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マリウス様の髪のリボン

ドレスの注文がたくさんあって、毎日お忙しい叔母様は、お仕事の合間を縫ってわたくしのドレスの型紙を作ってくれる。


叔母様が型紙を作る時は、いつもわたくしを助手に呼んで作業をする。

型紙作りはドレス作りの基礎になる、とても重要なところだ。


ドレス作りは高度な技術の専門職なので、普通のお針子では型紙作りを見せてもらえない。

叔母様が、わたくしを後継者にと思ってくれるからこそ見せてもらえるのだ。


これを覚えれば、わたくしも一人で自分のドレスが作れるようになると思って、しっかりと作業手順を見て必死で頭に叩き込む。


型紙が出来たら、それを薄い麻布にピンで留める。

型紙に添って麻布を荒裁ちしたら、型紙の線をなぞって糸と針で大きな針目で並縫いをして、布に印を付けるのだ。

型紙の左右を間違えないように印を付けなければならない。


わたくしは型紙作りと並行して、デビューのドレスに使うオーガンジーに刺繍をする毎日だ。


そうして何日か経って、いつものように叔母様のクチュリエールから家に帰ると、玄関ホールにマリウス様がいて、執事のジェロームと何か話している。

今日はマリウス様が以前話していた、トルビヤック男爵家での夜会がある。


毎日家でグダグダしていた兄はようやく脚が治って、よく気を付けて見なければ、脚の怪我が分からない程度にはなっている。

マリウス様は一緒に夜会に出かけるために、家に兄を迎えに来たのだ。


ところが兄は、いつものことだが、中に着るシャツが気に入らないとか、髪のリボンが汚れているとか言って、支度に時間がかかっているようだ。


「マリウス様、兄がまたお待たせしているのですね。

この間お話した髪のリボンが出来上がっていますから、ここにお持ちしましょう」


「いや、ヴィクトルの部屋に行って彼を連行してきます。私が二階に行きましょう」


玄関ホールで所在なげに立っていたマリウス様は、わたくしの後から二階に上がって来る。

わたくしは部屋に入って、作ったリボンを持ち、部屋の前の廊下で待っていたマリウス様に近寄る。


「はい、どうぞ。

このリボンはマリウス様の制服のカフスと同じ藍色でお作りしました。

刺繍も入っていますが、気に入って頂けるかしら?」


「こんなに早く出来上がったのですか。有難う。

銀糸で私の名前まで、丁寧に刺繍してくれたのですね。これは素晴らしい」


いつも辛口のマリウス様が、わたくしが想像した以上にとても喜んでくれる。

これだけ喜ばれると、リボンに強力な『女除け』の賦与を掛けてしまった事が、ちょっと心苦しい。


「あの小さかったエリザが、こうして私の髪のリボンを作れるくらいに大きくなって......」


マリウス様がリボンを手にして眺めながら、小さい声で呟く。


「早速、今からこのリボンを着けよう。

エリザ、リボンを髪に結んで貰えますか?」


マリウス様はわたくしに背を向けると、自分の髪のリボンを引っ張って解いて、片膝立ちで屈む。

わたくしはマリウス様の髪に新しいリボンを結び、刺繍が綺麗に見えるように形を整えた。


「出来上がりました。とてもお似合いです」


マリウス様は立ち上がってわたくしを見る。

思ったよりも距離が近くて、見上げるとマリウス様の背の高さがはっきりとわかる。


マリウス様と目が合うと、思いがけなく真剣な黒い瞳が光っている。

マリウス様はスッと手を広げて、わたくしをハグした。


「本当に有難う」


少し(かす)れた声で言うと、挨拶にしては少し長い時間ハグして、わたくしの額の髪に近い部分にサッと口づけた。


その後、マリウス様は身体を引きはがす様にわたくしから離れると、急ぎ足で兄の部屋に向かう。

乱暴に兄の部屋をノックして、中に入って行った。


わたくしは廊下に立ち尽くしてしまう。

マリウス様とは兄弟のように育ったので、子供の頃は会えばハグをして、頬にキスの挨拶をする事も普通だった。


もう少し大きくなってからも、会えばハグをして、頭や額にキスされることも珍しくなかったのだ。

修道院から戻った後は、会えばちょっと会釈をしたり、軽い握手をしていたので、ハグをしてもおかしくはないのだけれど、どうしてわたくしはこんなにもドキドキするのだろう。


「さぁ、ヴィクトル、もう出掛けよう。

うん、何もおかしい所は無いよ。

きっとトルビヤック男爵令嬢は気に入るさ」


マリウス様の大きな声と、モゴモゴ答える兄の声がして、兄の部屋のドアが開く。

わたくしはサッと部屋に戻って、動悸が収まらない心臓をドレスの上から押さえた。


階段を下りる足音が響いて、兄とマリウス様が外に出て行った。




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