誤魔化す風来坊は可愛い
そうやって皆の寝る時間になるとおやすみ、を言う習慣がついた。それがより家族であり、一緒の時間を共有している感覚がして好きだからだ。一言あるとないでは気持ちも違うし、穏やかにもなれない。生きている時にこの感情を知っていたら、もっと色々な事に気づけたのかな。
「ほら、風来坊が待っている、行きなさい」
「うん、また明日」
おやすみのキスをしたい気分になった。こうやって人間達を支えている夕日達を尊敬しているのもあるし、ありがとうの形を示したいのもあったから。でも私は空が飛べないから、夕日のいる所まで届かない。諦めるしかないのかな。月も太陽も届かない。触れ合う事は出来ないけれど、こうやって語り合う事が出来るから、満足と言えば満足だけど、私って我儘かもしれない。
風来坊はいつもの場所と離れた所にいる。眠る時は月と話せるように、真ん中にいるけど、今日は端っこ。どうしたんだろうと思いながら、彼の傍へ行くと、何だか考え事をしている様子。
「風来坊、風来坊」
「……ん」
「どうしたの? なんだか様子が変だよ」
「今日は嵐が来るからね」
「どうして? 雨だけじゃないの?」
「理由は分からないけど、雷神がおかんむりなのさ。こういう事もある」
最近は晴天ばかりだった。雨が来るのは分かるけど、嵐が来るのは予想外だ。私が雲に余計な事を聞いたからだろうか、それが風神から雷神へと伝わったとすると、私のせいで嵐になるって事だろうか。でも、その前に風来坊が雲と話していたとも言っていた。
「そうなんだね」
「今日は寒くなる、僕の部屋で寝よう」
「え」
「こういう時の為に僕の住処があるんだ。殆ど使わないけどね、嫌かい?」
「ううん、びっくりしただけ、大丈夫だよ」
「やあやあ、よかった」
そんな所があったんだ、と思いながら、風来坊の後をついていく。中心の雲の部分に到着すると、エレベーターのように上に上がっていく。きょろきょろと辺りを見渡していると「危ないから」と手を引かれた。急な事でよろけた私は風来坊の胸にトンともたれてしまった。
「ごめんなさい」
「大丈夫?」
「うん」
冷静に努めようとするけど、なかなかそうはいかない。初めて風来坊に抱き寄せられた事で心拍数が上昇している。私はドキドキする音を抑えながら、彼に身を任せる事にした。行った事もない所へ行くのだ、どうしたらいいのか分からず、固まってしまっている自分が情けない。
そんな事を思いながら、時は過ぎるのは早くて、いつの間にか風来坊の部屋の階にたどり着いていた。雲にこんな機能があるなんて知らなかった。歩いていいのか分からず、風来坊に視線を送る。
「やあやあ、行こう」
「うん」
私が迷わないように、しっかりと手を握ってくれてる。迷子の子を親元へ連れていくような感覚に近いのかもしれない。自分が幼少の頃に戻ってゆく気がして、懐かしさに包まれた。雲の上を歩くと、いつも知っている雲より分厚く感じる。少し、気を抜くと足元をとられそうになる。
……分かっている。この事を知っているから、手を繋いでくれている事を。こういう配慮が出来る風来坊の事を男性として見てしまっている自分がいた。ますます意識してしまう、どうしたらいいのか分からない。それも、二人で同じ屋根の下で、なんてどんな顔をすればいいのか分からなくなった。
意識しているのは私だけだろう。風来坊は頼りがいがある以外は、いつもと同じだ。チラリと横顔を見ると、綺麗な顔をしている事に気づく。弟のような風来坊に対して、私の気持ちが急激に動いた瞬間だった。吊り橋効果のようなものかもしれない、でも、時々どきりとする時があったのは事実だ。だから否定は出来ない。私は風来坊が好きなのだ。
「もうすぐ着くからね」
「結構、歩くのね……」
ちらりと足元を見てしまう。サポートしてくれている風来坊には申し訳ないけど、歩きずらいのだ。上に行けば行くほど、雲がこんなにも分厚く、沈みそうになるなんて知らなかった。初めての体験ばかりで戸惑っている。
「これなら、大丈夫」
急に体がふわりと宙に舞ったかと思えば、軽々と風来坊が私をお姫様抱っこしているじゃないか。どうしたらいいのだろう、顔が近い、体が密着している。心の音が加速しないように、心の中で何度も、大丈夫大丈夫、と唱えている。
「風来坊、自分で歩けるよ」
「やあやあ」
「もうっ」
私の言葉より行動を見ている風来坊には効かなかった。風来坊はやあやあと誤魔化しながらも、何だか嬉しそうに見える。その理由は分からないけれど、鼻歌を歌いながら、風来坊の家へと足を運んだ。




