自分の気持ちを偽りたくなかった
「風来坊、行ってらっしゃい」
「ありがとう、雷神といてね」
「うん」
風神が姿を消して、風の一部になってゆく、その変化を初めて見た私は、なんて幻想的なんだろうと見惚れてしまう。その様子を見ている風来坊は、何だかご機嫌斜めだ。私の手を掴むと、自分の方に私を向かせた。
「どうしたの? 風来坊」
「僕は反対だよ、君の風来坊は僕だけだもの」
「風神の事、風来坊と呼ぶの嫌?」
「自分の分身だけどいい気はしないさ」
「……そうだよね」
「やあやあ」
私の中での風来坊は雷神だけだ。風神は風になって何度か様子を見てくれていたし、交互で守ってくれていたけれど、やはりやあやあ、と言う雷神がいい、雷神だけがいい。風来坊は子供のように頬っぺたを膨らましながら、私を抱きしめた。まるで駄々をこねている子供みたい。
「大丈夫だよ、風来坊は私の中で雷神だけだから」
「……本当に?」
「うん、風神には後で話すよ」
「やあやあ」
本当に分かりやすい喜び方。声のトーンだけでも喜んでいるのが分かる。それに加えて態度が追加するのだ、余程、嬉しいのだろう。今まで見ていた景色とは違うけれど、この新しい場所で、また風来坊との思い出が増えていくのだと思うと、嬉しくなる。本人に言うのは恥ずかしいし、勇気がいるから、想いに応えるように、抱きしめ返した。
風来坊の温もりを感じながら、微睡んでいると、いつの間にか暗くなってきた。今日も嵐だ。雷神が私の為に用意してくれたあの部屋に行こう。温もりのある、暖かい場所へと。
「嵐がくるね」
「うん」
「やあやあ、ここは危ない、僕の住処に行こう」
「風神は大丈夫なの?」
「大丈夫さ、君が心配する事じゃない」
「分かった」
嵐を巻き起こすのは風神がする。風来坊は片時も離れたくないようで、さっさと部屋へ入っていく。私も追いつこうとすると、貴方はくるりとこちらに向き、歩いてくる。近くまで来ると、私の手を取り、頬にキスをする。急に男の人の顔をする風来坊を見つめていると、心が高鳴っていく。歩きずらいよね、と言うと、あの時のように私をお姫様抱っこし、元来た道を戻っていく。
あの時は凄く緊張して、目を瞑っていたけれど、今日は違った。私は貴方の顔を見つめながら、微笑んでいる。すると、唇にキスを落とされた。小鳥がつつくようなキス、優しい口づけ。あの時とは違う事を思い知りながら、彼を受け入れた。きっと今の私達の事を風神は何処かで見ているかもしれない。でも、私は自分の気持ちに偽りたくなかった。
「ん」
「やあやあ」
唇を離すと、顔が近くて一層ドキドキする。こういう時、どうしたらいいのかと思いながら焦っていると、もう一度頬にキスをしてくる。今、気づいたけれど、風来坊はキス魔かもしれない。前からする日としない日があったけど、しない日は風神が風来坊になって、する日は貴方だったのね。
「風来坊」
「ん?」
「中に入ろっか」
「やあやあ、そうだね」
ふふふ、とお互い微笑みながら部屋へと入った。居心地のいい部屋。だけどやはり懐かしさはあるけど、全てが目新しく見える。生前の記憶がなくなったからなのだろうか。心の中に温もりを感じる事はあるが、見たこともないものばかりのように思えた。ここに入るのは二回目だから、新鮮ではある。風来坊はあの時と同じようにベッドに私を下ろした。そして風来坊も横にゴロンと寝転がった。お互いの距離が近い、近すぎる。緊張しているけれど、それ以上に幸せが、幸福感が増えていく。貴方がいるだけで世界が違って見える。それは風来坊の力。
「ねぇ、風来坊、お願いがあるの」
「なんだい?」
「月と話したい……ダメかな」
んー、と考えながら眉を顰める風来坊。そりゃそうか、私連れ去られようとされていたもの。でも、このまま疎遠っていうのは嫌だった。きっと月と話し合えば、分かり合えるはずだから。それは私の中の考えであって、風来坊には風来坊の考えがあるから、無理強いは出来ない。困らせたくはないけど、私の我儘は承知しているけれど、どうしても引き下がる事が出来なかった。
「やあやあ、仕方ないなぁ」
「いいの?」
「風神だったら、ダメだったかもしれないけどね」
「ありがとう」
風神は怒ると怖いからね、と一言言って、テレビの前に向かう。チャンネルを合わせると、月の様子が画面に出てきた。なんだか、悲しそうで元気がなさそうな月。
話しかけてもいいと言われたので、思い切って声をかけてみる。暗い闇の中でいる月は、私が知っている月とは程遠い。それでも話しかければ、何かが変わるんじゃないかと思ってしまった。深呼吸をしながら、気持ちを整理する、色々な事があったし、風来坊と会えなくなりそうにもなった。それでも私自身にも原因があるから、責める事は出来ない。あの時垂らしてくれたロープを掴んだのは、他の誰でもない自分自身だったのだから。
「月、久しぶりだね……聞こえてる?」
声をかけると、目を閉じていた月は驚いたようにハッと目を覚ました。まるで私の声が目覚まし時計みたいだ。
「私の声が聞こえたら、返事をして?」
「……君」
「久しぶりだね」
「そうだね、元気かい?」
「うん、月は?」
「……元気だよ」
少し暗い顔をしていた月は、無理やり明るく務める。それが見ていて、痛々しい。私のせいだな、と思いながら沈みそうになるけれど、私も沈んでしまったら、誰が月を笑顔にするのだろう。そう考えると、微笑むしか選択肢はなかった。
何事もなかったかのように話す私を見て、月は言う。
「私を信じてくれていたのに、騙してしまったね。嫌いになってはないのかい?」
「嫌いじゃないよ、家族だもの」
「君は優しすぎる、私なんかより眩しいよ」
「そんな事ない、月は月で綺麗だよ」




