ラスボス系お姉さんが風邪をひいたので、倒すなら今しかない。
「……よくぞ来た勇者、よゴホッ! ゴッホッ! ゴホッ!!」
「誰が勇者をですか──って死にかけてません?」
ドアを開けると、ゾンビめいた格好で床を這うお姉さんが見えた。
「我が……死ぬ……だと?」
もぞもぞとベッドに戻るお姉さんの傍には市販の風邪薬とペットボトルの緑茶が置かれていた。
「風邪ですか?」
「我に逆らう愚か者共に天罰を下したまでよ……」
お姉さんがベランダで大事に育てていた野菜を、どうやら鳥が食べてしまったようで。
怒ったお姉さんがタライの水をぶっかけようとして、転んで自分が水浸しになったのが昨日の事らしい。
「勇者よ、我は死ぬわけにはいかぬ……やらねばならぬことが山ほどあるのだ──ゴホッ」
「病院行きますか?」
「あ、うん」
どうやら俺は、お姉さんを病院に連れて行くために呼ばれたらしい。
弱ったお姉さんを車に乗せ、車を走らせた。
「気持ち悪い……酔った」
「すみません。少しだけ我慢して下さい。どうしてもダメなら吐いて下さい。ゴミ箱ありますから」
後部座席で横になっているお姉さんが死にそうな声で手をあげている。
「あと少しですから」
「……うぬ」
「着きましたよ」
「着いたー!!」
病院着くと、お姉さんは勢い良く中へと駆け込んだ。元気だなおい。
三十分程なくして、お姉さんが病院から出て来た。
あまり元気なさそうな顔で車の扉を開けた。てか行きのテンションがおかしい。
「どうでした?」
「我とて病には勝てぬ……」
お姉さんがバッグから一枚の紙を出した。
「ん」
紙には処方箋と書かれている。
「ん」
「……あー、はいはい」
代わりに行けってことね。
紙を受け取ると、お姉さんはそのまま横になって目を閉じてしまった。
「行ってきます」
「すまぬな勇者よ」
渋々薬を取りに行く。病院の隣にある薬局には、老若男女様々な患者がひしめいていた。
自分がうつらないようにマスクをして行ったが、どう見てもヤベー患者が数人居て、俺の免疫細胞が試されているようで恐ろしかった。
「終わりました。帰りますよ」
後部座席を振り向くと、お姉さんは眠っていた。
起こすのも悪いしそのままにしておこう。
車を走らせ、アパートへと戻る。
「着きましたよ」
返事は無い。少し肩を揺さぶるも、起きる気配はない。
仕方ないのでお姫様抱っこで運ぶことに……人目が無いかだけ二度ほど確かめた。
「お、重い……!!」
階段で二階へ辿り着く。お姉さんを落とさないか心配だったが、なんとか踏ん張り無事部屋の前へ辿り着いた。
「流石に鍵は取れん……!」
「……ほれ」
お姉さんの右手があがった。指先には鍵がつままれている。
「起きてるなら降りて下さいよ」
「う、うむ……その、な?」
恥ずかしそうにお姉さんが立つ。少しふらついてそっと腰を支えた。他意は無い。無い。
家に戻るとそのままベッドに横たわるお姉さん。着替える気力も無いらしい。
「そこにパジャマ……取って」
指さした先には、何かが爆発したのだろうか、酷く散らかった衣類が見える。
既に散らかっているので特に気にせず適当に、それらしい物を取った。
「着せて」
そうくるかと一瞬固まった。流石にそれはちょっと、ねぇ?
「食べ物買ってきたので、冷蔵庫に入れておきますね。その間に着替えて下さい」
「……勇者よ、臆したか」
冷蔵庫の扉を開けると、驚くほどに中身が何も入っていなかった。部屋もこれくらい綺麗にして欲しいものだ。
「勇者よ……聖なるプリンが無ければ我を倒すことなど──」
「あ、ありますよ」
「聖なるゼリー」
「買いました」
「聖なるお茶」
「綾鷲ですよね、買いました」
「聖なる映画」
「この前お姉さんと一緒に観ようと思って、TSUTEYAで借りたのがあります」
「……ティッシュとトイレットペーパーと洗剤と、あとゴミ袋」
「……俺の家から持ってきます」
着替えを終えたお姉さんが、怠そうにしているので、ついでにうどんを作ることにした。
「悪くない味じゃ……」
「めんつゆ万能説」
片付けを終え、帰る仕度を始める。
腹が満たされたお姉さんは、目を閉じて寝ようとしていた。
「では帰ります」
「すまぬな勇者」
目を閉じたまま返事をするお姉さんに、そっと手を振る俺。
「…………」
風邪がうつる前に帰ろう。
「…………」
はよ帰ろう。
「何をしている」
お姉さんの顔を覗き込んで、不意にその目が開いた。
「我に不意打ちなど効かぬ」
「いや、その……よく寝ているかな、と……」
「あほたーれめ」
首に手が回された。
か弱い力でグッと顔を引き寄せられた。
「ありがとう」
「──!?」
耳元でささやかれた一言で、完全に俺は死んだ。
逃げるように自分の部屋へと戻り、自分を落ち着かせるように部屋の掃除を始めた。