04/08 増強
ラッキー・チャンを探索に出した翌朝、リュウジが起床して顔を洗いに出ると庭には前足を欠損した狼が一頭と腕の無いゴブリン、背中に毛皮や素材を蔦で縛って背負った鹿がたむろしていた。
「エメス、庭のあれは何だ?」
「はい、マスター。昨日から今朝にかけて分体を取り付けたフレッシュゴーレムです。狼の分体8号はラッキー・チャンとの交戦時に前足を激しく欠損したた修復のためこちらに戻しました。
分体12号ゴブリンは東に位置するゴブリン集落の狩猟団の一員です。狩りのために群れで居たものを強襲、分体化しました。その個体はもとより左腕と右手指が欠損していたため修復が必要と判断されました。
分体6号の剣角鹿♀は探索中に狩り、素材と食肉にする予定でしたが昨日はウサギが手に入りましたので荷運び役としました。」
「12号?待て待て、今分体は何号までいるんだ?」
昨日探索へと解き放ったばかりだというのに数がだいぶ増えていた事に驚きを隠せないリュウジはエメスに向き直るが、エメスはなんでも無い事のようにまずは朝食に致しましょう、説明には下準備が必要ですので、と返した。
すりおろした野生の芋から取ったデンプンで焼いた薄パンのようなものを朝食で食べたリュウジは、エメスに招かれるままに昨日紙を広げて地図を描いていた作業机の前に立った。
広い作業机の上には地図も無く、赤、青、緑、茶と各種色分けされた砂とゴーレムのコアが置かれている。
「サンドゴーレム、起動。」
エメスが短く命令すると色とりどりの砂が机一杯に広がり、凹凸を付けてジオラマのように地形を描いてゆく。
「デフォルメされていますが青いフィギュアが現在32体の分体位置です。こちらの村に向けて探索しながら移動しているのがラッキー・チャン、北の山岳を目指している狼の一団は規模を拡大しながら鉱脈等の探索を行う予定です。
南の森林探索を行う狼とゴブリンの混成部隊ですが、今朝大型の狂乱熊と交戦しうち1体が修復不能まで破損。劣化分体コアが無事だったため、現在熊のボディに乗り換え中です。
東に向かったゴブリン狩猟団ですが、野生動物を狩りつつ間もなく集落へ到達します。デフォルトの行動では集落に溶け込みつつゴブリンを暗殺、全て分体とする予定ですが方針の変更はございますか?」
「この赤い人形が推定された敵の戦力だろ?集落に入ろうとした時点でばれたりしないのか?狩猟団よりだいぶ多いぞ?」
「素材丸ごとフレッシュゴーレム化した分体の脳内電気信号から得られた記憶はアーカイブとして蓄積されます。
分体化前の記憶も各個体の脳に残っていますので、本体からの命令が無ければ以前と同じように行動しますし、首の後ろにある小さな傷と交戦時に付いた傷以外は見た目も変わりませんので高位の魔術師による精密探査でも行わなければ発見はほぼできません。
そのうえ蓄積された記憶は各分体が参照できますので、パワーやスピードの差はありますが分体化ゴブリン全てがブルック・リンの動き、狩猟団に居た弓上手の射撃、マスターの読んだ歴史や戦記の戦術まで使えますので、例え正面から戦いを挑んだとしてもそうそう負けることはありません。」
この世界でゴブリンは妖魔に分類される魔石を持つ亜人の一種で、特に他人種と種族的に敵対しているわけではない。
石器や土器を作って狩猟と採集を行う原始的な生活を営み、テリトリーに侵入した他種族を襲ったり追い払う行動をとるが、コミュニケーションさえ取れれば氏族によっては交流も可能である。
しかしリュウジにとってゴブリンは倒すべき敵、婦女子をさらってあれこれする種族という前の世界からの考えが抜けきらず、また戦力増強のためにも取り込みを決断した。
地図上では茶と緑の砂で作られた地形の上を動く青い人形の周囲に新たな地形が形成され、その範囲をじわじわと広げてゆく。
時に赤い人形と交戦して取り込みながら地図を埋めていく過程は、なんだか戦場の霧が設定されている戦略シミュレーションのようだと感じた。
リュウジが地図を眺めながら徐々に増えてゆく地形と青い人形を楽しんでいると、エメスから鋭い声が飛んだ。
「ラッキー・チャンが森の浅層で交戦中の冒険者らしき第三勢力を発見しました。軽戦士、1名重症、1名死亡。魔術師、死亡。僧侶、負傷。
交戦相手は狂乱熊です。付近の森狼を招集しつつ救助しますか?」
砂の地図がラッキー・チャンを中心として拡大し、盾ごと腕を折られながら熊に剣を向ける戦士や倒れ伏して動かない魔術師、自身の服を血に染めながらも軽戦士を回復しようと祈る修道服をまとった少女を映し出す。
『カリナ、俺はもういいから逃げろ。このままじゃ全滅だ。』
『嫌っ、アランや仲間を捨てて逃げるなんてできない!』
『ショーンもマイトももう死んでる。俺もこの足じゃあ逃げ切れない、せめてお前だけでも逃げるんだ。』
軽戦士の足は爪でえぐられたのかざっくりと傷ついている。手を貸さなければ、まずはこの少年が死ぬことは確実だろう。
「はやく救援を!」
リュウジが言ったか否かの内に熊の腕が振るわれ、大きく吹き飛ばされる軽戦士。そして最悪な事に吹き飛んだ先には修道服の少女が居た。
