唯一の願いだった。
いつまでも夢の中にいる事は出来ない。彼等からしたら異質の存在の彼女を毛嫌っている様子だった。彼女は人間、それも死者の魂が繕った空蝉。それに比べて私達は人が言う神のようなもの。それぞれ別の名前があるのだが、名を知られてしまうと寿命が短くなってしまう為、私達が口にする事は禁じられている。私は彼女に本当の自分をさらけ出したくて、知って欲しい欲求が増殖していっている。
「何を考えているんだい?」
雲は私にそう問いかけると悲しそうに微笑んでいる。彼だけは自分の言いようのない気持ちを解ってくれているんだと言い聞かせて、返答する。
「彼女の事を考えていたよ」
「あかりか……」
コクリと頷くと、彼の瞳が霞んでみえた。
「風来坊……どうして泣いているんだい?」
指摘されて初めて自分が泣いている事に気がついた。私は戸惑いながら、流れた涙の跡を拭き、夜空を見ている。横には寄り添うように彼がいてくれる。私は彼女が傍にいて、笑いあったあの時の夢を見つめながら、ややあと笑った。
彼女は勿論、人がこの場に流れ着く事は今まで無かった。行き着く場所が違い、馴れ合う事も本来なら許されない禁忌なのかもしれない。
あの時私は彼女の正体を隠し、夢見のあかりへと仕立てあげた。夢を司る神として印象づける事で、彼女の自由を奪った事に気づかなかった。騙したのだから、彼女はもう人として転生する事も叶わない。そうしてしまったのは他ならぬ私自身だった。
ただ、傍にいてほしいと願いだけで周囲の事も考えもしなかった。
□■□■□■□
空が澱んでいく。私は目の前に現れたもう1人の自分と向き合う。元々は私が分身で彼が本体だった。あかりの出現により、空間のバランスが異質になり、逆転していた。
私は光の存在と言われていて、彼は闇だった。あの時の私は彼から解放され、空蝉として存在していたに過ぎなかった。
「夢見の存在は僕らにとって悪だよ。それを作った君に責任があるよね」
「ややあ……」
今の私が彼に怯えている事を知られないようにいつもの調子で返した。そんな私を見てため息混じりの言葉を作る彼から距離をとろうと構えた。
「彼女は人間だった。今は亡霊だ。それを留めてしまうと、僕らの存在が危うくなる」
「……」
「いつかはこうなると分かっていたのだろう?」
認めたくない。認めてしまえば、私は。
月はゆらぎ始めた。傾きかけた世界を包むのは神々の怒り。バリンと雷が落ちるとぶらんと項垂れた魂が私の目に焼き付いた。
「え」
じわりと瞳からは涙が溢れる。遠くにいても分かる。何度も見つめ、笑いあった最愛の人が塵になり消え始めているのだ。手を伸ばした私は彼に抱きしめられると、彼の体内へと溶け込んでいく。
「人が神になるなんて……お前だけで充分だ」
大好きだった。いつも傍にいてくれた君にもう1度会いたかった。助けたかった。幼なじみの時みたいに、ずっと、ずっと、傍にいたかった。
今までの私の生きた跡が波に消されていくように、溶かされていく。そんな私を月は悲しそうに見つめている。
悲しくて寂しくて
私は僕になった。
「僕は風のように去り、雷のように感情的になる。それが「風来坊」なんだよ」
記憶は枯れ、風来坊は迷い込んだ者にそう告げると、道案内をする。
迷い込まないように、胸の痛みを隠しながら──




