4.長い用を足す妖怪
一応、注記します。本文・前書き・後書きでは、侵略者ロシアの非難が多く含まれます。侵略者ロシアとその行動を擁護する人間達を否定する内容を不快に思うのであれば、読むのをやめて下さい。
T-72戦車「侵略者ロシアはウクライナの領土を奪っている」
ミンスク合意は、ウクライナ側と二つの人民共和国側、双方にとって良い合意とは言えませんでした。
ウクライナ側としては、特定の地域にだけ自治権を与えたら他の州からの反発が出るでしょうし、二つの人民共和国の支配地域がクリミア半島のようにロシアに奪われる危険性も上がります。
二つの人民共和国側から見ても、ウクライナから分離してロシアと一緒になりたいと考えているのに、ウクライナに留まらないといけなくなる、ドンバス地方のウクライナ側の支配地域がタダで手に入るわけでもない、といったことが挙げられます。
双方、守っても損があるだけの合意を守らなかったのに、ミンスク合意に関して、「ウクライナだけが守らないで、しかも八年間、一方的にドンバスを攻撃していた」とか言い続ける人間達は、なんなのでしょう? 八年間、一方的に攻撃し続けていたいたはずなのに、特別軍事作戦が開始された時点でも分離派の支配地域が存続しているという揺るがない事実があるんですが。
八年間、一方的に攻撃されていたのなら、力で下回るはずの分離主義者達はとっくに敗走していて、例の特定地域をウクライナが奪還していないと、おかしくないですか?
「べとべとさん、まだですか?」
「まあだだよ」
トイレのドアの前での、そんなやり取り。ジーリエスは結局、トイレの順番をべとべとさんに譲ったのであった。
困った状況に陥っているジーリエス嬢が待つ間、あなたにこの世界について語ることにしよう。
ここは西側の大国『ヤメロッパ』。
正式には『ヤメロッパ統合王国』と言い、略して『YATO』とも呼ばれている。
この国では、一人一体以上の使い魔を所有することが認められていた。多くの者は、身近にいる魔力を持った生物……魔物を使い魔とする。
しかし近年、ヤメロッパから遠く離れた東にある島国『にぽぽ』から、『妖怪』と呼ばれる東方版の魔物を使い魔にする事例が増えてきている。妖怪は希少価値があり、特に上層階級での人気が高い。
YATOとは一線を画す東の国家、にぽぽ。
この国ではかつて、山武道王と海武道王が戦っていた。
さらには、列島内ではいくつもの小さな国家があり、それぞれが各地の警察、警察予備隊、保安隊、そして民間軍事会社といった、様々な部隊を後ろ盾にして覇権を狙っていた。
長期に渡る争いが続いたものの、強大な山武道王と恐るべき海武道王が道筋を作り、最終的には『にぽぽ列島』が全国統一され、正式名称『にぽぽ東方連合国』、国際的略称『NTR』が誕生した。
NTRはその名の通り、東側に位置する国ではあるが、無能なものよりも有能な者が多くいたこともあり、現在は価値観を共有する西側の国に数えられている。
国内情勢を安定化させたNTRは近年、妖怪の輸出業にまで手を出した。その主な輸出先がYATOである。
NTRは西側との距離が離れているため、妖怪は輸送機で運ぶことになる。
しかし、一つ、大きな問題点があった。
それはYATOとNTRの間にある、東側の『侵略主義国家』だ。
この国はYATOを常に恐れながらも、隙さえあればYATOとの間に位置する隣国の国境を越えて軍事作戦をおこない、領土を奪おうと企んでいる。実際、今でも隣国の中に傀儡国家を作っては一方的に領土の併合をおこなっていた。
そして、同国は広大な領土を持つにもかかわらず、やることは小心者のようであることから、世界各国から『小さな侵攻国』とも呼ばれている。この国の上空を通過する際には飛行機が撃墜されてしまう恐れがあるため、別の飛行経路を進む必要があった。
なぜ、遠回りしてまでYATOに妖怪を入国させるのか。それは、妖怪が高額で取引されるためである。ただし、大金さえ積めば妖怪を買えるわけではない。妖怪の権利などを定めた『NTR取締法』が、NTRの国外であっても適用されるからだ。
例えYATOの高名な王侯貴族が妖怪を使い魔にしようとしても、NTR取締法によって妖怪の意思が尊重されるため、妖怪との合法的な同意がなければ公的に使い魔にすることは出来ない。また、妖怪を使い魔にした後でも、NTR取締法に違反すれば、NTR国外のYATOであっても適用される。つまりは犯罪になってしまうのだ。
「べとべとさん、まだですかぁ~?」
「まあだだよ」
深刻そうなジーリエスの声掛けに、のんびりとしたべとべとさんの返答。
べとべとさんのトイレ占有時間の長さにジーリエスは内心怒りを感じていたが、『以前の失敗』を繰り返さぬよう、己を戒める。
ジーリエスがべとべとさんを使い魔にして、半年ほど経つ。
彼女達が主と使い魔の関係になった当初、ジーリエスはべとべとさんと些細なことでけんかを始めた。怒りを爆発させたジーリエスは、べとべとさんの両肩をつかんで激しく揺らしながら、罵声を浴びせてしまう。
この時、伯爵邸内で赤い光とともに緊急自動警報装置が鳴り響いた。
ジーリエスはNTR取締法違反を回避しようと、父親のヨーシャク伯爵に泣きついた。彼女にはその意図がなかったにしても、違反をもみ消そうとしたのである。よって、ジーリエスが学校で悪役令嬢と呼ばれているのは、あながち的外れではないのかもしれない。
「べとべとさん、もういいです。二階のお手洗いに行くので、どうぞごゆっくり」
「まあだだよ」
火に油を注ぐかのような返事を聞いた後、ジーリエスはどうにか怒りを抑えて二階に向かった。最初から二階のトイレに行くべきだったと後悔しつつ……。
飛行機撃墜の元ネタは、2014年に敵の分離主義者がマレーシアの民間航空機を撃墜した事件です。
この事件の調査結果によると、どっちが犯人なのかは明言されていないものの、分離主義者の支配地域内から攻撃されたことが判明しています。これが事実であった場合、犯人はほぼ分離主義者でしょう。
ロシア側は、ウクライナ側がやったと言います。また、紛争地の上空を封鎖していなかったウクライナが悪いとも言います。
ウクライナ側としては、分離主義者が航空機をほぼ所持していないことが分かっているのに撃墜するわけがない、という反論で終わるところです。