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ゴーレムマスター XD-END  作者: 分体757号
2/9

02/08 生誕

気がつけばリュウジは古風なチュニックを着て薄暗い部屋の中に居た。雨戸の隙間から漏れる光が床に厚く積もった埃を照らし、体を動かすたびにチリが舞い上がる。

あまりの空気の悪さにむせかえったリュウジは慌てて雨戸を開け、肺いっぱいに外の空気を吸い込んだ。

窓の外は荒れて野生に帰ったかのような菜園と深い森、静けさに時おり鳥や小動物の鳴き声がこだまする。


「げほっ、ごほっ、まずは空気を入れ替えないと。」


リュウジは全ての窓を開け放ちながら小屋を探索する事にした。

最初に居た部屋は工房だったらしい、大きなデスクに金属片や実験器具、壁際には書棚や素材を仕舞っているのであろうラベルの付いた陶器の壺などが並んでいる。

天井には魔力灯と中央に魔石のはまった魔法陣が展開されていた。異世界人であるリュウジにとっては見た事が無いものであったが、転移時に彼の中にインストールされた知識が、灯りの使い方と魔法陣がこの小屋の状態保持と獣避けを行っているものだと教えてくれた。

魔法陣は緻密で今のリュウジには読み取れない部分も多いが、もたらされる効果はおそらく予想通りで間違いないだろう。

こぶし大の魔石は百年の歳月を経てすでにほとんど色が抜けており、早いうちに修復と魔力補給を行わなくては壊れて完全にその効果を失ってしまうだろう。


工房から右のドアを開けると調理場とかまど。状態保持が効いているのか包丁や鍋はうっすらと錆が浮いているだけで済んでいるが、置いてある食材はどれもみな朽ち果てるか干からびて石のようになっている。

ワンチャン岩塩は使えるだろうが、菜園から拾ってきた野菜の塩ゆでだけでは栄養に不安がある。

調理場を抜ければ目の前に野生化した菜園と井戸が見える。井戸は枯れておらず、小石を落とせば小さく水音が聞こえた。汲み上げる桶とロープさえあれば水の心配は無いだろう。

菜園の片隅には小さな物置があり、鍬や弦の外れた小弓が置いてあった。グランベル翁の使っていたものであろうか。


工房に戻り、最期の左奥のドアを開ける。枯れて朽ちた観葉植物とローチェスト、部屋の奥にはベッドが2基。

片方のベッドは使った形跡もなくきっちりとベッドメイクされたままで埃が積もり、かわいい模様が織り込まれた毛布の色は褪せてもの悲しい。

もう一つのベッドには何かが寝ていた。おそるおそる近付いたリュウジが毛布を勢いよくめくると、シミのついたシーツに横たわりミイラ化した老爺の姿があった。

老爺は小屋の魔法陣の影響か腐ることなく、安らかな寝顔を晒しながら両手を胸の前で硬く組んで固まっていた。

転生の特典なのか老爺の亡骸を前にしても怖れや気持ち悪さを強く感じることが無く、現代よりもっと死が身近にある世界で寿命で死んだ人間を見つけた程度の感情しか浮かんでこない。


「グランベル爺さんか。誰にも看取られないままここで亡くなったのだな。じゃあこっちのベッドは誰のだ?」


死体に対する忌避感が薄くても、さすがに夜同じ部屋で寝るのは御免こうむりたいリュウジはシミのついたシーツごと亡骸を森に埋めてやることにした。

亡骸を動かそうとしたリュウジはふと老爺が硬く組んだ手の隙間から土色の何かが見えているのに気付いた。


「これは・・・ゴーレムのコア?」


ミイラ化して固まった手をメキメキとこじ開け、引きはがすようにゴーレムのコアを取り出す。


「すさまじい密度の魔力回路だ。あと数本中央魔力炉に導線を通せば起動できるじゃないか!」


球体のコア表面にパソコンに使われる集積回路を思わせるようなびっちりとした魔力回路が張り巡らされ、今のリュウジではその緻密な回路の意味など1割も読み解く事ができない。

