01/08 転移
「カードを1枚引いて、と。あっ、間違えて2枚とっちゃいました。
えっと、女教皇と死神のアルカナだから秘密・神秘・英知と停止・損失・死と再生?
うーん、意味がわかりませんね。あ、創造主様、出番ですか?」
リュウジは気が付くと夜の中に居た。星明かりが降り注ぐが上も下も無く、雲も月も見えない。
「何だここは、宇宙?」
そんな独り言に答える声も無く、ゆっくりと回転する視界の中たゆたう。
『汝は足掻く者か?我は運命に、逆境に、理不尽に逆らい足掻き進む者に祝福を与えん。』
その声は間近で起こった爆発のようだった。肉体を千々に引き裂き、魂を粉砕しなお余りある力に満ちた言葉。
回転する視界が大渦に飲み込まれた犠牲者のように揺さぶられ、今までの人生で感じ取れたことが無かった自分の魂がかき消えていくのが理解できる。
「はい、ここまで。おっと、衝撃で消えかけてますね、修復しておきましょう。神のお言葉、確かに聞きましたね?」
散り散りになりゆくリュウジの頭を掴み、白い貫頭衣をまとった女が苦笑しながら消えかけたリュウジを再生する。女の背中には三対六枚の純白の羽根が見える。
「天使様?俺は死んだのですか?」
「はいリュウジさん、その予定です。あなたは間もなくお亡くなりになるでしょう。
ああ、申し遅れました。わたくしメフィと申します。主に替わり説明をさせていただきます。
あなたは主のきまぐれによりアース世界よりこちらに引き寄せられました。
昨今、その手の娯楽があふれておりますのでだいたいは理解できるかとは思いますが、いわゆる異世界転生や転移といったものですね。」
「おれに特別な能力や果たすべき使命が?」
「特別な力は今はまだ何も。それに使命なんてありませんよ。転生なり転移したあとは魔王征伐でもスローライフでも好きにしたらいいんじゃないですかね。
今あなたがここにいるのも主の気紛れですので、もしお望みなら元の世界の死ぬ寸前へとお戻しする事ができます。
その場合、あなたの魂はアース世界の循環に組み込まれる事となり、主はまた無作為に死に瀕した誰かを呼ぶでしょう。
転生か転移後は無理ですが、ここにいる間ならいつでも向こうへ戻れます。・・・戻りますか?」
リュウジは慌てて否定した。
「いいえ!いいえ!戻っても死ぬだけなんですよね、死ぬ直前の記憶とかありませんけど。まずは話を詳しく聞いてから決めます。」
慌てふためくさまがおもしろかったメフィはくすくす笑うと、手元にポンと黒い押しボタンを創造した。
「ではここにいつでも戻れるボタンを作っておきました。ここにいる間に戻りたくなったら押してくださいね。
さて、説明をはじめます。あなたが行く事ができるのはいわゆる剣と魔法の世界です。テンプレートですね。
知的生命が滅びかけていたりあと数年で巨大隕石が降って来る、などという事はありませんのでご安心ください。
さて、あなたに与えられる能力ですがまずはこのカードを見てください。」
メフィの手の中に一枚のカードが生成される。そこには [☆☆ 剣士 人間 転生] と剣士のイラストと共に書いてある。
「このカードはレアリティ☆2、剣士の才能を持った人間に転生するといったカードです。
転生特典として物心ついた時期に記憶を取りもどし、その年齢まで生きてきた記憶と統合されます。
ひとかどの剣士に成れるだけの才能は有していますが、よき師を得て剣を学べなければ普通の人で終わりです。
血のにじむような努力と強さへの渇望を持って修行に励めば剣豪や剣聖などと呼ばれる日が来るかもしれませんね。
もちろん戦いの才能を選んで商人や農夫になりたい、というのもあなたの自由です。
剣士系の才能は☆☆☆の剣豪、☆☆☆☆の剣鬼、最高レアリティ☆☆☆☆☆の剣聖まで排出されます。
この他にも魔法使い系の才能である炎術師☆☆☆や露店商☆、武器鍛冶師☆☆などのクラフト職、種族も人間からエルフ、ゴブリンまでのあらゆる知的生命を取りそろえてあります。」
