ボージール子爵家の夜会(その一)
わたくしは、マリウス様に贈られたクリスタルのビーズや真珠を、ウェディングドレスの胸部分に飾り付ける。
ドレスの前見頃には、ベールと同じレースを使っていたのだけれど、更にビーズや真珠を留め付けると、ぐっと模様が引き立ってとても美しい。
わたくしは、ウェディングドレスには透明のクリスタルのビーズと真珠だけを使う。
昼間に行う結婚式のドレスは、アフタヌーンドレスとして扱われるので、長袖で胸元も大きく開かない。
そして夜の披露宴では、胸元を開けた豪華なイブニングドレスを着る。
わたくしは、披露宴のドレスは、一番最初に作った薄い藍色のドレスを着るつもりだ。
その藍色のドレスに、色ガラスのビーズを留め付ける。
すると、照明の明かりを反射して、キラキラと輝くドレスになる。
まるで夜空の星のようで、以前とは全く違ったドレスに見えるのだ。
マリウス様の贈り物のお陰で、すっかり豪華に変化したこのドレスは、派手なドレスが好まれるウルム公国でも評判になるに違いない。
ドレスの準備の他にも、新しい下着類やリネンのセット、名前を刺繍したハンカチーフやスカーフ等の小物類もたくさん用意する。
こうして着々と、わたくしの結婚式と新しい生活の支度が整って行く。
わたくしは毎日ソワソワと落ち着かない気持ちで過ごしていたのだけれど、結局気がつくと、仕事部屋でドレスを作っている。
わたくしにとって、何より精神を安定させるのは、やっぱりドレス作りなのだった。
マリウス様は、結婚式の二週間前にようやく帰国した。
叔母様とわたくしに慌ただしく挨拶をすると、マリウス様は直ぐにまた出掛ける。
これから、色々とお世話になった所に帰国の挨拶と、正式にウルム公国の貴族になった報告をするのだそうだ。
マリウス様は、毎日のようにお茶会や夜会に招待される。
騎馬連隊のボージール連隊長の夜会には、わたくしも一緒に招待された。
マリウス様の馬車に乗って、ボージール子爵家に出掛ける。
今夜わたくしは、薄紫色のイブニングドレスを着ている。
マリウス様は、ウルム公国の宮廷服だ。
マリウス様と腕を組んで広間に入ると、ルイーズ様がにこやかに迎える。
「ご婚約をなさったのですって?
やっぱり、わたくしが以前に言った通りだったでしょう。
ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
わたくしも、微笑んで挨拶をする。
「マリウス様は、クラーギン伯爵とお呼びすべきですね。
ウルム公国の服なので、すっかり見違えました。
騎馬連隊の制服を着ていらしたのが、随分と昔だったように思えますわ」
「私もまだ、この服は慣れない気がするのですが、ウルム公国に住むようになれば、次第に慣れるのでしょう」
広間の一隅にいる楽士達が舞踏曲を演奏しはじめ、わたくしはマリウス様と一緒に踊る。
「この前、マリウス様に頂いたビーズと真珠を、結婚式のドレスにたくさん付けたのです。
素晴らしく素敵なドレスになりました。
本当にありがとうございます」
「お土産が役に立ったようで、私も嬉しいよ」
「でも、そんな素敵なドレスの後ろ姿を自分で見られないと気付いたので、とても残念なのです」
「後ろ姿? それは、自分の後ろ姿が見たいのかな?」
「ええ、長いレースのベールが、素晴らしく美しく出来上がったのです」
「それじゃ、ウルム公国に帰ったら、ウェディングドレスを着た後ろ姿を絵に描かせよう。
少し振り返った姿にすれば、エリザの顔も見えるだろう」
「まぁ、肖像画を描いて頂けるのでしょうか?」
画家に大きな肖像画を描かせるのはとても費用がかかるので、わたくしの家では新しい肖像画は一枚も作っていない。
わたくしは、自分の肖像画を残せると思いもしなかったのだ。
「わたくしは、ドレスの後ろ姿を肖像画にして残せるなんて、思いつきもしませんでしたわ。
でも、せっかく描いていただくならば、マリウス様もご一緒にどうでしょうか?」
わたくし達の一番の着飾った姿を、そのまま残せたら、どんなに幸せだろう。
その絵を見る度に、幸福な気持ちが蘇って来るに違いない。
「エリザは一緒に描いてもらいたいの?」
「はい、そうなのです」
「分かった、何とか時間を取るようにしよう」
マリウス様は、わたくしを見下ろして微笑んだ。
「続けて何曲も踊ったから、エリザは少し疲れたようだね。
奥のサロンで、何か飲み物を頼もう」
わたくしはマリウス様にエスコートされて、奥のサロンに座る。
「奥から飲み物を貰って来るから、ちょっとここで待っていなさい」
マリウス様が離れると、甘ったるい匂いが近付いて来る。
顔を向けると、デルフィーヌ様だった。
今夜も、ドレスの限界まで胸元を開けて、豊満な胸を誇示している。
「あら、男爵令嬢、マリウス様は、ウルム公国の伯爵になられたのですってね。
わたくしがマリウス様についてお聞きした時は、そんな事は一言も言わずに、ご自分がサッサと婚約なさるなんて、随分やり手でございますことね」
わたくしは確かに、デルフィーヌ様に聞かれてマリウス様の出身を話した。
でも、それに対して、『駄目だ』と言ったのはデルフィーヌ様ではないか。
あの時のデルフィーヌ様の言葉は、怒りと共にしっかりと覚えている。
マリウス様が伯爵になったから、デルフィーヌ様は手の平を返すのだろうか。
マリウス様が奥から飲み物を持って現れると、デルフィーヌ様は胸を突き出すようにしてマリウス様に笑いかける。
「ウルム公国の殿方は、情熱的で有名なのですってね。
クラーギン伯爵様もそうでしょうか?」
「ええ、もちろんそうです。
私は、エリザを狂おしいほど情熱的に愛しているのでね。
食べてしまいたい程ですよ」
マリウス様は、ごく真面目な顔つきで、さらりと言う。
「......む......ん、まぁ、何て破廉恥な!」
デルフィーヌ様は、真っ赤な顔になって、くるりと後ろを向いて足早に去って行く。
この後、どんな噂になって広まるのか、考えただけで恐ろしい。




