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ゴーレムマスター XD-END  作者: 分体757号
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06/08 接触


モルテン領を差配する子爵で、30代半ばになり少し白髪が気になりだしたエドガー・モルテンは、決算や文官の要望書の積み重なる執務室で執行官の報告を聞いていた。


「闇組織の拠点の可能性もある大規模な開拓村だと?」


「はっ、近隣の村の樵、猟師から森の奥へ向かう複数の集団や物資を積んだ馬車を目撃したとの報告が上がっています。

商人が森の中に物資を積んだ馬車を移動させるのに不信感を覚えた猟師が後をつけると、森の端から歩いて一日ほどの距離に農地が広がっていたとのこと。農地の先は人影が多かったため未確認となっております。

その他、闇組織の幹部数名が森の方に向かったという報告が密偵から上がっています。」


エドガーは胃痛を抑えるように顔をしかめた。ここ数カ月スラムの治安や闇組織の活動が沈静化して来たかと思えば新たな問題が浮上する。

むしろ闇組織がスラムの食い詰めた人間を使って違法薬物を栽培する農園でも作っているのではないだろうか。このところやつらの活動がおとなしかったのもその準備のためだろうかと考えると、胃だけではなく頭も痛み出す。

もし大規模な闇組織の薬物農園でもできていれば、周辺諸侯から責任問題を追及されかねない。それどころか王都にそんな話が飛べば今の地位さえ失墜しかねないのだ。

モルテン領はただでさえ交通の中継地として栄えた地、エドガーを蹴落としてその地位に就きたい者は敵対派閥のみならず親類身内ですら多い。


「まずは調査を。密偵と騎士2名、従士4名、もしその開拓村がスラムの有志などによるまともな物だった場合に備え、交渉役として文官1名を同行せよ。

まずは密偵を送り込み、情報を得るのだ。まともな開拓村で交渉が可能な場合、そのまま騎士と従士、文官を駐留させよ。

開拓村存続の条件は5年間免税をする以外他の村と同様で構わぬ。村の建設にあたって損益があるなら低利での貸し付けも許可しよう。

交渉が不能もしくは危険がある場合は速やかに引き上げ、領都に最低限の守りを残して全力で叩く。戦闘に備え、領都の騎士には即応体制を整えさせろ。

開拓村程度の存在でも時間を与えれば防備を固め無用な犠牲を出しかねん。」


敵に準備する時間があれば騎馬の突撃に備えて逆茂木や木柵、土魔法使いが居れば土塁や落し穴を時間をかけずに作れる。この世界のいくさでも兵は神速を尊ぶのだ。

さりとて領都の守りをおろそかにして最初から全軍を開拓村ごときに差し向けるのもはばかられる。


「はっ、了解しました。なるべく威圧感を与えぬよう騎士エドガーと騎士ベリック、文官はヘルマがよろしいかと。」


「ほう、熟練のエドガーと若手のベリックか、いい選択だ。文官のヘルマ老は忙しいのではないか?」


「開拓村の交渉など先代様の時にしかありませんでしたので、その時にうまくまとめてくれたヘルマが適任かと。ヘルマであれば魔法による自衛もできますので。」





エドガーは老境にさしかかったヘルマの体調と多忙さを案じたが、他にこれといって推すべき文官もいなかったのでしぶしぶ承認した。

調査及び交渉の一団は領都から1日かけて開拓村が有ると思しき森の近傍、主に林業を生業とする村に辿り着き、調査を開始した。

意気込んで樵や猟師に話を聞く一行であったが、村での調査自体は早々に終わってしまった。

というのも、隠す気が無いのか森の奥に伸びる馬車道と人の足跡がはっきりと残っていたのである。

樵や猟師たちは森の深くまで移動できるほどの戦闘能力が無いため、道の先の事はまったく知らなかったが、荷を満載にした馬車は何日かに一度通るという。

通常なら野生生物や魔獣のみならず、ゴブリンやコボルドなどの種が縄張りとしている森の奥に村を拓くというのは、だいぶ酔狂を通り越して無謀。狂気の沙汰だ。

その場所に他には代えがたい鉱脈やダンジョンなどの資源がある、もしくは後ろめたいものを隠したいのだろう。その割に隠蔽はお粗末だが。

隣国が森の中に拠点を作りながらこちらに戦争を仕掛けるつもりか、とも考えたが、大樫の森は広大で深部を越えるのは危険を伴い割に合わない。何より隣国との関係は森を挟んで反対側にあるというだけで、交流も余り無いしお互いに無関心、といったところだろう。


早朝に林業の村を出た一行が問題の開拓村らしき場所に着いたのはそろそろ陽が傾きかけた時刻であった。

切り開かれた森の中に広大な農地と農夫が住むらしき小屋が点在し、鍬を持ったゴブリンが若い人間と共に小道を歩いている。遠くのわずかに高いなだらかな丘のあたりにはレンガと赤瓦で彩られた家々が並び、もはや村などという規模ではない。


