雨
雲は私達を乗せながら、ゆっくりと動く。今日は動く日か、と思い出して、雲に声をかける。いつもはだんまりな雲も、動く日には話す事が出来る。いつもは風来坊と私の話を聞いてばかりの雲。自分から話しかけてくる事はなかったけど、なら私から友達になれたらいいなと思い、声をかける。
「雲、起きてる?」
「……君が話しかけてくれるなんて、驚いたよ」
「ふふっ、そう?」
「ああ、私から話しかけてみようと思ったが、苦手でね」
「話しかけない方がよかった?」
「いいや、むしろ大歓迎さ」
話すのが苦手と言っていたけど、どちらかと言うと話しやすいタイプだった。気さくな感じでいい感じ。私は地上を見回りにいった風来坊の姿を確認して、風神、雷神の事を聞いてみる事にした。本当は聞かない方がいいのだけれど、一晩中考えて、やはり、知りたいと思ったからだ。
「聞きたい事があるの」
「何だい? お嬢さん」
「風神、雷神はどんな人なの?」
うーむ、と悩む素振りを見せる雲、私の下でいそいそと動く彼は続けてこう言った。
「彼らの事なら、君がいつもいる風来坊に聞いた方が早いよ?」
「そうなの?」
「ああ、私達より詳しいからね、なんたって彼は……」
「彼は?」
その時だった、私達の会話を邪魔するように、風が吹く。雲はおやおやと苦笑しながら告げた。
「私からは話せないな、風神に怒られたよ」
「え、今のって」
「君の思っているままさ」
そう告げると、雲は再び眠りにつく。風神を怒らしてしまったのだろうか。少し様子がおかしかった。それも風神、雷神、と風来坊はどういう関係なの? 一番知っているってどういう事なのだろうか。色々、聞きたい事が増えてしまった私は、雲の上で地上を偵察している風来坊に視線を注いだ。私の視線が痛かったのか、風来坊はすぐに気づき、ぴょんと傍に来る。
「やあやあ、どうしたんだい?」
「雲と話してたの」
ここで嘘を吐いても仕方ないと本当の事を言った。風神、雷神の話は避けて。もし怒っているとしたら、風来坊まで嫌な思いをするかもしれないからだ。だから、疑問は疑問のままで楽しむ事にする。何度か、迷ったが、さっきので目が覚めた。
「雲が話すなんて、明日は雨かな」
「どうして?」
「雲が話すとね、雨が降るんだよ。雷神がそうしてる」
「雷神って雷だけ操るんじゃないの?」
「違うよ、雨も操る」
私のせいだ、雨は生きている人間にとって大切な自然現象だが、私が話しかけた事によって、そうなるのはなんだかやるせなかった。沈んだ顔をしていると、風来坊は私の両頬を抓ると笑った。
「面白い顔」
「もう、風来坊ってば」
「大丈夫だよ、基本雲は話しかけても返さない。どちらにしろ明日は雨になる予定なんだよ」
「本当に?」
「うん、だって先に僕が雲と話したからね」
驚愕の真実を告げられると、私が悩んだ時間を返してほしいと思いながら、今度は風来坊の両頬を抓った。
「変な顔だね」
「君ってばおてんばだね」
風来坊からしていて、それはないでしょ、と言いたくなったけど、お互い様かなと思い、言うのをやめた。不安だったのに、いつの間にか風来坊のペースに乗せられている事に気づきながらも、流される事にした。それもそれで、楽しいと思ったからだ。
余計な事を考えるのはやめよう。多分だけど私が風神、雷神の事に興味を抱いているのにも気づいているだろう。だからこそ、風来坊が言いたくなったらその時に聞くスタイルでいこう。私と風来坊は笑いあいながら、空を見つめた。心の中で風神に「ごめんなさい」と呟くと、それに答えるように風が吹いた。優しくて、暖かい風。なんとなくだけど、風神も悪い人じゃない気がしてくる。会った事も話した事もないけれど、風がそう教えてくれたから。
明日は雨、私がここに来てから初めての雨の日。それはそれでわくわくしてしまったのは内緒だ。雨は汚い感情を洗い流してくれる。私の過去も、傷跡も、心の中にあった悲しみも、全て吸い取って、地上へと降り注ぐのだ。地上に落ちていけば行くほど、浄化されたようになって無になる。そして恵になるのだから。
色々な事を考えていると、いつの間にか夕日が出てくる。淡いオレンジ色に包まれながら、私達は色々語り合った。なんの変化もない雑談だけど、それを楽しそうに見ている夕日。
「明日は雨だね」
「夕日も知っていたの?」
「匂いで分かるさ、雲は気まぐれだからね」
「私は匂いで分からないなぁ」
ははっ、と笑うと夕日はそりゃそうだよ、と言う。太陽と夕日と月は自然の変化に敏感で、自分の役割の為に動いているから分かるのは仕方ない事だってさ。自然の作りとかよく分からないんだけど、夕日がそう言うのだから、そうなのだろう。
「今日は月は出てこないかもね、雲が邪魔して」
「え」
「寂しいかもしれないけれど、雲にきちんと聞くんだよ?」
何を聞けばいいの、と答えようとすると、風来坊は分かっているよ、と話を片付けた。まるで私が会話に入れないようにされたのは勘違いだろうか。なんだか、少し風来坊が遠く感じた瞬間だった。いつもの私なら、どういう事、と聞いたのかもしれない。でも雲の話をしてから風来坊の様子が少し変だ。なんだかピリピリしている気がする。私の前では笑顔でゆるやかなんだけど、少し離れると違う人みたいに見える。そこまで観察しているって事は、ずっと風来坊を見ているって事で、なんだか恥ずかしい。まるで恋をしているみたいじゃないかと思ったりして。
そう考えてしまうと意識してしまうのは必然で、みるみるうちに顔が熱くなってくる。傍から見ると真っ赤になっているかもしれない。私はどこまで風来坊の理解者になれるのかな。自信はないけど、自分の出来る限り、彼の傍にいたいと思う。
「雨はいつ降るの?」
夕日にそう聞くと、困ったように、今日の夜からだ、と言われた。ああ、だから月とは会えないのか、あの温もりに包まれて寝るのが好きなのに……でも、殆ど話す事のない雲と接触出来るのは嬉しい。いい機会だ。
「もうすぐ夜が来る、私はそろそろ眠るよ」
「うん、おやすみなさい、夕日」




