JCが量子力学の基礎知識を使って両親の溝を埋めてみた件
『第4回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』応募作品です。キーワードは「量子力学」です。文字数の合計995文字です。どうぞよろしくお願い申し上げます。
「ママ~! カレーの底が固まってるよ、もう!」
仕事から帰って来たパパは、ママに風呂上りの服が出ていないとかたくさん文句を言った挙句、夕飯のカレーをスプーンですくった途端にネチネチと嫌味を言い始めた。
「ルウに入ってる小麦粉のデンプンは、加熱されると固まっちゃうんだ。糊化と言って、粒子の粘度が上昇して不溶性状態になるの、分かる?」
「今日はパートが長引いてバタバタしてて」
「僕は仕事も家事分担もちゃんとやってるよ? てゆうか、質問の意味分かってる? まあママは文系だし、粒子とか言っても分かんないか。量子力学の基礎も知らないもんね」
「……ごめんなさい」
いつだってママは何を言われてもパパに逆らわない。
でも本当は私、知ってるんだ。ママがどれだけ腹に据えかねているか。
洋服箪笥の奥に、離婚届の用紙が入っていることも。
「パパ、私しってるよ。運動の第2法則でしょ」
中学2年生の私は学校ではまだ習っていなかったけど、実はネット動画で勉強済だ。
「おお、さすが華はパパの娘だな!」
「えへへ」
顔も性格もパパに似なくてホントに良かった。
私は作り笑顔でメモ用紙にペンを走らせた。
【 F=ma 力の大きさ=重さ×加速度 】
「ねえパパ、夫婦の関係にもこの法則式が当てはまると思わない?」
「どういうこと?」
「ママはカレーをしっかり混ぜるつもりだったんだよ。でも料理以外にも家事はいっぱいあるし、パパがいろいろ頼んできたりしたら、ママの抱える質量が重くなって素早く動きづらくなっちゃうの。いくら加速度を上げようと頑張ってもね。それで力が足りないって言われたら、ママが可哀そうだと思わない?」
パパは胸を突かれたように黙った。
私も少し言い過ぎたかと思って口を閉じた。
気まずい雰囲気を破ったのは、ママの一言だった。
「あ! このFって、ファザーのFにもなるわよ!」
「「え?」」
父娘で声が揃った。
ママは続けて言った。
「それにmaは、ママのmaよ! ということは、パパとママが同じ力で支え合えるようにお互いを推し量ることが、夫婦の量子力学の基礎になるんじゃない?」
一瞬の間のあと、パパと私は同時に拍手喝采を送った。
「すっごーい! 世紀の大発見だ!」
「さっすがママ! パパも思いつかなかったよ」
「どや!」
得意げにVサインをするママは、なんだか可愛い。
心から嬉しそうに笑う顔が久しぶりに見れて、じぃんとなった。
量子力学にありがとうって、初めて言いたくなった。
最後までお読みくださり、誠にありがとうございました。
皆様にとって素敵な新年になりますように。
※「運動の第2法則」では、同じ力(F)でも、重さ(m)に反比例して加速度(a)は上昇します。よって、より速く動くためにはより軽くなる必要があります。両手に荷物を多く抱えていると両腕が振れないので速く走れない、そんな感覚と似ている気がします。説明下手ですみませんが、補足とさせていただきます。