「なん・・・だこれは。いつの間にこのような街が!」


文官のヘルマが声を詰まらせたのも無理はない。森の奥で原始的な生活を営み、強い縄張り意識を持つゴブリンが人間と一緒に畑を耕すなど前代未聞だし、はるか向こうで子供が撫でているのは森狼、森林の冷酷なハンターにして猛獣だ。


「進むぞ、気は抜くな。住民らしき者にはゴブリンであろうと敵対的な態度を取ってはならん。密偵はもしもに備えて領都に戻り、最大限の兵を招集せよ。我らが戻らなければすぐさまこの地を制圧するよう子爵様に告げるのだ。」


ヘルマ老はそう指示を飛ばすと、冷や汗をぬぐいつつ街へと続く小道を進んだ。街の規模の割には住民の数は少ない。建物は立派だったが生活感のない物が多く、使われた木々やレンガはすべて真新しい。懸念していた違法薬物を育てている様子もなく、小麦やキャベツなどごくごく一般的な作物が畑に並んでいた。

奇妙な事にそこに住まう住民も多種多様、農地で見かけたゴブリンのみならず、縄張りを巡ってぶつかる事も多いコボルドやオークまでもが同じ場所で暮らしている。

そしてなによりよそ者であるヘルマ老一行が通りを歩いているのに注意を向ける者が子供以外居ない。魔獣が出没する森の中だというのに衛兵すら見当たらない・・・通りを我が物顔で闊歩していた狂乱熊が衛兵の替わりなのだろうか。


「強力なテイマーかサモナー、いや違うな。テイマーを極めたとされる伝説上の人物ですら大型の魔物を5体操れば自身は身動きすら取れぬほどに精神力を削られるのだ。低位から中位の魔獣だとしてもこの数は有り得ぬ。

召喚し続けるのに魔力を削られるサモナーはなお有り得ぬ。」


あれこれと考えを巡らせながら進む七人は何の妨害も無くすんなりと大通りの先、最も大きな館に辿り着いた。館は何かと戦う事を想定しているのだろう水堀が巡らされ、石積みの塀がぐるりと囲う。

二階建ての館は灰色のタイルの壁で物見の高い尖塔を供え、武骨な感じが否めないが子爵様の居城よりも広く、さらに増築中なのか木を打つ音や石を積む音が聞こえている。

館の正門にかかる石橋に近付くと、門番らしいエルフ族の男が近付いてきた。門番にも関わらず剣も弓も帯びず、エル字型の木の棒を腰に吊るしリュートを背負った姿はどう見ても非武装の吟遊詩人だ。この館の主人は門を守る気があるのだろうかとある意味心配になる。


「当館に何かご用でしょうか?」


警戒した素振りも無く話しかけてくるエルフに毒気を抜かれながらも、ヘルマは館の主に会いたい旨を告げた。


「遠いところお疲れになったでしょう、応接室にご案内しますのでこちらへどうぞ。」


門扉に付いた来客を知らせるベルをリンリン鳴らしたエルフは、館を案内すると門番の仕事も放棄して応接室でお茶を淹れ始める。毒物など混ぜ物があるのではと警戒した茶の香りはモルテンバーグで売られている少しお高めの物であった。

淹れたてのお茶が湯気を立てる中、ドアがノックされて部屋に入って来たのは白髪交じりで茶褐色の瞳が特徴的な壮年の男と茶褐色の肌の幼いメイドであった。

壮年の男は襟にフリルの付いた仕立ての良い服をまとい、この街の創始者でリュウジと名乗った。いかにも貴族のような品のある立ち居振る舞いだったが、長年王侯貴族と関わって来たヘルマの記憶にこのような男は居ない。ここまでの拠点を用意できる大商人や富豪の中にもこんな顔は居なかったはずだ。


「して、ヘルマ殿、本日はどのような目的でこちらに来られたのですかな?」


「我があるじ、エドガー・モルテン子爵よりこの開拓村を正式にモルテン領と認め、魔獣や野盗の脅威に対し騎士を駐屯させることで民を安堵せしめるよう指示を受けております。」


壮年の男は少し考え込むような素振りを見せると、ゆっくりと言葉を綴った。


「騎士団はいかほどの数駐屯し、我々はその方々にいかほどの財貨をお支払いすればよろしいのですかな?」


「正直な話、我々もここまでの規模の開拓地を想定しておらず、ひとまずは後ろに控えております騎士2名に従士4名を充てようとしておりました。しかしこの広さの土地ですと全くもって足りますまい。ゆくゆくは騎士6名と従士12名、徴募し訓練を積ませた衛士を20名ほどでこの地の安寧を守らせたいと考えております。