リュウジはごくりとつばを飲み込んだ。一抹の不安が頭をよぎる。
「排出、ということは種族や才能はランダムですか?」
「折角の転移転生なのですから、そこまで酷くはありませんよ。自由に選べるわけではありませんが“リセマラ”っていうんですかね。
引き直しができます。ただし、最初に引けるのは10枚、二度目に引き直しできるのは9枚、次は8枚と減らさせていただきます。
最後の1枚で引き直したら結果が何であれそれで決定ですね。もはや変更も選択もできません。
気になる排出率も教えますね。☆1が50%、☆2はその半分で25%、☆3は12.5%、☆4は6.25%、最高の☆5は3%ちょっとですね。シークレットもありますが。
そして転移は基本的に転生より☆がひとつ上の排出率になります。転生剣士は☆2ですが転移剣士は☆3、転移特典として言語及び簡単な常識と成人まで普通にその職業で修行した程度の能力が与えられます。
なにか質問しておきたいことはありますか?」
「転生や転移する場所はどうなるんでしょう、身分とか。あとは他に転生したりした人はいないのですか?」
「転生の場合、選んだレアリティにもよりますがほどよく安全な場世で産まれますね。剣士なら衛兵の父を持っていたり、剣聖なら代々騎士団長を務めた家であったり。
もちろん性別がどちらになるかは半々ですし、闘技奴隷に生まれついた剣豪などというケースもまれにあります。
たとえゴブリン戦士を選んだとしてもたいていは人里離れた森の奥の戦士系氏族に生まれることになりますので、即命の危機とはなりません。
転移の場合、成人15歳の年齢で大きな町近郊の平原や人を避けて隠棲していた人物が使っていた小屋などに出現となります。
生産職や商人の場合、いきなり商売道具無しで放り出されてここから始めろと言われても困ってしまいますので、誰かが居た小屋が初期拠点として選ばれます。
戦闘や狩りに関する才能の場合はいくばくかのお金と装備が与えられます。
予定されている世界に転生もしくは転移する方はあなたのみで、今後も同世界に転生する者はいません。」
「わかりました、お願いします。」
条件は悪くない、無限に引き直しはできないがかなりの確率で最高の才能を得た人生が送れる。それは人並みであっても誰もが認めるほどの一流の人間にはだいぶ届かなかったリュウジの野心に火をつけた。
剣と魔法の世界なんだ、戦う力が無くては生き残れない。戦士でも魔法使いでも狩人でもいい、戦える才能でできるだけ高いものを。
それが叶わないならば2枚になるまで引いた時点で地球の転生に戻ればいい。50余回も引けば3パーセントの確率なら数枚は☆5が出るはずだ。
「まずはこの中から10枚を選んでください。数が多いので、該当のカードに集中して“これ”と念じるだけで選択できますよ。
遠いところのレアリティが高かったり、上にあるほど高かったりはしませんので好きなところからご自由にお選び下さい。」
そう言うとメフィは手からばらばらとカードを生み出す。宙に浮かぶ空を埋め尽くすほどのカードはリュウジに幾何学模様が描かれた背を向ける。
これ・・・これ・・・これ・・・。いや、これはキャンセルしてこれに・・・。
リュウジが10枚のカードを選び終わると、選んだカードが手元に引き寄せられてくる。
「☆1ゴブリン戦士 ☆2火魔法使い ☆2拳闘奴隷(転移) ・・・。最高レアリティは☆4死霊術師か。引き直しを。」
「☆2行商 ☆1物乞い ☆1蛮族弓師・・・。☆5だが聖剣鍛冶か。もう一度!」
やはり3%の壁は厚い。そのうえ☆5には一つ下のランクの転移が混じるのだ。転生よりもしがらみや成長の面倒がないとはいえ、できる事なら最高の才能を得たい。
戦闘職の最高レアを目指しているうちにリュウジの引けるカードは3枚になっていた。
「これと、これと・・・これ。来い!・・・☆1貧農 ☆2行商・・・なんだこれは?☆5ゴーレムマスター(転移)?」
他とは違い金色にふちどられたカードには巨大な石像とそれを操る人間が描かれている。
