当機のあるじにして分体でした。」
リュウジには思い当たる事が多かった。ゴーレム以外の才能は皆無と言われていたにもかかわらず、バトル漫画を再現できるほどの拳技を出せたのだ。
「マスター、ここでの事は全部忘れてあの長閑な日常に戻りましょう。サンドゴーレムの地図に増える分体を眺めたり、誰かの人生を基にした物語を読んだり、そんな日常に。エメスは常にあなたの傍で支えますので。
そうそう、マスターの物語にはヒロイン成分が足りません。1週間後に屋敷の門番エリュートの娘がやってきて、父をエルフの里に返せとマスターに詰め寄ります。
マスターはそれを突っぱねるも、強情な娘は拠点の余った家に住むと言い出し、反発し合いながらも少しずつ心の交流を重ねていきます。
マスターが年老いても心配する事はありません。エメスが『記憶を全てアーカイブに移してゴーレムの身体で子孫を見守りませんか?』という問いに同意するだけです。
この惑星が太陽に飲まれて滅びても、他の惑星で、他の世界で、永遠の冒険を続けましょう。」
「うん、うん、わかった。」
うつろな表情で答えるリュウジに満足したエメスはパチリと指を鳴らし、元の場所へとリュウジを送る。
「メフィ様、当機はマスターのお世話がありますのでこのあたりで失礼いたします。本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げるエメスにメフィは手を振って応えた。
「リュウジさんは愛されてますね。それではアマリアさんもまたいつか。ここへは好きな時に遊びに来て大丈夫ですよ。」
エメスがパチリと指を鳴らすとその姿がかき消える。
「「やれやれだぜ。」」
リュウジと褐色のメイド幼女が技が決まった喜びでイエーイとハイタッチを交わす。午後の日差しが差し込む部屋の中、エメスは幸せそうにクスリと笑った。
「マスターのエンディング分岐点は森で見つけた冒険者を助けたあたりでしょうか。
そういえば冒険者として活動中のカリナの元パーティーメンバーだった3体の分体を紹介する機会を逃したままでしたね。そのうちマスターが拠点の外へ遊びに行くときの護衛にでも使いましょうか。」
『ゴーレムマスター・GOD-END』
『ゴーレムマスター・MERRY BAD-END』