税に関しましては領法に則り5割とし、徴税権をリュウジ殿に付与。4割をモルテン領、1割を街長たるリュウジ殿のものとします。

この税は新規開拓の労を認め、今年より5年間免税と致します。」


ヘルマの耳に屋敷のどこかで「ゴコウゴミン!」などと謎の言葉を叫ぶ若い男の声が聞こえた気がしたが、深く考え込む壮年の男の様子にこれは脈があるのではないかと思い始めた。そんな矢先、男は静かに語りはじめる。


「ヘルマ殿も異な事をおっしゃる。大樫の森浅層は確かにモルテン領であるが、中層にあるこの場所はもとより開拓不能な土地としてどこの国家にも属さぬ地。

子爵殿はそこを開拓した我等の苦心をないがしろにし、利権だけを横からかすめ取ろうというおつもりか?

更に言うなら、ここに集う我らは子供を除くほぼ全員が何かしらの戦うすべを身に着けている。騎士や従士の助力が必要であった事など一度たりともありませぬ。

領内の治安に関しても、多種族の深い相互理解が進んでおり何も問題ありませんな。むしろ領内に異物たる騎士や衛士が留まる事で起きる新たな問題の方が多いかと思われます。そこに並んでおられる騎士や従士の方々は文明化されたゴブリン族についてどれだけの知識がお有りですかな?」


優雅に茶を啜る壮年の男を前に、ゴブリンなどただの蛮族であろうと言いたげに身を乗り出す若い騎士を熟年の騎士が抑える。


「そして最後に、各自の裁量の元での労役はあるものの、この地では税を取った事など一度たりともありませぬ。

必要だと思った者が道を敷き、狩りに行っては畑を耕し、この館や防壁を作り上げました。もちろん某の意見で決まる事もありますが、皆喜んで協力し合い、得られた富は皆で等しく分配しております。

突然税を取り上げて必要のない騎士団を駐屯させる。そのような暴挙に出れば反発を招かぬはずなど有りえますまい。」


ヘルマには理解できない事だった。誰だって自分を優先したいし、他の者より良い暮らしを送りたい、優位に立ちたい、富が有れば独占したい。

それを全て等しく分け合う?強欲に不正をする者や怠ける者が居ればすぐに破綻する愚策ではないか。この街はあきらかにおかしい、まるで邪教が提唱する善人しかいない楽園の世界をそのまま実現したようなおかしさだ。

ヘルマの決断は早かった。「もう一度子爵様に図ってみる所存です。」とその場を辞去すると、馬を潰しながら領都を目指した。

あのようなものがあってはならない。あの地にはびこる思想は近隣全てを蝕む毒だ。いずれは破綻するだろうが、それまでにどれほどの人間が毒に侵され有り得ない理想の楽園を追い求めて我らに牙をむくのか。

すぐさま全力を持って滅ぼし尽さねばならない。幸いなことにやつ等は警戒もせずに我々を迎い入れ、やつ等の持つ戦力や地理を明かした。子爵家の動かせる全軍をもってすれば焼き尽くせるだろう。





エドガーは泡を吹きながら疾駆し屋敷に飛び込んできたヘルマ一行の報告を聞きながら眉間の皺を深めていた。どう考えても邪教の街。しかも大樫の森中層にを拠点にできる戦力を持った存在。蛮族を文明化させて共存する意味が解らぬ社会。

その毒のような教えが広まれば君主や国の有り方が崩壊し、後に残るのは日々の糧を得るために汗することも考えることもしなくなった怠惰な民達と、民からあらん限りの財を吸い取り肥え太った権力者となろう。


「全力を持って一人残らず邪教徒を殲滅せよ。最低限の守りを残して進軍、指揮はゲルハルト騎士団長に委ねる。敵に準備する時間を与えるな、オクスト村で集合したのち森に入れ。

食料や水は軍備金と引き換えに森近傍の村から徴発せよ。多少高く買っても構わん。」


指示に従いきびきびと動く配下に、エドガーは邪教の街を焼き払った後の事を考えていた。今回の損失をいかにして埋め合わせるか、子爵の苦労は続きそうだ。



「あらあら、お客様ですね。

交渉役の文官さんは優秀ですね、この街と同じようなやり方をした場合の理想と現実、そして毒となる部分がすぐさま理解できたようです。

私財が無い社会は全員が幸福で富める者なのか、それとも等しく不幸で貧しい者なのか。そして共有の財産は私心のない者が厳密に管理分配できるのか。考えても課題は尽きませんね。

この拠点はマスターを除きどんなに努力しても怠けても同じ対価しか得られない究極の平等社会で、全ての者がコミュニティを維持するための最大限の努力をしている場所。はたから見れば当機でもおかしな宗教に洗脳されているのかと考えますもの。

それでは次に来るお客様にはびっくり箱を用意させていただきましょうか。」


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