ウルム公国からのお土産(その一)
マリウス様の手紙には、帰国が遅れる理由だけではなく、わたくしへの優しい言葉もたくさん書かれていた。
でも、『エリザに会えない事が、こんなにも辛くて苦しい』とか、『エリザを心から愛している』とか、『エリザに作ってもらった髪のリボンを手に巻いて、エリザをいつも思っているよ』なんて書かれたら、どうしたら良いのだろう。
わたくしは、その言葉を読んで、マリウス様と会えない寂しさが募ってしまったのだ。
わたくしも、マリウス様にお返事を書こうと決心する。
まず最初に、叔母様がウルム公国に作ろうと計画しているクチュリエールの事を詳しく書く。
わたくしが仕事を続けられるかどうかは、マリウス様にも聞いておかなければならない。
リュシアン様は貴族の立場上、わたくしに仕事はしないように求めたのだ。
思いがけなく、デュボア商会の支店があるコルドン市にも屋敷ができたようだけれど、そこから離れた領地に住むマリウス様はどう思われるだろう。
それからわたくしは、生まれて初めて、マリウス様に恋の手紙を書いたのだった。
ウルム公国は我が国の隣国で、親しい同盟国だけれど、国境を越えるには然るべき手続きが必要だ。
距離的には離れていないけれど、国内を移動するように気軽に行き来出来る訳ではない。
手紙も同じで、場合によっては宛先に着かない事とか、かなり遅れて届く事も日常茶飯事だ。
だから、本当に大事な手紙は、信頼できる部下に持たせて、相手先まで行かせるくらいなのだ。
マリウス様からの手紙は一度来ただけで、わたくしが出した手紙にお返事も無い。
わたくしは、マリウス様からの手紙を何度も読み返す。
長い間会えなくても、手紙に書かれたマリウス様の言葉を信じるだけで、他の方法は無いのだ。
わたくしは、不安な気持ちを振り切るために、ドレス作りに精を出す。
一心不乱にドレスを作っている時は、総てを忘れて没頭できるのだ。
「エリザ、エリザ! ほら、エリザ! マリウス様が戻っていらしたわ!」
叔母様の声が、クチュリエールの作業部屋に響いたと気付く間もなく、マリウス様が部屋の入口に現れた。
わたくしが顔を挙げると、マリウス様が見慣れない旅行着姿で近づいて来る。
わたくしは、急いで立ち上がる。
「エリザ、会いたかった!」
そう言うと、マリウス様はわたくしを力一杯抱きしめる。
叔母様が慌てて近付く。
「マリウス様、こちらではなく、わたくしの客間においでください」
叔母様の言葉も聞かず、マリウス様はわたくしに口づける。
「エリザ、ようやく会えたね......私のエリザ、愛しているよ......」
マリウス様は、とぎれとぎれに囁きながら、キスを止めない。
「あぁ、ごほんっ、んっ、ここには年若いお針子も居るのですからね!」
叔母様は、咳ばらいをすると、わたくし達を部屋の外に押し出す。
見ない振りをしているけれど、お針子達が一斉に手を止めて、全神経をこちらに向けているのはひしひしと感じられる。
マリウス様は、ようやく叔母様の客間に移って、小間使いにお茶を淹れてもらうと、叔母様に向き直る。
「エリザから手紙をもらって返事を書いたのですが、手紙を送るよりも、私が行った方が早いと思い直したのです」
「それでは手紙を届けるために、わざわざ帰国したのですか?」
叔母様は呆れた顔をして、マリウス様に尋ねる。
「エリザの手紙を読んだら、会いたくて堪らなくなってしまったのです」
マリウス様は、わたくしを熱っぽくじっと見る。
「まぁ、エリザはどんな手紙を書いたのでしょうね?」
「わたくしは、叔母様がウルム公国に新しいクチュリエールを開く話を書いたのです」
「そういえば、その話もありました。
コルドン市に、デュボア商会の支店があるのですか?」
「ええ、その支店の二階に空きがあるので、新しいクチュリエールを始めようと思っているのです。
エリザに代表の立場に立ってもらいたいのですけれど、マリウス様はどう思いますか?」
「結婚したら、私だけがエリザを独占したいけれど、エリザはドレスを作る事が生き甲斐になっているのだろう?」
「ええ、その通りですわ。わたくしはドレス作りが天職だと思っているのです」
「だったら、エリザの望む通りにしたら良いよ。
但し、婦人物のドレスだけにしてほしいのだ」
「ありがとうございます、マリウス様!
わたくしは、コルドン市のお屋敷に住んでも宜しいでしょうか?」
「私は領地も見なければならないけれど、色々な手続きは首都のコルドン市で行うからね。
当然エリザと、コルドン市の屋敷に住む事が多くなるだろう」
「デュボア商会の支店にいる、わたくしの次男の奥様は、このクチュリエールの助手でしたし、こちらからも腕の良いお針子や助手をお送りします。
エリザには、ウルム公国の貴族の方々への顔つなぎだけしてもらえれば良いのです。
もちろん、今までのようにドレスを作ったり、賦与を掛けたりも好きにしてもらえれば良いですから」
叔母様も口添えをする。
「わたくしも、これからの社交に向けて、自分のドレスを作りたいのです」
「そうだ!私もエリザにお土産があるのだった。
馬車に積んでいるから、降ろしてもらおう」
マリウス様は、クラーギン伯爵家の紋章が入った立派な馬車に乗って来ていた。
召使いが、荷物を馬車から降ろして、叔母様の客間に運び込む。
大きな鉢植えの花がある。
見たことも無い大輪の美しい蘭の花で、運び込まれた途端に馥郁たる香りを放つ。
更に、珍しい南国の果物を詰め合わせた籠もある。
それからマリウス様は、幾つかの小さなビロードの袋をわたくしに渡す。
「これは何でしょう?」
「開けてご覧」
袋を開けてみると、中にはたくさんの色鮮やかなクリスタルビーズが入っている。
もう一つの袋には、小粒の真珠がぎっしりと入っていた。
「これは、ドレスに付けるビーズや真珠でしょうか?」
「そうだよ。エリザはこんなビーズが好きなのだろう?」
「マリウス様......」
わたくしは、あまりにも嬉しすぎて、涙ぐんでしまう。
こんなに幸せで良いのだろうか。




