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むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか!?~  作者: 景華
第一章 寝言の強制力で結婚しました

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8/50

たとえそれが嘘だとしても


 騎士団長様が予約してくださったという個室にも、植物が至る所で存在を主張し、ふんわりと温かみのある魔導ランプの灯りが植物を浮かび上がらせ、とても幻想的な空間を演出している。


 まさにデートにはもってこいの場所、よね。

 シリウスは誰かと来たことがあるのかしら? ──あるわよね、シリウスは女性にモテるもの。


 私は目の前に用意された、豪華に果物で盛りつけられたショートケーキをフォークで救い取ると、口の中へと運び込んだ。

 口の中でクリームの甘みと弾けるような新鮮な果物の甘みと酸味が混ざり合う。


「このケーキ、すごくおいしいわね」

「うん。店の雰囲気も良いし、ケーキも紅茶も逸品揃いだ。この人気は新しいおしゃれな店だからというだけではないのがわかるよ」


 本当に素敵な場所だと思おう。

 それでもやっぱり、カルバン公爵家の料理を頂く方が、私は安心してしまう。

 美味しいし、見た目の遊び心も一級品だし、何より、シリウスが過去に誰と来たかなんて気にする必要もない。

 我ながら心の狭い妻だと思うけれど、気にせずにいられるほどの自信はないし、そもそもシリウスが優しいのも彼と結婚したのも、私の寝言のせいなんだから。

 自信なんてあるわけがないのだ。


「……セレン、さっきはごめん」

「え?」

 突然繰り出された謝罪の言葉に、私はフォークの手を止めて顔を上げた。

 顔を上げた先では、シリウスが申し訳なさそうにこちらを見ている。


「私がいなくなったばかりに、セレンに妙なものを近づけてしまった」

 妙なもの──メイリー様のことかしら?


「大丈夫よ、慣れてるし──ぁ……」

 つい口から滑り出た言葉を、シリウスは聞き逃さなかった。


「慣れてる!? まさか今までも……!?」

 しまった……!!

 シリウスには、女性たちから攻撃されていることは内緒にしていたのに……!!


 彼女たちはいつも私の周りにシリウスがいないことを見計らってやってくる。

 私も、シリウスに迷惑をかけたくなくて、これ幸いとそれをずっと秘密にしてきたのに。


「セレン、話して。今までもこんなことが?」

「あーっと……それは……」

「……」

 言い淀む私に、シリウスは無っと口を引き結ぶと、そのまま立ち上がり、私の方へと向かって歩き出した。そして──。


「ひゃあっ!?」

「言うまでこのままだから」

 シリウスは私をひょいっと抱き上げると、代わりに私がさっきまで座っていたその椅子に腰かけ、私はシリウスの膝の上に乗せられた。

 そのうえ後ろから腕が回り、お腹の前でホールドされ、私はすでに極限状態だ。


 む……むりぃ……!!

 耳元でダイレクトに伝わる息遣いが一層羞恥心を煽る。


「私はこのままでもいいけど……また火急の知らせでもあれば、だれか訪ねてくるかもしれないね?」

「!!」


 そうだ。

 ここは騎士団長様が予約してくださった店。

 ということは今シリウスがここにいるということは把握しているということになる。

 また何かあれば、すぐにここに尋ねてくる可能性は……大いにある……!!


「わ、わかったわ!! わかったから!! 話すからぁっ!!」

 私は声を上げると、観念したように肩を落として口を開いた。


「…………シリウスがそばにいないときは、大体誰かしらが私を罵っていくわ。あの完璧なシリウス・カルバンの腰巾着だとか……不釣り合いな平凡女だとか。シリウスをシリウスと呼ぶこともおこがましいからやめろと言われたことだって、何度もある」


「!! ……あいつら……」

 シリウスの低く唸るような声が背後から伝わってくる。

 ごめんなさい皆さん。

 でもこの姿を騎士団の方々に見られるのは無理なの……!!


