ウルム公国の血は熱いのです
その日の夕食が終わって、サロンに移動する時は、マリウス様がわたくしをエスコートする。
わたくしがお気に入りの長椅子に座ると、マリウス様は当然のようにわたくしの隣に座る。
以前だったら、マリウス様は、お父様やお兄様の側の肘掛け椅子に座るのだけれど、今日はそちらに座ろうとしない。
兄が椅子を少し動かして、わたくし達の側に座った。
「ミレイユ様は、元々とてもお美しいから、何を着ても美しいけれど、結婚式のドレスを着たら、どれほど美しくなるかと、今から楽しみなのだ」
「そうですね。
ミレイユ様はいつも簡素なドレスばかりですが、今度お作りするドレスは、更にお似合いだと思いますよ」
マリウス様は、すっと手を伸ばすと、わたくしの手を取る。
「真っ白なドレスを着たエリザは、それは美しいだろうね。
私も楽しみだけれど、可愛いエリザを、本当は誰にも見せたくないね」
マリウス様は、そんな手放しの褒め言葉を言う人だったろうか。
お兄様は、呆れたようにマリウス様を見る。
「マリウス、お前は、どうかしたのか?」
「いや、別に正気だよ。
エリザが余りにも可愛いから、正直にそう言っているだけだ」
お兄様は頭を振って、わたくしの方を見る。
「自分のドレスだけじゃなくて、ミレイユ様のドレスもちゃんと三ヶ月で作ってくれるんだろうね?」
お兄様は、心配そうに言う。
「叔母様の手もお借りして、ちゃんと期限に間に合わせますよ」
もちろん、わたくし一人では二着のドレスは作れないので、叔母様のクチュリエールにも手伝ってもらわなければならないだろう。
「明日モンテマール子爵家に行って、結婚を三ヶ月先に早めてもらえるか聞きに行くつもりだ。
ミレイユ様は、きっと賛成してくれると思う。
何しろ、その前に行った時にも、ミレイユ様は......」
マリウス様は、お兄様の言葉が終わる前に言う。
「エリザ、結婚まで三ヶ月もあると思うと、その長さが恨めしく思うよ。
私は、明日にも結婚したいと思っているのに」
マリウス様は、情熱を込めた目でわたくしをじっと見つめる。
お兄様は、わざとらしく大きな溜め息をつくと、それからは、ミレイユ様の惚気を言わなくなった。
次の日の朝食が終わると、マリウス様は一足早く王都に戻ると言う。
「騎馬連隊に除隊届けを出したり、ウルム公国に行って、相続の手続きや、領地の確認をしなければならない。
それに、これから住む屋敷を見て、改修すべき所があれば直すつもりだ。
エリザのために、ドレスを作る仕事部屋を用意しようと思っているのだけれど」
「ほんとうですか? マリウス様! それはとても嬉しいです!」
「エリザは、ドレスを作っている時が一番幸せだと言っていたじゃないか」
わたくしは、思いがけない言葉に有頂天になる。
昨日から、わたくしの気持ちは嵐の中にいるようだ。
わたくしは、思いがけなく求婚された嬉しさと、あと三ヶ月足らずで見知らぬウルム公国に行く不安とで、ゴチャゴチャの気分になっていたのだ。
でも、自分が住む屋敷にドレスを作る部屋が出来るというなら、それだけで希望が持てる。
「叔母様のクチュリエールの仕事部屋のような作りで良いのだろう?」
「あんなに広くなくても大丈夫ですわ。
ただ、生地を入れる棚と、作業台は大きな物が欲しいのです」
「隣には、叔母様の客間のような部屋も必要だね。
私が一緒に、お茶を飲んだりしたいのだ」
「ええ、是非、お願いします。
あぁ、想像するだけで嬉しいですわ」
「エリザが、ウルム公国でも幸せに過ごせるように、用意をしておく積もりだ。
他に何か希望はある?」
「あとは、マリウス様が側にいて下されば......」
マリウス様は、わたくしをぎゅっと抱きしめる。
「そんな事を言われたら、これから出掛けられなくなってしまうだろう?
私はウルム公国に行って、しばらくは戻れなくなるのに」
「わたくしも、結婚式までにドレスを二着作らねばなりませんし、その他にも準備しなければならない小物も多いので、叔母様のクチュリエールに泊まり込む事になると思います」
マリウス様は、わたくしをじっと見る。
「これからしばらく会えないと、分かってもらうのは有り難いのだけれど、こんなにあっさりと言うのはどうだろう」
「えっ、でも、お互いに仕事が山積みなので仕方がないですよね」
「そうだろうけれど、もう少し、寂しそうに言っても良いだろう?」
何を言っているのだ、マリウス様は。
そんな顔で見ないで欲しい。
「分かりました。
マリウス様は、何ヶ月ぐらい留守にされるのですか?」
「多分、一ヶ月は帰れないだろうね」
「一ヶ月も!
そんなにお会いできないなんて、寂しすぎますわ」
マリウス様は、にんまりと笑う。
「そうか、エリザは私に会えなくて、寂しく思うのだね。
私ももう離れたくないくらいだよ」
「昨日から、マリウス様はどうなさったのでしょうか?」
「ウルム公国は、この国と比べて髪や目の色も違うが、人の性格もこちらとは少し違う。
南国の情熱的な風土なのだ。
私も父に似て、情熱的な血が目覚めてしまったのだろう」
わたくしは、王弟殿下の妃殿下を思い出す。
リュシアン様と踊られたヴェーラ妃殿下は、ウルム公国のご出身だが、黒髪と黒い瞳の妖艶な美女だった。
わたくしは、今になって不安になる。
そんな情熱的な人がたくさんいる国に、マリウス様は一ヶ月も一人で行くことになるのだ。
「情熱的な血が目覚めたなんて、そんなことを言わないで下さい」
「エリザの賦与の力が、私の情熱を目覚めさせたのだから、責任を取ってもらわなければね」
マリウス様は、わたくしの目をじっと覗き込む。
吸い込まれそうな黒い瞳が、わたくしの視界を塞ぐ。
そして、マリウス様は、思い出す度に赤くなってしまうようなキスをした。




