どうしてだろうと。
これで何度目だろう。
ふられたの。
「ごめん、他に好きな子が出来た」
って。
神妙な顔して言われるの。
で、いまの彼でもう三人目。
三人寄れば文殊の知恵と言うけど、今の私に必要なのはそんな高尚な知恵じゃない。
どうして私をふるのか聞きたいだけ。
話があると言われて、すごい深刻な顔していたから、ああ、まただと思って。
凄い高級レストラン予約してくれたからなおのことそう思って。
最後にいい飯食わせてやろうってコンタン見え見え。
ちなみに今の彼は幼馴染。
小学校は疎か幼稚園の頃から一緒。
ぶっちゃけ、どこにほくろがあるのかとかも知ってる。
そんな彼となんとなくだらだらした付き合いを始めたのは、一年ほど前のこと。
「お前、休みの日は暇だろ? だから付き合ってやるよ」と、
失礼極まりないことを言ってきたんだよね。
ああ、確かに暇ですよ。休みの日は一日、家で腐ってますよ。悪かったな。
その日以来、休日はやれ遊園地だの、映画だの、コンサートだの、はたまた家でゲームやったりだの。
そんな風にすごしてた。
ただ、恋人のようなことは一切しなかった。手はつながないしキスもしない。恋人と言うより友達みたい。
そんな彼が、話があると言って今日の席をとって来たのだ。
もう、別れ話以外、私の頭にはなかった。
先にレストランについていたのは、彼だった。あらめずらしい。いつも遅刻してくるのに。
ボーイさんに案内されると、あいつ、スーツなんか着てしゃちほこばっていた。
別れ話すんのにそんなに緊張しなくても。
てゆうか幼馴染なのに別れまで切りだされたら正直精神的にキツイ。けど仕方ない。
今日は俺のおごりと言われた。いつも割り勘なのに。
シャンパンがグラスに注がれ、乾杯。それを合図に料理が運ばれて来た。
前菜が二皿、ほほー、あんたにしちゃ、洒落たところ探してきたじゃん。野菜のテリーヌにエビのカクテル。美味しい。それが済むと今度はコンソメスープ。うわ、これもいける。
メインディッシュは二つ。魚とお肉。デザートは品の良いタルトに果物。チーズにコーヒー。
なんなのよ。まっじで正式なフレンチコース。
ご飯食べつつ、当たり障りのない話題できりぬけ、いざ最後のコーヒーになって、彼は深いため息をついて私を見た。
いよいよか。
「なあ」
彼は顎を組んだ手の上に乗せて私を見た。何なんだその恰好。
はい、なんでしょう? と私。デザートお代わりします? と言われて、デザート要らないからチーズとそれをのっけるパンと、ワイン持って来てと頼んだ。イイよね?
ボーイが持ってきたパンとチーズ。ぐわしっ、とパンに塗りつけ、ワインをぐびぃ、と飲んでそれを口に放り込んだ。
そんな私に、あいつはおもむろにこんなことを話しかけてきた。
「お前さ、二人も男にふられたんだって?」
ぐ、と喉にパンが詰まる。私はワインを自分で注いで流し込んだ。
「そうよ。それがどうかした?」
なんかムカついてワインを飲み干し、また注ぐ。どうせコイツのおごりだ。
「なんでふられたのか、考えたことある?」
もぐもぐチーズとパンをがっつく私に、呆れたようなあいつの声。知るかそんなこと。
今まで私をふった奴は、私なんかより何にもできない、顏だけが取り柄の様な女のとこに行っちゃったよ。
ちなみに私は営業職についてて、そこいらの男より仕事が出来る。家庭的なことだってできる。
顏だって、言っちゃなんだが美人の部類に入ると思う。
なのにふられた。
なのに、なんでふられたのか考えたことがあるですって?
こんな、メリットだらけの女をふる理由?
こっちが聞きたいわ。
「もしかして、自分のこと優良物件とか思っちゃってる?」
「どういう意味よそれ」
「言ったとおりの意味だよ。そう思ってる?」
私はがたっと音をさせて立ち上がった。
「何よ。さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれちゃって。あんたに何が分かるのよ。窓際社員のペーペーのあんたなんかに!」
私の言葉を聞いた彼の口から、また深いため息が漏れた。
何よその態度。
「だから、そういう態度だよ。お前」
彼はそういってコーヒーを飲み干し、お代わりを頼んだ。そして私に言った。まあ座れよと。
そして意外なことを言ってきたのだ。
「俺、お前のお母さんに頼まれたんだ。様子を見にいってやってって」
え? 何それ。
「前から鼻っ柱強かったけど、最近特にひどいから、どうなってんだって言われてさ」
で、俺が付き合ってみたってわけと彼は言い、お代わりのコーヒーに砂糖をぶち込んだ。
「付き合ってみて分かったよ。これじゃどんな男も逃げ出すよ」
「逃げ出すって」
「お前さ、男が女のスペックで付き合うと本気で思ってんの?」
「だって、そうじゃない。将来のことを考えて……」
私の言葉を聞いて彼はますます深いため息をついた。何度目だよ。
彼はぐりぐりとカップの中身をかき回した。
「そんな、ゲームじゃないんだから。計算づくの人生なんかぶら下げられたら男はゲンナリするよ。仮に結婚したとしても別れる高確率トップテンに入ると思う」
「そんな、だって、それが普通じゃない。無計画に結婚する方がどうかしてる……」
「じゃあ聞くけど、計画が崩れるようなことがあったらどうすんだ?」
かちゃん、とスプーンがコーヒーカップから投げ出された。
「何もかも失くして苦境に立たされたら? その時はどうするんだ? 人生なんて何が起きるか分からないんだぞ」
男が求めるのは、何があってもそばにいると思える女だと。
最初からスペックありきで話すような女と一緒にいると疲れるんだよと。
もし何かあった時、こいつは俺を放り出すんじゃないか、とね、と。
「お前と話していると不安しかない。だからだよ」
そう言って彼は席をたった。
「最後に忠告しとく。お前にこれから、利害目当てで近寄ってくる奴が必ず現れる。そんな奴にだけは絶対に、引っ掛かるなよ。いいな?」
そう言って彼は店を出た。店を出るまで、彼がこちらを振り返ることはなかった。
それから、しばらくたって。
私は彼と結婚した。
えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ? と思われる人もいるかも知れない。
私もぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええっ? と今でも思ってる。
ちなみに、彼は末期がんだった。
もう助からないことも。
そして借金があった。
「本当にいいのかい?」と相手のお母さんから言われた。
僕について来てくれたら海外転勤だよとか、君の意思を尊重するよとか、
そういう男が沢山言い寄って来たけど。
全部蹴った。
彼の看病のために、仕事を変わった。
キャリアを捨てるなんてもったいないと言われたけどね。
彼との間に子供が出来て、
彼は、医者から言われたより長く生きた。
そんな彼との時間は、どんな優秀なコンピュータでもデータ化出来ない時間だった。
言葉にも出来ない。そんな簡単なことで割り切れる時間じゃなかった。
私を知る人はみんな言った。勿体ない。さっきも言ったけど、勿体ない。って。
なんのスペックもない人との結婚なんてって。
でも私は、これで良かったと思っている。