私の名前は「君」じゃないよ「あかり」って呼んで欲しいな
トスンと雲の床に着いた音が響いた。全身に駆け巡る音の振動を感じていると、ドアが開く。そこから見える景色は、私がよく知っている風景だった。ここで地上を観察し、風来坊と出会い、そして家族になれた場所。私にとって大切な場所なのだから、懐かしく思うのも当然だろう。
喉を鳴らしながら、前へと進んでいく。雲の上に足を乗せると、二階と違って足場が軽く、歩きやすい。分厚い雲に慣れてきた所だったから、余計に軽く感じた。少し歩いていくと、よく風来坊と観察していた場所へとたどり着く。その下には雲が今日も眠っている。
明日が雨なら、雲は目を覚ます。風神に寝ている雲を起こしてはダメだよと言われたのを思い出しながら、その寝顔を観察している自分がいる。風来坊は声をかけてもいいと言うけれど、風神は反対の言葉を告げる。どちらの言い分が正しいのか、と考えたりもするが、きっとどちらも正解なのだろう、と結論に行き着く。
「おや、今日も来たんだね」
「おはよう、太陽」
「二階の生活には慣れたかい?」
最近、雨続きで風来坊達が忙しく、私も自由に行動する事が出来ないでいたので、太陽と会うのは久々だ。例え、この場所に来たとしても、太陽には会えなかったけど、その代わり雲と話せた。雨の日は太陽は眠り、その代わりに雲が起きるのだから。
「だいぶ慣れたよ、足場にも慣れてきたし」
「そうかそうか、いい事だね」
「太陽も久しぶりじゃない? ここに来るの」
「そうだね、雨が続いていたからね」
「でも、元気そうでよかった」
他愛もない会話で心が温かくなる。太陽は私にとって父親のような存在。明るい光でどんな闇をも照らしてくれる輝く存在。近くにいると優しい気持ちになれるのが本音。そんな事、本人には言えない、恥ずかしいもの。以前の私なら、思っている事を簡単に口にしていたんだと思う。身近な存在になるにつれて、嫌われたくない気持ちが優先して、ついつい口を噤んでしまう。それがいい事なのか悪い事なのか判断出来かねないけど、大切な存在の一人には代わりない。
「風来坊は見えないね」
「うん、今日は一人なの」
「君も大変だ」
「そんな事ないよ、凄く大切にされているし、凄く楽しいの」
「それならいいのだが……」
私は少し溜息を吐いた太陽を見つめながら、口を開いた。
「それに私の名前は「君」じゃないよ。「あかり」って呼んで欲しいな」
「あかり?」
「そう、私の名前はあかり」
まるで初めて出会った時のような新鮮さがある。自己紹介してなかったから余計にかもしれない。ふふふ、と微笑む私を尻目に、太陽は複雑そうな表情をしている。
「どうしたの?太陽」
「名前、思い出したのかい?」
「ううん、貰ったの」
その一言で全てを理解した太陽は、悲しそうな瞳をする。私は何故、そんな顔をするのか分からずに、首を傾げるしか出来なかった。理由を聞くのは簡単だ、しかし、その先に私の望まない答えがあると感じるから、聞く勇気がなかった。臆病と言われてしまうと、そうなのかもしれない。太陽も私の気持ちに気づいているようで、一瞬曇らせたが、いつもの明るい太陽に戻っていった。
「いい名前だね、あかり」
「……うん」
あんだけ明るい気持ちでいれたのに、どうしてだろうか、心の中に一抹の不安が過る。私は心の中で気のせい、だと自分に言い聞かせる事にした。それが私の弱さなのかもしれない。それでも、楽しいこの時間を憂鬱な時にしたくなかった。
そんな時だった。私の異変を察知したように、風が吹き荒れる。太陽は少しビクリとすると、また溜息を吐いた。私に気づかれないように。風神の忠告のようなものかもしれない。私には知らない事ばかりだ。だからこそ、これ以上言うなとけん制しているようだった。




