叔母様のクチュリエールの新しい支店
わたくしは、ドレスを着た後ろ姿を自分では見られないという、当たり前の事に気付いて愕然とする。
叔母様は、わたくしに構わず話を続ける。
「モンテマール子爵家のお嬢様のドレスは、どんなデザインにするのかしら?」
「ミレイユ様はいつも簡素なグレーのドレスを着ているのです。
でも、わたくしのクリーム色のアフタヌーンドレスが気に入られて、クリーム色のシンプルな形のドレスを作りたいのだそうです。
ウェディングドレスは作らず、結婚式と披露宴を同じドレスにしたいと言われました」
「まぁ、今時珍しいお嬢様なのね」
「ええ、本当にそうなのです。
わたくしは領地にいる間に、ミレイユ様のサイズをお測りして、布の型紙まで作ってきたのですが、叔母様に確認して頂きたいのです」
「エリザはちゃんとそこまで作ってきたのね。
型紙まで作ってあれば、ドレスを仕上げるのにそれ程時間が掛からないから、大助かりだわ」
わたくしは、ミレイユ様のサイズ表と紙の型紙と、躾糸で形作った布の型紙を叔母様にお見せする。
叔母様は、細かくチェックする。
「そうね、型紙はちゃんと出来ているわ。
エリザは腕を上げたわね」
わたくしは、叔母様に褒められてとても嬉しい。
「単純な形のクリーム色のドレスではつまらないので、クリーム色の糸で全面に刺繍しようと思ったのですが、どうでしょうか?」
「今回、結婚式まで三ヶ月では、時間が足りないわね。
実は、わたくしもウルム公国に行って、新しい生地を色々と買い込んで来たのよ。
ウルム公国は小国だけれど、南の交易の拠点になっていて、珍しい生地がたくさんあったの」
叔母様は、次男のピエール様の新しいお屋敷に行った筈だったけれど、しっかりと生地問屋も巡って来たらしい。
「そこで、白い絹地に白糸で刺繍された生地も買ってきたけれど、これをクリーム色に染めたらどうかしら?」
「叔母様、それは良い考えですね!」
「わたくしも初めてウルム公国に行ったのだけれど、温暖で、とても良い所だったわ。
しかも、東国からの生地も入ってくるし、今回、珍しい型染めの薄い綿布も買ってきたのよ」
「まぁ、叔母様、わたくしにも是非見せてください」
「わたくしは、ピエールの支店で、生地も扱ってもらえるように話してきたの。
......そうだわ!......エリザも三ヶ月したら、ウルム公国に住むのよね。
それじゃ、わたくしのクチュリエールの支店も作ってしまおうかしら」
叔母様の瞳が爛々と輝く。
「そうだわ! それが良いわ!
元々ピエールの奥様は、わたくしのクチュリエールの助手をしていたのですもの。
子供が生まれたけれど、乳母も見つかったから、ドレスを作る作業に支障はないわ。
エリザもウルム公国にいるのなら、賦与を掛ける事は出来るでしょう?」
「わたくしは、マリウス様の領地のお屋敷に住む予定なのですが、デュボア商会の支店は近いのでしょうか?
新しい領地は、国境近くのエルト地方で、大きな街道が通っているそうです」
「幸いにも、ウルム公国は大きな国ではないので、それ程遠くはないわ。
街道沿いの領地ならば、馬車で二時間もあれば着くでしょうね」
馬車で二時間は遠いけれど、時々行くならば大丈夫だろう。
「ウルム公国は一年中温暖だから、綺麗な模様の入った綿布で部屋着やサマードレスを作ったら、飛ぶように売れるに違いないわ。
エリザも、腕慣らしに最初はそういう軽いドレスから始めたら良いでしょうね」
叔母様は、思いつく計画を次々に話す。
「デュボア商会の支店には、二階に空きがあるし、経験を積んだ助手とお針子もこちらから送るから、エリザがクチュリエールを始めたらどうかしら?」
叔母様の計画はどんどん進む。
「でも、ピエール様の奥様もいらっしゃいますし、奥様の方が相応しいのでは?」
「新しい国で商売を始めるには、それなりの後ろ盾が必要なのよ。
特に貴族相手のドレスを作ろうとしたら、エリザの伯爵夫人の肩書きは大きな武器になるわ」
「わたくしのような若い娘が、クチュリエールの経営をやって行けるでしょうか?」
「何を言っているの!
結婚してウルム公国に行く訳だし、あっという間に子供が出来て、しっかりと貫禄も付きますよ」
まだ結婚式もしていないのに、叔母様は気が早すぎる。
「わたくしは、初めてのウルム公国がどんな所か分からなくて、不安なのです」
「あら、エリザ、それは心配ないわ。
ウルム公国の人達は、とても明るくて、派手な事が好きなの。
ドレスも思いきったデザインのものや、色もはっきりしたものが好まれるようよ」
わたくしは、王弟殿下の妃殿下のドレスを思い出す。
真っ黒な生地に、金モールで華やかに装飾されていたのだった。
リュシアン様のスカーフとお揃いで作ったと、わたくしは誤解してしまったのだけれど、派手な顔立ちの方は派手な服も着こなせるのだ。
「それに......うふふ、ウルム公国の殿方は、とても情熱的で、女性を見たら口説くのがマナーと考えているようね」
若いとは決して言えない叔母様が、そう感じるのなら、本当にウルム公国には『情熱的な血』があるのかもしれない。
「エリザは結婚してからウルム公国に行くので、そこまで口説かれないかもしれないけれど、マリウス様はウルム公国の実情を見て、結婚を急いだのかもしれないわね」
「そんな話は、ウルム公国に安心できる情報ではないのですが......」
「大丈夫よ。
クチュリエールは婦人物のドレスを作るのですもの。
それにエリザは遊び歩く訳じゃないでしょう?」
わたくしが心配しているのは、マリウス様の方だ。
マリウス様のお父様のように、愛人を何人も作ったりしないだろうか。