「だ、だけどね、私も、悪いんだと思う」

「え?」

 私は姿勢を正して、自分の思いをゆっくりと紡ぎ出す。


「……私、何を言われてもシリウスをシリウスと呼ぶことをやめなかった。やめてしまったら……本当にシリウスが遠くに行ってしまうような気がして。きっとね、彼女達の言うことを聞いてシリウスから離れていれば、あの人たちも執拗に絡んでくることもなかったと思うの。……それでもシリウスを譲りたくなんてなかった。だって、私が小さい頃から一緒に過ごしてきて、たくさんの思い出を持っているのは、カルバン公爵令息なんかでも、シリウス様でもなく、ただの“シリウス”なんだもの」


 ただでさえ離れていく距離を、必死でつなぎとめようとしていたんだと思う。

 だからきっと、私の強情さも私の立場を悪くした原因の一つ。


「……」

「? シリウ──っ!?」

 黙り込んだシリウスが気になってふと後ろを振り返ると、右手で口元を覆い耳まで顔を赤くさせたシリウスの、薄水色の瞳と視線が合わさった。


「見ないで。その……嬉しすぎて……溶けるから」


 嬉しすぎて溶けるって!?

 嬉しい要素、どこにあったんだろう……。

 いや、それよりもシリウスのこんな顔……初めて見たけど可愛い……!!

 私がまじまじとシリウスの珍顔を見ていると、シリウスがくしゃりと目元をゆがめてから──。


「見ちゃダメって、言ったろ?」

 そう耳元でささやいてから、私の顔を前へと戻すと、ふたたび後ろからぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 後ろから首筋に顔を埋められれば、その息遣いがダイレクトに伝わって身体中を電流のような刺激が駆け抜ける。


「セレン。私はもうずっと、セレンだけの私だよ。【小鳥姫と騎士】を読んでくれた、あの日から」

「え?」


【小鳥姫と騎士】。

 私が今日図書館で借りた、私の中でのシリウスとの思い出の本。


「セレンは覚えているかわからないけれど、昔、泣いている私にあれを読んでくれた時、なんだか世界が色づいて見えたんだ。君が、私に世界をくれたんだよ。あの日から──私の世界にはずっと、セレンがいた」


 覚えていて、くれたの?

 あの日のこと。

 私にとっても大切で特別な、あの日を。あの物語を。

 打ち明けられたその事実に胸が熱くなる。


「セレン君が私を譲りたくなかったと言ってくれるように、私も君を譲りたくなんてないんだよ。そしてもう、譲る気もない。君を害するどんなものからも私が守っていたい。だから、一人で抱え込まないで。私に相談して。私はそこまで女心に敏感な人間ではないから、気づけないこともあるかもしれない。でもいつだって、セレンのことを一番に考えていたいから」


 シリウスの思いがまっすぐに伝わってくる。

 初めて聞いた、シリウスの思い。

 これは本心だろうか。それとも私の寝言のせい?

 完全に信じ切ることができない自分に嫌気が差す。


 だけど……だけど今だけ。今だけは──。


「うん、わかった。ありがとう、シリウス」

 この人との未来を、今だけは思い描いていたい。


「じゃ、じゃぁ、そろそろ降ろして──」

「嫌だよ」

「い!?」

「やっぱりセレンはここが一番似合うね。可愛い。さ、残りは食べさせてあげるから、良い子にしてて。ね?」

「ひぃいいいいっ」


 結局朝に続いて、私はまたシリウスの膝の上で、シリウスの手ずから残りのケーキを食べることになってしまった。

 ケーキとシリウスの甘みで胸やけを覚えながら。


 ***


 シリウスの上に乗ってからはもうケーキの味なんて堪能するどころではなかった。

 瀕死の状態になりながらも店を出た私に、シリウスが振り返って自分の左手を差し出す。


「何? どうしたの?」

「いいから」

 エスコートかしら?

 私が首をかしげながらも自分の右手を彼の手のひらへそっと乗せると──「!?」

 その手の指の間へシリウスのそれが絡みつき、すっぽり握りこまれてしまった。

 添えるだけのエスコートとは違う。

 恋人が繋ぐようなそれに、胸が大きく高鳴る。


「こっちの方が恋人らしい、でしょう? って、恋人すっ飛ばして夫婦だけどね」

「っ……」


 小さなころは普通につないでいた手も、隣を歩いたその歩幅も。

 大きくなるにつれて離れていったものが、今、私のもとに帰ってきたようで、私は目頭の熱と鼻の奥のツンとした感覚をごまかすようにシリウスの手を固く握り返すと、その肩にこつんと頭を預けた。


 例え嘘でも──どうか今だけは……。


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