2.べとべとさんは令嬢を描く
注意。前書きと後書きでは、ウクライナ情勢を語ります。
侵略者ロシアを何故か擁護している一部の人間は、2014年から八年間もの間、ウクライナが一方的に東部ドンバス地方のロシア系住民13000人以上を虐殺した、だから住民を保護するためにロシアは特別軍事作戦を開始した、などと言います。
この点については、まず、『一方的に』というのが嘘です。ウクライナと、東部ドンバス地方の親ロシア派分離主義者達の両陣営が、お互いに攻撃をし合っていました。これは『一方的ではない』ですよね。
しかも、13000人以上とするこの具体的な数字は、住民、ウクライナの兵士、分離主義者率いる二つの人民共和国の兵士の合計です。『ウクライナ兵まで入れた数字』を全部『住民』に含めて数が多いようにしているのは、虚偽であり、悪質で卑怯な手口です。
そもそも、住民を保護するのが目的なのに、その住民が侵攻のせいで犠牲になっています。虐殺の助長ですね。よって、特別軍事作戦は目的としては失敗です。
また、侵略者ロシアは常に占領地を広げようと武力を行使しています。住民保護というのは、ただ単に侵略したいだけの理由づけ、と結論づけることが可能でしょう。侵略だと言われたくないのであれば、ロシアはとっととウクライナ国内から出て行けばいいのです。
あなたは貝の形をした九十九神だ。
九十九神とは、長い年月によって物に魂が宿ったものであり、あなたは喋ったり意思を伝えたりは出来ない。
しかし、ヨーシャク伯爵邸のリビングの光景を見ることは出来るし、音も拾うことが出来る。
何故なら、あなたは伯爵家の令嬢ジーリエスの金髪の正面左につけられた、髪飾りの九十九神だからだ。
ちなみにジーリエス嬢の後ろ髪は、ゆったりとした一本の三つ編みにまとめられている。
「この漫画が、実際の妖怪べとべとさんのストーリーですか?」
ソファーに座っていたジーリエスが、お手製漫画の原稿を読み終えた後に聞いてみた。
「前半はそんな感じ。後半は、うちが考えた」
隣のべとべとさんが答える。漫画の中で登場した、白い着物姿で左目を前髪で隠したべとべとさんにそっくりではあるものの、漫画と違い、長い黒髪は二本の細い三つ編みにしている。
なお、ジーリエスの服装はベージュのセーターとブルーのロングスカートであった。質素だが、元々の美しさが際立っている。
「絵は上手いんですけど、こんなラストだと救いがありませんよね? 学生さん、何も悪いことをしてませんのに……」
「じゃあ、こうする」
べとべとさんはジーリエスから原稿を取り、テーブルに置いた。ペンで女学生の死体の近くに矢印を加え、『前科二十犯の悪党』とつけ足す。
「どう?」
見えている片方の青い瞳を輝かせて、ジーリエスに見せつける。
「その年齢で二十も前科がつくのは無理がありません?」
「『あの国の犯罪者』と書かないだけ、うちは優しい」
「ああそうですか……」
ジーリエスはうんざりとした顔で対応した。べとべとさんが『あの国』の話になると、大変面倒になることを知っている。そのため、あまり深入りしたくはなかったのだ。
「ちなみにこの女学生は、お嬢様のお顔とお胸を参考にした。だから小さい」
べとべとさんは原稿の該当する部分を指差す。
「そんな余計なことをしないで下さいっ! 別に私をモデルにしなくてもいいでしょうっ?」
女学生もべとべとさんのように黒髪だったので、指摘されるまでジーリアスは気づいていなかったようだ。
「参考に出来る女学生が、お嬢様しかいなかった」
「いえいえ、ご想像で描けばよろしいでしょうっ! 漫画の中で自分の姿をそっくりに描ける画力があるなら、私を参考にしなくても描けますよ!」
「うちが参考にしないで描けるお顔は、自分だけ。加害者も被害者もうちと同じだったら、お化けみたいで怖い」
「お化けじゃないですか! じゃなくて、私を巻き込むよりかはずっと健全です! その内容だと、私がべとべとさんの胸部に挟まれたい変態みたいじゃないですか!」
「……違うの?」
同情を誘うような顔をされる。
「変態では断じてありません!」
「悪党ではある」
「悪党でもありませんっ!」
「でも、学校の連中には悪役令嬢と呼ばれている」
「ちょっと吊り目なだけです!」
ジーリエス嬢は美少女だが、大きな緑の瞳がやや鋭い印象だと、よく指摘されている。
「吊り目のお嬢様は、うちも好き」