「あ、やりましたね。シークレットですよ。勇者(転移)、聖者(転移)などと同じ最高レアリティの才能でなおかつ転移のカードです。
職業の説明はお聞きになりますか?」
リュウジは内心飛び上がって喜んだ。はやる気持ちを押し殺して説明を求める。
「ゴーレムマスターはクラフト職と戦闘職の複合的な才能で☆1人形士の最上位☆5レアリティ相当の才能となります。
☆1人形士は木材や土から作成したパペットを操れるだけのエンターティナ―ですが、高度なゴーレムは戦闘から生産まであらゆる作業をこなせるロボットのようなものです。
☆5ゴーレムマスターは石や金属、はたまた生物の骨などさまざまな素材から疑似的な生命を持ったゴーレムを作り出し、知性を持たせて自律行動させたり自ら操って戦闘を行う事ができます。
もちろんアイディア次第では搭乗型のグンダムのようなゴーレムも作れますが、よほどの訓練を積んでいなければ縦揺れや振動でコックピット内に嘔吐物をまき散らす結果になります。
もしご自分が乗るなら戦車の様な後方支援型の移動砲台として使える車両付き要塞ゴーレムをお勧めします。
並列思考等の特殊能力が無い限り自分が操れるゴーレムは1体だけですが、自律行動するゴーレムに制限はありません。
素材と根気があれば一人で一国の軍隊以上の死をも恐れぬ戦力を用意できるトップクラスに強力な才能ですね。
このカードですと・・・転移場所はミルダ王国、大樫の森内、追放されしグランベル翁の研究小屋です。グランベル翁の研究や遺産は所有者が数十年前に亡くなりそのまま小屋に残っているようです。
最寄りの町はモルテン子爵領、領都のモルテンバーグです。モルテン子爵家は貴族として可も無く不可もなく、隣国とは森を挟んで接していますが、森がそこそこ広大であるため衝突などは起こっておりません。
これになさいますか?それとも引き直しますか?」
「なんだかいい事ずくめのような内容だけど、デメリットは無いのですか?」
「上位人形遣い系の才能はゴーレムという強力な戦力を用意できる反面、自身の身体的な強さは一般人と変わりありません。
類似な召喚師、死霊術師のように自身が結界や障壁を使えるわけではなく、前線に出た人形遣いはまさに戦場の中に棒立ちする一般人。死にます。
ゴーレム以外の才能はほぼゼロといっても過言ではなく、まともな手段ではかけだしの戦士として武器の扱いを覚える事すらできません。
1を2にするよりも無を有にするのに必要な労力は果てしなく多いのです。」
つまり安全圏に引きこもる自分自身さえ狙われなければ何も危険はないのだ。危険な地域に派遣したゴーレムが破壊されても脅威に対処できるゴーレムを作成して再び送り込めばいい。
本体さえ死ななければ無限にコンテニューできるゲーム、最高の人生じゃないか。そうリュウジは考えた。
「これでいいです、これにします。」
「はい、承知しました。ここからはサービスなのですが、もし引き直しをしていた場合何が出たか知りたくありませんか?
転移した後でうまく行かなかった時“あのとき最後まで勇気をもって引き直していたら”なんて後悔するかも知れませんし。」
戦闘できるシークレットを引けたのは最高に運が良かったが、もしかしたら残りの2回で勇者になれたかもしれない。リュウジはうなずくと背を見せる残りのカードから2枚、1枚を選んだ。
「☆2水魔法使い、☆1ゴミ漁り・・・☆2コボルド細工師。まあそんなもんだよな。」
苦笑するリュウジにメフィはにこやかに告げた。
「さて、準備はよろしいですか?
それではゴーレムマスター、リュウジ・エンドウさん。あなたの旅路に幸多からんことを。」
リュウジの体が薄れ、転移して消えてゆくのを確認してメフィはポンと手を鳴らす。
空間に固定してあった無数のカードが花吹雪のように舞い落ちては消えてゆく。幾何学模様の裏面と真っ白な表面を晒しながら。
メフィはさらに口角を吊り上げ、にぃ、と嗤った。