どうやら回路は完成しているようだが、それを起動するための動力となる魔力炉へ伸ばす導線を書き込む前に老爺は寿命を迎えたのだろう。これほどまでの物を作れるとは、亡くなったことが惜しまれる天才だ。理由はわからないが、もし追放されていなければグランベル翁はこの世界のダヴィンチに成っていただろう。

興奮し球体をくるくると回しながら眺めていたリュウジだが、球体に回路とは全く関係のない文字を見つけた。


「ゴーレム、えー、めす?我が愛する・・・?」


我が愛する何だろう。エメスというのは名前だろうか。最期の力を振り絞って刻印したのか“愛する”の先はかすれて読むことができない。

グランベル翁が亡くなって既に100年もの歳月が経っているのだ。このコアを愛する人に贈ろうとしていたのか、それともゴーレム自体を愛していたのかは分からないが、所有者である老爺は亡くなり、その関係者も長寿の種族でもない限り生きてはいないだろう。


「すまんな爺さん、このコアはおれが有効に使うよ。」


片付けも埋葬も後回しにしたリュウジは軽い足取りで工房に向かい、導線用の銀糸で回路と魔術回路を繋ぐ。

問題はゴーレムのボディとなる素材だ。この工房には実験や加工に使う器具とコア用の素材は多いがボディを作れるだけの素材があるかと言われれば首をかしげざるを得ない。

魔石や液体水晶、魔物の皮などはボディにするには高価過ぎるし、作業台や実験装置を打ち壊して木材や石材を得ると後々困る。


「まあ、最初は土でいいだろ。素材がそろい次第金属や他の物を換装していけば問題ない。それに土の方が形状をいじりやすいしな。」


コアをポケットにねじ込み菜園の物置きからスコップを取り出したリュウジは小屋から少し離れた場所を掘り返す。

湿った落ち葉の香りと黒く柔らかい山の土、獣避け魔法陣に虫避けの効果も付随していたのか昆虫の姿は見かけない。

掘り返した土は小山にすると、魔力を通して細かいゴミを分離、純化を行いゴーレムに適した物へと精製する。

最後に土山の頂上にゴーレムのコアを乗せ、起動の為の魔術を発動する。


「うん?術式は間違っていないのに少し魔力の通りが悪いな。・・・なるほど、自律型でプロテクト付きの人工精霊が組み込まれている。」


いくらプロテクトがかかっていようとリュウジはゴーレムマスターの才ある者である。半時もしないうちにプロテクトを突破し、ゴーレムの起動に成功した。

コアは純化された山の土を取り込み不出来な人形のような形を取った。


「うー、ふあー?」


「なんだよ、人工精霊が入っててもまともに会話できないじゃないか。これをいちから教育すんのか。」


百年の月日は人工精霊をも劣化させていたのだろうか、幼児が作った粘土人形のようなゴーレムは命令を与えようとしても首をかしげてなかなか動かない。

もし知能が初期化されているのなら、乳児に言葉やはいはいの仕方を教えるように膨大な時間をかけて教育をしなければならないのだ。

乳児と違うのは教えた事は忘れない、命令すればほぼ忠実に動く事だろうか。

そこでリュウジは一つ思いついた。そのような面倒な事をしなくても自分の記憶を参照させればよい、ゴーレムマスターの自分ならそれが可能なはずだ、と。

元の人工精霊の知能を上書きするのではなく、別の知識ストレージを作って参照させるようにすればリュウジの人格を持ったゴーレムなどというおかしな物にはならない。早速やってみよう。