「そう言いながら、女学生最期は絞殺体で転がってるんですけど!」
「女学生は、お嬢様のお顔とお胸しか参考にしていない別人」
「あえて顔だけでなく胸部も言う必要性ってありますかっ?」
「ない、と断言する。胸部が」
「別人なら胸部も盛りなさいよ!」
「了解。今度は一枚絵を描くことにする」
べとべとさんは別のまっさらな紙へと、黒いペンを走らせ始める。喋らなければ、彼女はおとなしい清楚な美少女に思える容姿だった。テーブルに向かって熱心に作業するさまを、ジーリエス嬢は紅茶を飲みながら見ていたが……。
「……それ、なんですか?」
ほぼ分かっていることを、あえて伯爵令嬢は聞いた。完成する前に彼女が紅茶をテーブルに置いていたのは正解だったと、あなたは思う。彼女は動揺して、紅茶をこぼしていたかもしれない。
「妖怪たくし上げ」
「――今度こそ完全に私じゃないですかッ!」
全力でべとべとさんの言葉を否定した。
べとべとさんは非常に完璧な、たくし上げ令嬢をイラストで表現していた。先ほど了解した通り、ほんの少し、胸部は盛られている。
「これは由緒正しい妖怪」
「人間ですッ!」
「これは由緒正しいたくし上げ」
「ちょっと妥協しましたね!」
「変態お嬢様を描くのは、うちでも興奮する」
「やっぱり私じゃないですか!」
「お嬢様は小さくてかわいい」
べとべとさんはジーリエスに正面から抱きついた。
「小さいの意味が違いそうですっ!」
大きいのをぶつけられながらジーリエスは返す。
なお、二人の背丈は同じぐらいである。
「お次は提灯お化けでも描く」
「もう私を混ぜないで下さいよ」
「了解。頭部が提灯お化けになっているお嬢様は描きたくない」
「ちょっと想像しちゃいました……」
再び、べとべとさんが紙に向かってペンを動かしている最中、ジーリエスはソファーから立った。あなたの視界も、その分だけ上がる。
「お嬢様。どこへ行くの?」
「ちょっとお手洗いに行って来ます」
「小豆洗いのところ?」
「違います! なんですかそれは!」
「小豆洗いは、とても恐ろしい妖怪。小豆を洗う音を出す」
べとべとさんは、それ以外の特徴を話さなかった。
「……小豆を洗うだけの妖怪ですか?」
「もしかしたら大豆やお尻を洗っているのかもしれないけれど、うちは見たことがないので、知らない」
「見たこともないのに、小豆を洗うってだけで恐ろしいんですか?」
「何を考えているのか分からないところが怖い」
「それはべとべとさんもでは?」
「うちは正常。だから、うちには分かる。お嬢様は小豆洗いのところに行こうとしていた」
「してません! じゃ、ここでおとなしくしていて下さいよッ!」
ジーリエスはリビングを出る。あなたの視界は彼女の顔の向きに依存しているため、べとべとさんの絵を描く姿は見えなくなった。
イラストを描いているのに、イラストを描いていないって答えるのは、おかしくないですか?
同じように、ウクライナでロシアが侵略を続けているのに、ロシアは侵略していないって主張するのは、おかしいですよね。
もしも、ウクライナと敵対していた東部ドンバス地方の二つの人民共和国が、完全にロシアとは関係ない存在であったとしましょうか。
二つの人民共和国を助けること、いわゆる集団的自衛権をロシアが侵攻の理由にしても、二つの人民共和国以外の地域でも、ロシアは領土を拡張しているじゃないですか。それ、侵略ですよ。
ソ連崩壊後の独立国ロシアは、同じ独立国のウクライナにとっては紛れもなく外国であり、そのウクライナの領土を拡張するのは、侵略です。
「占領した領土は元々ロシアの歴史的領土だった。だから侵略じゃない」とも、ロシア側の人々は言います。
元々の領土よりも、現在の領土、ソ連崩壊後の領土のほうが尊重されないのは、おかしくないですか?
手放したものを、元々自分のものだったと主張するところまでは問題ないでしょうが、その先、武力で奪い取るところまでやったら、侵略じゃないと否定するのは無理です。
ロシアが歴史的領土という過去を持ち出すのなら、ウクライナ侵略よりも先に、何十年も占領している日本の歴史的領土である北方領土を返してから言えよって思います。
日本人であるにもかかわらず、最も身近な例である北方領土を例に出さずに他の国の例を出して、侵略者ロシアを擁護あるいは西側の国々を非難するのは、大変おかしく感じます。