彼らは二人そろって背後の木に叩きつけられると動かなくなる。少年の首はあらぬ方向に曲がり、少女は内臓が傷ついたのか咳き込むごとにごぼりごぼりと鮮血を口から吐き出す。
熊が倒したばかりの獲物に近寄りその肉を貪ろうと口を開けた瞬間、茂みの間から突き出された石突の付いた棍の先端が喉の奥深くへ突き刺さった。
苦悶にのたうちながら後ずさる熊の延髄に高速で走り寄って来た狼が牙を突き立てる。熊は新たな脅威を振りはらい引き裂こうともがくが、そこから始まったのは一方的な蹂躙だった。
高速で振るわれた棍は熊の関節を捕えては砕き、鼻づらを破壊し、ぶ厚い獣毛と肋骨に覆われていた心臓に突き刺さるような肘が打ち込まれる。
攻撃の隙間を縫うように狼がその鋭い牙で大血管が通っているだろう部位を傷つけ、熊の黒い獣毛を鉄錆び色に染めてゆく。
やがて熊は倒れ伏し、最期の息を小さく吐いた。
ラッキー・チェンは熊の死骸に近付くと指先を鋭く変形させ、胸を小さく切り開いて黒い結晶体を取り出す。
「軽戦士、死亡。僧侶もじきに死亡しますが、どうしますか?」
「どうする、って?ここからどうできるのさ!間に合わなかったじゃないか!」
悔しそうに叫ぶリュウジにエメスは淡々と告げる。
「今なら熊の魔石を使ってこの僧侶をそのままフレッシュゴーレムとし、生存させることができます。ただし、ゴーレム化にあたり僧侶の完全なる自由意志は剥奪され、当機の指揮下に入ります。
例え僧侶が望まぬことでも、当機やマスターの指示があれば逆らう事ができません。例えば親しい人間を殺せ、と指示を受ければそれを実行する以外の選択肢はなくなるのです。
その記憶はアーカイブとして保存され、全ての分体に共有されますのでプライバシーは消え去ります。
この僧侶は自身の完全なる自由意志を失い、記憶を全て暴かれ、仲間を全て失い自分だけ生き残ったという現実に直面しながらも生きることを望むでしょうか?」
その言葉にリュウジは途惑った。鎖の無い奴隷のようなもの。奴隷なら反抗したところで契約違反の魔術印から激痛を受けるだけで済むが、自分の意思に反した行動でも反抗できない苦悩。
そんなものをこの少女に押し付けて生存させることが正解なのだろうか。いっそこのまま誇りある死を迎えさせた方がこの少女にとっては幸せではないか。
「心音、呼吸低下。間もなく僧侶が死亡します。マスターは同族である人間をゴーレムとしますか?」
「やれ・・・やってくれ!」
その言葉に現地のラッキー・チャンが軽戦士の死体を押しのけて少女をうつぶせに寝かせ、自身の胸から露出させたコアに熊の魔石を取り込むと新たな分体コアを産み出した。
弱々しい呼吸を繰り返す僧侶の髪をかき上げ、首筋を露出させると小さく切開しコアを埋め込み、自身を構成する土で傷を閉じる。
「脊髄への接続完了。全身を魔力探査します。該当分体は肋骨が破損し肺へ突き刺さっていますね。その他裂傷、擦過傷がありますが生命の維持に危険を及ぼす物はありません。
チャン、折れた肋骨のあたりを切開し、肺に溜まった血液を抜いたら血管の損傷を滅菌した土を硬化させて塞ぎなさい。
その後肺に空いた穴を塞ぎ、肋骨を固定修復します。血液が少し足りませんね、肺から抜いた血液は浄化をかけそのまま血管に戻しましょう。
マスター、ここからは人間の胸を切り開く映像となりますので地図データを縮小します。グロ映像を見てみたい、というのでしたらお見せしますが。」
拡大して映し出されていた砂の情景が崩れると、再び小屋を中心としたジオラマが現れる。ラッキー・チャンが居た地点の青い人形はデフォルメされた狼と少女が追加されていた。
リュウジはグロ画像の部分を慌てて否定すると、しばらく時間が経っても少女の人形が消えない様子を見て安堵した。
ゴブリンや狼などはどうでもいいが、あの少女と自分が暮らすならもっと広い拠点が必要になりそうだ。ゴーレムだけじゃない、もしかしたらもっと多くの人間や知性ある種族がこの拠点に集うかもしれない。
そしてここは森の中の集落となり、小さな国となり、そしておれは・・・。そんな空想と共に笑みを浮かべたリュウジは、拠点の拡張をエメスに指示すると家事用分体1号を連れて森へ遊びに出かけた。
森の片隅に新しく盛られた三つの土饅頭、小雨が降って表面がしっとりと固まりかけた土中からボコりと手が突き出された。
手は自身の上に覆いかぶさる土をかき分けながらはねのけると、地上に顔を突き出して新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
土と汚れにまみれた人影はよたよたと歩みを進めると、残りの土饅頭から仲間を掘り出すべく素手で土を掘り始めた。
「ピコーン!
当機は 初級斥候術 中級弓術 初級剣術 初級炎魔術 初級回復術 を手に入れた。
異界の知識により 初級回復術 を 異界回復術(I) にアップデートした。
老練なアルファウルフ 狂乱熊 剣角鹿 の経験を得た。食用可能な野草知識を得た。
・・・おや?魔素の多い土地に埋めた死体はアンデッド化する事があるのでしたか?」