私の知らない二人
「見せてよかったのですか?」
「いつかは知る事、あかりには必要な事だ」
「貴方様がそう考えるのなら、私達から言う事はありません」
影を纏う男はくすくすと笑いながら、風神を見下ろしている。風神は右手に握った術式の紙をゆっくりと握りしめ、俯いた。彼からしたら、私に「現実」を見せる段階ではないと思っているようだ。大きな力に押しつぶされそうになりながらも、耐えてる彼の顔が見える。月見の力をより確実なものにするには順序と言うものがある。男のやり方は私の気持ちなんて考えない、強引なやり方だ。ここに風来坊がいなくてよかったと、胸を撫でおろした。
「奴は元気か?」
男は風神の考えている事を見通すように問いかける。一瞬ビクリと体を震わした風神だったが、何事もないように振舞いながら、口にする。
「風来坊は元気です」
「そうか。奴からしたら私の存在は目ざわりだろうな」
「そんな事は……」
「いいのだいいのだ。殆どの記憶を奪って奴の為に「あかり」の事だけは消さずにいたのだが、それも気に食わないのだろう」
風来坊の記憶は全て失っているはずなのに、男は「殆ど」と言う。風神は顔をあげ、男の表情を垣間見た。
「貴方様はいいのですか? 本当に」
「いいのだいいのだ。私はあかりさえいれば問題ない」
「……」
まるで自分達の存在を否定されたかのような言い方に言葉を失いながら、ゴクリと唾を飲み込む。風神にも風神の考えがあるはずなのに、何故だか口にしようとしない。ううん、言わないんじゃない「言えない」んだ。
「所詮お前達は私の一部に過ぎない。それを忘れるな」
「……はっ」
あげていた顔を元に戻すと、了承したかのように返事をする。その背中からは風神らしい強さは感じられない。使い魔は二人の様子を見つめながら、くすりと笑った。
偶然迷い込んでこの居場所を見つけたものだと思っていた私は、全てが仕組まれていた事に気づけない愚かで弱い存在。その事に気づく事なく、私は風来坊の胸の中で泣きながら、心の居場所を探している。何処に行っても表面的には居場所があるように見えるのかもしれない。それでも現実に私の本当の居場所はなかった。
「やあやあ」
「ごめんなさい」
少し落ち着いた私は顔をあげ、風来坊を見つめながら謝った。自分が悪い訳じゃないけど、こんな弱さを見せて、泣き出したのだから、他に代わりの言葉が見つからなかったのだ。風来坊は夢の中とは違って優しく私を抱きしめる。不安な私の心を支えるように、力強く。
「風来坊」
「ん?」
「痛いよ」
「っ……」
いつもの彼ならふんわりと包み込むように私をあやしてくれたのに、今日は違った。どちらかと言うと男らしいというか、何というか……余裕が見えないように見える。私はどうしたんだろうと首を傾げると彼は言った。
「やあやあ」
「やあやあじゃ分かんないよ?」
「やあやあ」
「風来坊? どうしたの?」
少しの沈黙が続く中で彼は困ったように頭を掻いた。その仕草はより一層幼さを感じさせる。やあやあ、と誤魔化そうとしても、いつもの風来坊と何かが違う事くらい分かる。一瞬、夢の中で笑う風来坊の姿が過ったが、私はふるふると頭を振りながら、自分の中から消そうとしている。正直、私は風来坊の事を何も知らない。他の皆は口に出して言わないけれど、何かを知っているように見える。長い時間を一緒に過ごしてきたのだから、そのくらいは分かる。
私の問いかけから逃げようとしている風来坊を守るように、風神が私達の前に現れた。
「何かあったのか?」
「やあやあ」
「何もないよ」
風来坊は風神の姿を確認し、いつもの様子に戻っていく。私はそれが気に入らない。いつもの風来坊なら私から逃げたりしないのに、風神に助けを求める仕草をしないのに、自分だけが取り残されている気がして、悲しくもあり、寂しかった。
何とも言えない空気を読んだ風神は一息つくと、私達に近づいてくる。そして風来坊の手の中にいた私を引きはがし、自分の元へと抱き寄せる。
「え」
「お前らしくない、あかり。君には笑顔が似合う」
いつだったか同じ言葉を風来坊が言っていたのを思い出した。風神は私達を見ていたのだからその光景も知っていたのだろう。わざと風来坊の言葉を使い、求めてた言葉を呟いたのだ。夢で見た風神は誰かに操られているようだった。それを知っているのに、私はどんな顔で笑えばいいのだろう……
「風来坊、お前ももう少し「大人」になれ……と言っても無理か」
「やあやあ」
相変わらず風来坊は「やあやあ」しか言わない。そこには私の知らない表情をした二人の姿が存在している。