「ゴーレム、お前は俺だ、お前は俺だ。」


自分の脳とゴーレムのコアを直結するように魔力操作を行い、ゴーレムの顔を見ながら知識のストレージを作ろうとしたリュウジだったが、すぐさま挫折する。


「駄目だ、このお子様がこねた粘土フェイスじゃあこれと自分が同一だと認識できない。せめて顔さえまともだったら・・・。」


リュウジはゴーレムの顔をぐにぐにといじるが、ただただ不気味の谷すら越えられない変顔人間ができるばかり。リュウジに美術の才能はなかった。

制作の方向性を変えることにしたリュウジは新しく土を掘り純化。それを粘土のように操作すると顔を押し当てて硬化、ゴーレムの顔に押し当てる。


「うわ、そっくりだけどデスマスクかぶせたみたい。」


無機質で表情のない顔型はある種の不気味さを感じるものの、ぎりぎり自分自身だと認識できる。


「もう一度、ゴーレムー、お前は俺だー、お前は俺だー。」


そうしているうちに、なにかがピンと繋がった感覚が発生した。目を閉じたデスマスクの瞳が開き、ぎこちなさを残しつつも口が動く。


「きおくのさんしょう、がかんりょうしまし、た。えられたちしきお、もとにようし、をさいせっていします。」


ゴーレムの顔や体が波打つように変形し始めた。リュウジの漠然と想像したかわいい顔を基に、等身が伸びスレンダーな身体が構築されてゆく。身体を覆うように簡素なワンピースもできあがり、土らしくない質感でふわりと広がる。

身体も服も色は土そのものだが、ミディアムヘアとくりくりと丸い目が特徴の幼さを残した顔立ちは、名前も思い出せないがどこかで見たアイドルにそっくりだとリュウジは思った。


「はじめましてますたー、わたしは・・・わたしは?・・・なまえをつけてください。」


リュウジはゴーレムを作る事だけに夢中で全然名前を考えていなかった。さちこ、たみよ・・・これは昔飼っていたハムスターとカブトムシの名前じゃないか。ダーク・グレン・ツヴァイハンダー3世・・・どこの中二病だ。

残念なことにリュウジのネーミングセンスは自他共に認めるほど壊滅的だった。


「そ、そうだ。エメス、お前の名前はエメスだ。早速お前に仕事がある。まずは埃っぽい家の掃除と修理、使えそうな調理器具の錆び取り、寝室の遺体は今掘った穴に埋葬を頼む。」


「いえす、ますたー。けんまのためにこうぼうのてつへんなどをぼでぃにとりこみます。しゅうりょうよていは、18じかん。ぶんたいをさくせいすることでこうりつがあがりますが、いかがしますか?」


太陽が真上にさしかかろうとしている今から始めて18時間もかかっていては完全に明日の朝なってしまう。老人の遺骸と共に夜を明かしたくないリュウジはすぐさま許可を与えた。


「ああ、任せた。最高の効率になるよう自由にやってくれ。工房の希少な物以外は使う事を許可する。」


リュウジがそういうとエメスはぺこりと頭を下げ、心臓のあたりからコアを露出させる。メインコアから複雑な魔術回路が刻まれたビー玉ほどの分体コアが分離され、本体の作成時に余った土にぽとりと落ちた。


「ほんたいのよじょうそざいをつかった、ぶんたいのさくせいがかんりょうしました。げんざいのよじょうそざいはぜろです。」


余剰素材から生成された分体コアは周囲の土を取り込むとエメスの半分ほどの大きさの人型をとり、幼女の姿となってパタパタと家の中へ走り去ってゆく。

分体の生成が早い。通常なら1時間ほどかかるはずなのだが。きっとあのコアか自分から吸収した知識、もしくはゴーレムマスターの才能が原因だろうとリュウジは結論付ける。

これなら下手に別のゴーレムを自作するよりエメスの分体を大量に用意し、エメス本体が壊れないように自分の傍に置いておけば、素材が尽きない限り軍隊だろうと簡単に用意できる。

さすがに土だけで作ったゴーレムはもろく戦闘にはあまり適さないが、自分には現代知識がある。なんとかして高温高圧で焼き上げセラミックのようにしたり、骨材として魔物の骨を利用すれば強度は確保できるだろう。森を探索させて石材や露出している鉱脈が見つかれば軍備をますます強化できる。

リュウジは荒れた菜園から今晩の食事になりそうな根菜を見繕って引き抜くと、立ち木を背にして木漏れ日の中すやすやとひと眠りし始めた。

エメスによる掃除と修繕が終わり、老人を埋葬したあと根菜の塩ゆでを口にしたリュウジが眠りについたのは日付が変わるころだった。







「おやすみなさい、おとうさま。」


ささやくようなエメスの声は誰にも聞こえることなく夜の中に溶けこんでいった。

「ぴこーん!

とうきは、りびんぐそいるごーれむ としてさいたんした。

☆☆☆☆ごーれむつかい のさいのうをえた。 いかいのちしき をえた。


ちしきをもとに、とうきをあっぷでーと します。」

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