2060年の愚痴
「この前、車に乗ったときに窓からめっっちゃ綺麗な夕日が見えたのよ。でも時間調べたらまだ十二時だったから変だなーって思ったんだけど、そしたらそれがAIが作った映像だったのよ!」
この冗談が通じなくなってからどれだけの時間が経ったのだろう。手に持った煙草の煙が宙をふらついたまま、街に唯一残されたハイパーループの廃線を眺めていた。ついさっきまで日本初のハイパーループの開所式で賑わっていたというのに。
「人がAIに支配されている? え、爺さんは何を言ってるんだ?」
「AIが人間がしたいことを予測して行動することが当たり前だなんて、どう考えてもそうだろ」
「え? 別にAIは生物じゃないし、人を支配しようなんてしないと思うけどなぁ」
「じゃあもしAIが人間を不要物とかそういうのに判断して、駆除しようとしたらどうするんだ」
「暴走するって、世界中にごまんといるエンジニアが挙ってヘマしない限りそんなことは起きないんじゃないか」
「今は起きたらの話を……いや……」
知らぬ間に怒号が口から出ていたことに気づき、私は口を紡ぐ。そうだよな、何を言っているんだろう。
「あれ、どこか行くのかい?」
「冷たい空気を吸ってくる」
「30分後ぐらいに皆で焼き肉食べるからそれまでに戻って来いよ」
「分かった」
マンションの地下で待機していた車に乗り、自動運転車両専用航空路を飛行する。
既に表示された目的地の選択肢を選び、窓と呼ばれなくなったディスプレイを眺める。
ハンドルの面影が名ばかりの運転席を後ろに倒し、煙草を燻らせる。
心地よい声色が車内に響きわたり、山の頂上に足を踏み入れる。
美しい。
雲海と空の間で眩い橙色の光が広がり、澄んだ空気に包みこまれる。ベンチに腰掛け、煙草を燻らせる。だが、これもAIが私の行きたい場所を予測したという事実が私を鬱陶しげにさせる。AIは人間からどれだけの仕事を奪ったのだろう、人間はAIに本当の自由を奪われているのでないか、AIはいずれ私たちを操ってしまうのだろうか。あらゆる職業の名前の語尾に機械学習エンジニアが付き始めた頃に流行りそうな、時代錯誤の仮定に未だ私が牛耳られていることが惨めに思える。
親族と食事を共にした後、喪失感を味わいながら家へ入り込む。ああ、昔に戻りたい。昔の方がずっと不便で苦しかったはずなのに。
煙草を燻らせて椅子に座り込む。自動で目覚ましタイマーが一時間遅らされたことに気づき、急いで設定し直した。しかし、煙草を吸い終わる頃には元に戻っていた。
疲れていないことに疲れてしまった。加速度的に伸び続ける消費期限はいつも心を曇らせる。体調管理項目のトグルボタンを今度こそオフに設定してベッドに倒れこんだ。




